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Nora

01話.[そういうやつか]

「俺が帰ったら酷いことになるからな、覚悟しておけよ」


 やつが暴れていたせいで朝から疲れた。

 まあでも、生きているから仕方がない、あっちだって考えられる脳があるからこういうことになるのだ。


和平わへいー」


 帰る前に自分とやつの食べ物を買いに行かなければならないか。

 別に次のときでもいいと言えばいいが、それも結局自分だから面倒くさがらずに行く方がいい。


「ぜぇ、ぜぇ、無視しないでよ!」

「ん? あ、よう」

「おはようっ」


 江田仁菜にな、近所に住んでいる元気な女子だった。

 髪は常に長いままだから元気良く動くとそれに合わさって面白いことになる。

 本人も分かっているのか敢えて大袈裟に動くようにしている、かもしれない。


「和平、ミキちゃんは元気?」

「ただ元気ならいいんだが暴れまくるから困っているんだ」

「はは、いいことじゃん」

「お前……」


 人間だって同じで元気ならそれでいいというわけではないのだ。

 あと、自分が飼っているわけではないからか適当すぎる、もう少しぐらいは俺のことも考えてほしいところだった。

 喋ってくれればまだいいのだが、猫にそれを期待するのは間違いだろう。


「さてと、今日も彼氏君に会いに行かないとね」

「年下好きだよな」

「うんっ、年上とか同級生はちょっとね」


 一年生の男子に告白されたのではなく告白をしたわけだからどれだけだよと言いたくなる。

 まあでも、静かに真面目にやる人間だということは分かっているため、どこに惹かれたのかはまあ分かっている状態だった。

 なんて、本人ではなく勝手に他者である俺が考えているだけだから合っているかどうかは分からないが。


「なあ、家から電話がかかってきたんだが」

「え、和平は一人暮らしみたいなものでしょ?」

「父さんか母さんが帰ってきたのかもな」


 で、いつまでも無視したところで仕方がないから出てみたものの、向こうが話し始めることはなく……。


「もしもし? 駄目だな」

「も、もしかして幽霊っ?」

「ミキが電話に悪戯をしていたとしてもかけることは無理だしな」


 そうか、猫だけではなく幽霊とも一緒に過ごしていたわけか。

 別にひとりがいいとかそういうことではないからそれならそれで構わない。

 だが、姿だけは絶対に見せてほしかった。

 ただ悪戯だけして迷惑をかけてくるような存在だったら幽霊でもなんでもぶっ飛ばしたくなる。

 俺がミキにそうしない理由はクソなところばかりではないのと、常識というやつがあるからだった。


「切るぞ」

「……ま、待って」


 母はこんなに高い声ではないのと、父が女子の真似をして高い声を出しても気持ち悪くなるだけだからこれでふたりのどちらかが帰ってきたという想像は外れた。


「あー、昼休みにまたかけるからそのときでいいか?」

「……うん」

「よし、じゃあまた後でな」


 切ってスマホをしまったタイミングで「やばいよ!」と言って彼女は震えていたものの、彼女はプラスの方向にもマイナスの方向にも大きなリアクションをするからなんか逆に落ち着けた。


「幽霊が怖いなら一年生のあの男子に守ってもらえよ」

「そうするよ!」


 というわけで別行動となった。

 そもそもクラスも違うから別れなければならないことには変わらない。


「おはよう」

「……おかしいな、いつの間に席替えをしたんだ?」


 自分の席が占領されていると朝からこんな気分になるのか、ミキなんて全然問題にならないぐらいの微妙さだ。

 今日帰ったら可愛がってやろう、食いまくる存在だから飯の量を多めにしてやってもいいかもしれない。


「温めておいてやったぞ!」

「女子がするならともかく男のお前がするなよ」

「え、女の子で和平の椅子に座りたがる子はいないだろ」


 こいつは……面倒くさいからいいか、男だ、俺と仁菜だったら仁菜との方が仲がいい存在だった。

 こうしてこっちにまで面倒くさい絡み方をしてきているのは仲がいい仁菜がいないからで、相手をしてもらえているのであればこっちに来ることはない。

 ご主人様とペットみたいな関係と言えば分かりやすいだろう。


「くそう、仁菜を取られたばかりに俺の人生は退屈になっちまった!」

「俺としてはあの男子でよかったが」

「和平も敵か!? ということなら和平とはいられないな!」


 よし、勝手に戻ってくれた、が、なんか生温くて気持ちが悪かった。

 それでもなんとか我慢して座って待っているとSHRに突入、終わってからも特に尿意などは感じられなかったから大人しくしておく。

 そう、大人しくしているのに何故か異性から避けられているというのが現実で、仁菜がいてくれなければ灰色の人生だったことになる。

 ただの友達としてだけでも一緒にいてくれているあいつには感謝をしなければならない。


「食べ物でも買えばいいか」

「ひっ」


 このなんてことはない独り言で女子の口から悲鳴を上げさせられるとかある意味才能ではないだろうか、ではない。

 係とか委員会のときに面倒くさいからなんとかしたいところだった。




「……和平?」

「ああ、俺だ」


 俺の家にいるなら俺の名前を知っていてもなんらおかしなことではない。

 でも、どこの誰かをはっきりしてくれないとそうかいるのかで終わらせることはできないのだ。


「一……だと寂しい」

「つか、お前はどこの誰なんだ?」

「ミキ」


 そういうやつか、それなら話は早い。


「暴れるな、言いたいのはそれだけだ」

「……暴れたりなんかしていないけど」


 俺にとっての救世主がやってきたから相手を任せて弁当を食うことにした。

 金のことを考えなければ購買でちゃちゃっと買って食うのがいいのかもしれない、だが、毎日そうすると金が心配になるからやはり弁当を作って持参ということになってしまう。

 腹が膨れればいいから白飯にふりかけをかけてくるだけでもいいというのがな。


「な、なんてことだ……」

「ミキはなんて?」

「ちょ、なんで君もそんなに簡単に受け入れているんですかね」

「喋れるようになったなら楽でいいだろ?」


 返されたときには彼女の手によって消されていたからまたしまって食うのに集中、終わった後はすぐに移動する必要もないから朝と同じく大人しくしておく。


「気になるから今日の放課後はデートをやめて和平宅に行こうかな」

「デートに行っておけ、変なことで彼氏を不安にさせるな」

「そ、そっか、じゃあ明日は行くから」

「おう」


 漫画とかみたいに擬人化! とかではなくあくまで猫のままでいてほしかった。

 だって人間化したら飯が面倒くさいことになる、白飯にふりかけをかけて食べらればいいというあれは俺だけだからこそ使える方法だから。

 とまあ、学校では女子に謎に嫌われている以外特になかったので、決めていた通り買い物をしてから家に帰った。


「ただいま」

「にゃにゃ」

「喋ることができないのか?」

「にゃっ」


 受話器越しでなければ駄目みたいだ、上手くいかないものだな。

 とりあえず餌と水を追加してこちらはソファに寝転ぶ。


「なんだ、今日は大人しいな」


 俺の腹の上で丸まって休もうとしているが、普段であれば爪でカーテンを傷つけたり机の上に乗ったりするところだ。


「じっとしているならお前は可愛いんだがな」

「じ――にゃ」

「ああ、そういうやつか」


 楽でいいから喋ってくれとぶつけたらあくまでそのままの姿で「じっとしていなくても可愛いんだけど」と。

 俺の死が近いみたいだから飯を食った後に遺書を書いておくことにしよう。

 流石にこうなってくるとなあ、俺でも不安になってくるというもので。


「和平が見たいなら本当の私を見せてあげるけど」

「父さんがどこからか拾ってきた猫がこれとはな」


 なんとかミキがおかしかったということにして生きることはできないだろうか。

 いやほら、流石に俺もこんな歳で死にたくないのでね。

 生きられるのであれば多少は嫌なことだろうとしてやるからなんとかしてほしいところだ。


「どうするの、和平が見たいならいいけど」

「いやいい、そこでじっとしていろ」

「和平がそう言うならそうするけど」


 それか超ポジティブ思考で女子で話せる存在が増えた! と喜んでおくぐらいがいいか? 俺ならそれぐらいの緩さでもいい気がする。

 元々好かれていないからやべー奴になろうと迷惑をかけていないのであれば気にしなくていいだろう。

 もっとも、それもちゃんと生きられればの話だが……。


「つかお前さ、頭は白いのに体は黒いって面白いよな」


 ペンキに体だけ浸かってしまったみたいな感じで仁菜も初めて見たときに滅茶苦茶笑っていたぐらいだ。


「目は薄い青色で奇麗だがな」


 だからまあ暴れること以外は気に入っているというか。

 いやでも仕方がない、世話をしていればそりゃ好きになっていく。

 疲れたときなんかはこうして甘えてくることもあったからこれまた流石の俺でもというやつだった。


「和平は独り言が多いから困っているけど」

「独り言じゃなくて全部お前に言っているんだがな」

「口うるさい和平は嫌いだけど」

「俺だってお前……は嫌いじゃないが、もう少し大人しくしてほしいところだな」


 どうせなら仲良くいきたいからなんとかしたい。

 そりゃ気にせずに餌と水だけやっておけば生きることはできるだろうが、それなら別に飼わなくてもという話になってしまう。


「ミキ、だけど」

「もう三年は毎日見ていることになるんだからな、見りゃ分かるよ」


 話していたら腹が減ってきたからぐしゃぐしゃと頭を撫でて飯作りを始めた。

 酷いことになるというのはこれのことだ、女子なら猫でもなんか気にしてそうだから意味がないことはないだろう。


「踏みそうになるからあっちに行っておけ」

「ご飯を食べてお風呂にも入ったら部屋に戻っちゃうから嫌だけど」

「飯のときでいいだろ? 俺の足の上で丸まればいい」


 だが、これで言うことを聞くのであれば俺が疲れるようなことにはなっていない。

 話せて楽になったのはこいつも同じようで今日はずっと離れてくれることはなかったのだった。




「ね、ねえ、あくまで普通のミキちゃんだよ?」

「多分俺の精神状態がおかしかっただけなんだろうな」


 俺のときも同じで今日の朝に話しかけてくることはなかった。

 相変わらず間延びした感じではないが、あくまで猫っぽく鳴いていただけだからそういうことにしている。

 まあ、常識的に考えて猫が喋るわけがないからこれでいいだろう。

 あとは強気に出られなくなるから猫後なんて分からないままでいいと思う。


「だけどよかったよ、ミキちゃんが喋っていたり幽霊さんがいたら怖いからね」

「あ、あの……」

「うわあっ、誰ぇ!?」


 見た目的には彼女の彼氏君に似ているような気がした。

 ただ、そんなことを言おうものなら絶対に大声で「似てないよ!」と言われるだろうからやめておく。


「あ、僕はこの前からここに住ませてもらっているんです」

「おい」

「だ、駄目ですよね……」

「いや、迷惑をかけてこないなら自由に住めばいい。だがな、家にいるならこそこそするのはやめろ」


 ついでに俺がいないときはミキの相手をしてやってくれと頼んでおいた、寂しがり屋の可能性は十分あるから誰かがいてくれれば違うはずだ。


「ありがとうございます」

「にゃにゃ」

「うん、こちらこそよろしく」


 とりあえずそこで固まっているお嬢さんを家まで送ってくることにした。

 そもそも彼氏がいる人間が異性の家でゆっくりなんかするべきではない。

 そう言っても聞いてくれないからある程度のところで無理やり連れ出すしかないというのが現状だった。


「和平、なんかカオスになっているけど死んじゃったりしないでね」

「おう、仁菜も少なくとも高校卒業までは友達のままでいてくれ」

「なにかがなければずっと友達のままだよ」


 本当かよ、一週間後には終わっていそうな感じすらするのに。

 彼氏君がそろそろ本気を出す可能性があるから大人しくしておくしかない。

 まあ、そういう点では喋れる相手が家にいるというのは大きいのかもしれない。


「じゃあな」

「うん、送ってくれてありがとう」


 朝から放課後になるまでは元気いっぱいなのに放課後になると静かなキャラになるというのも彼女の面白いところだった。


「ただいま」

「にゃっ!」

「っと、危ないだろ? つかあいつは?」

「にゃにゃ」


 リビングに移動するとソファに座ってすやすや寝ているなんとも言えない存在が、こんな変な存在でも眠たさとかあるんだなと寝顔を見つつ呟く。

 というかもし本当に幽霊ならつまらない存在だと言えた、何故なら普通に人間みたいに足があるうえに歩いていたからだ。


「ん……は!? す、すみませんっ」

「なあ、ミキはなんて言っているんだ?」

「ミキさんは和平さんに離れるなと言っています」


 俺としても家にいられるのであればそれが一番だが、学生だから引きこもって猫の相手ばかりをしているわけにもいかない。

 家ではちゃんと相手をしてやるからと言ったらとことこと違うところへ行ってしまった、別に不機嫌ではないということがすぐに彼経由で分かって笑う。


「で、お前って幽霊?」

「多分……そうです」

「まあいい、住みたきゃさっきの約束は守れよ」

「はい、分かりました」


 今日も飯を作ってひとりゆっくり食っていたらやたらとやかしまくなった。

 また聞いてみたら「もっとちゃんと食べろ、だそうです」と返されてうへえとなってしまった。

 結局人間みたいにならなくても面倒くさい生活というやつが始まってしまったみたいだ。


「あの、今日はもう眠たいので寝させてもらいますね」

「おう、おやすみ」


 俺もささっと洗い物をしてから風呂へ向かう。

 ハイテンションのミキを黙らせるなら洗ってしまえばいいということで風呂場へ連れ込んだ。


「ん? 今日は最初から大人しいな」

「にゃ」

「なにを言っているのかは分からないが洗ってやるからそのまま待っていろ」


 最大限に気をつけつつしゃくしゃくと洗っておいた。

 終わったらささっとこちらも洗ってつかることなく洗面所に戻ってきた。

 こいつを拭いてやらないといけないから仕方がない、あとは季節的にも苦ではないから問題ない。


「気持ち良かったか?」

「うん、気持ち良かったけど」

「あれ、また俺がイカれかけているのか?」

「違うけど」


 ○○けど縛りも続けるみたいだって、俺のイカれた精神がそうであるように求めているだけの可能性もあるか。

 とにかくちゃんとドライヤーでしっかり乾かしたうえに拭いておいた。


「よし、先にリビングに行っておいてくれ」

「部屋に行っておくけど」

「お、そうか? ならほら」


 猫用の扉がないからその都度開けてやるしかないのが大変だったりする。

 今度父が帰ってきたら色々な場所をぶち開けてもらおうか。

 なんてな、用もないからこちらもボトルでも持って部屋に行こう。


「待たせたな」


 特にやることはないからベッドに寝転んでボトルの中身を飲んでいく。

 窓を開けているから風が涼しい、それなのに胸の上にはミキが丸まっているから温かくもあるという不思議な時間だった。


「餌――飯や水の量は足りているか?」

「私はそこまで大食いというわけじゃない、だから大丈夫だけど」

「俺がいないときはどうしているんだ?」

「暖かいところで寝ているけど」

「ははっ、羨ましい生活だ」


 頭を撫でてやったら一瞬目を開けてからすぐに目を閉じてそれについてなにかを言ってくることはなかった。

 この自由な感じがミキという感じがするから特に文句はない。


「帰ったらちゃんと相手をするから拗ねないでくれよ?」


 もう答える気はないみたいだったから電気を消して寝ることにする。

 元々夜更かしをするタイプではないし、早寝することになっても朝までぐっすりと寝ることができるから気にしなくていい。

 相棒が自由に出て行けるように開けてあるからその点でも心配はいらなかった。

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