終末の街

 「あー、また建物が崩れちゃったね。これで何回目だっけ?」

 「この街に移ってきて四十五回目」

 「よく覚えていられるね、ミチル」

 「カナエが数えないから代わりに数えてるだけでしょ」

 「日常的すぎてどうでもいいのさ」

 たしかに、と言いかけて、私は口を閉じた。別にある日突然こうなったわけではない。私たちが産まれたころには文明は崩壊に向かっていて、今もなお現在進行形というだけだ。カナエが日常的と言うのも無理はない。私たちは終わりに向かって進んでいる。街に残った食料や補給物資が尽きたら次の街へ。そんな生活を続けている。

 「ミチルはマメだね。私なんて食べ物があればそれで充分満足なんだけどな」

 「それも一理あるけど、マザーから言われてきたでしょ。なるべく情報を集めて来いって」

 マザーは私たちの産みの親、とでも言うべき存在だ。一見私たちの旅はあてのない放浪のように感じられるが、すべてはマザーの指示で進んでいる。私はそれを終わりに向かって進んでいると感じているだけだ。マザーがいる「都市」への帰り道がある保証なんてないし、何より、完全気密性マスクがなければ常人は太陽のもとに出ることすらままならない。

 マザーによると、私たちは遺伝子操作によって産み出された「適応種」と呼ばれる人間らしい。なぜ私とカナエがそう作られたのかは聞かされていない。ただ私たちはマザーの指示に従っているだけだ。

 「ミチル、お腹空いた。レーションある?」

 「あんたさっきも食べてなかった?」

 「やっぱり頭脳労働は疲れますなあ……」

 「昨日やっと見つけたんだから大事に食べなさいよ」

 「わかってるって。いただきます!」

 マザー。私たちはそう呼んでいるが、正式名称は「N-5146並列人工知性搭載型汎用コンピューター」。マザーと言うのは通称だ。なぜマザーと言うのが通称になったのかと言うと、本来は旧文明時代に作られた各「都市」に並列化されたマザーが常設されていて、世界中の「都市」を繋ぐマザーコンピューターだったことによる。少なくとも私が見たデータベースにはそう記されていた。

 「ミチル、四時方向、何かある。文字……かな。何か書いてあるみたい」

 カナエは目と勘が良い。この能力に何度助けられたかわからないくらいだ。私も遠距離スコープで覗いてみる。

 「たしかにあれは……石碑?にしては大きいかもね」

 「ちょっと行ってみよう」

 私たちはボロボロのバギーに乗り込み――と言っても魔改造はしてあるが――目的地、石碑のほうに向かった。


 「ミチル、何て書いてあるの?」

 「ちょっと待ってね、解析中……古すぎてデータベースの検索が手間取ってる。多分古代文字ね。派生した言語が多すぎて、それで……ヒット。これは……歌?の言葉みたいだね」

 「歌?歌詞ってこと?」

 「そうみたい。いつごろのものかはマザーに問い合わせないとわからないけど」

 「なんだかロマンチックだねぇ。ここ多分公園というか広場でしょ?こんなところに歌詞を掲げるなんて、いかにも民族性って感じ?」

 「カナエにもそういう感性があるんだね。意外かも」

 「な……私をなんだと思っているんだね?」

 「うーん……食い意地がはってるやつ?」

 なんだそれは!と憤慨するカナエは放っておいて、いったんこのデータをマザーに照合してみよう。正直私たちのデータベースは簡易式すぎてこのレベルの文明相手には歯が立たない。

 「ミチル……」

 「今度は何?」

 「ちょっと、これって……」

 「足跡……まさか、ここはもう廃棄区画のはずじゃ……」

 「都市機能は?」

 「えーと……一応メインバッテリーは生きてる。けど自家発電でもしない限りこの設備じゃ生活なんて到底無理だよ。倒壊物が多いとはいえ、まだ使える設備がありすぎる」

 「調査、してみる?」

 「カナエ、冗談でしょ?」

 「ほら、ここで足跡が途切れてる。つまり……」

 「地下ってこと?」

 「マスクなしの住民がいることを前提とするならね」

 たしかにこの「都市」には、図面上完全密閉型のシェルターが設置されていることになっている。だが、正確な人口も把握できないままに調査に踏み切るのは危険だ。

 「カナエ、もしも、だけど……」

 うん、とミチルが返事をする。

 「もしも、他のマザーが生きていると仮定するなら、私たちのほかにも調査をしてるチームがいる可能性はないかな」

 カナエは考えている。私はこういうときにはカナエの勘に頼ることにしている。

 「メインバッテリーが生きているなら、マザーが生きている可能性は否定できないね。仮に住民がひとりだとしても、マザーが稼働してるなら何らかの情報を持ち帰ったと考えることもできる。私たちの「都市」も同じことをしているわけだし」

 「そうだね。それなら、マザーどうしの同期による相互干渉も可能のはず」

 もし私たちのマザーがこの「都市」の存在を知っていて、何らかの干渉を試みているのなら、思い切って調査はするべきだろう。

 「カナエ、行ってみよう」

 「よし来た。慎重に行く?大胆に行く?」

 「前者ね。未知の場所に踏み込むからには危険を想定するべきだわ」


 地下通路には電灯がない。正確には電灯そのものはあるのだが、使用していないということだ。おそらく電力を節約しているのだろう。電力は限りある資源だ。当然の対応と言える。私たちはわずかなペンライトの光源を頼りに、道なりに進んでいく。来た道には床面に石でチェックマークをつける。道に迷わないようにするためだ。光源のない場所での移動はこういった地道な作業が肝要となる。

 「いつも思うけど、やっぱりこの時間は楽しくないな。もっとこう、派手なやつが見たい」カナエはひとりごとのようにつぶやく。

 「とか言いつつ何だかんだ色々拾ってるじゃない」

 「まぁね。これは趣味だから」

 カナエはジャンクパーツが好きだ。カナエが言うには「年代物ほどロマンがある」らしいが、私には正直よくわからない。ロマンとなると、まぁたしかに趣味の世界なのだろう。ジャンクパーツはそこらじゅうに転がっているが、ときめきが大事だとカナエは言う。

 「カナエ、出口みたいよ」

 わずかだが眼前に光が見える。地下空間における光は、そこに人や文明の営みがあることの証左だ。

 「食べ物のにおいがするな」カナエが鼻を利かせる。

 「どういうこと?」

 「さてなぁ……「都市」によって文化は違うからねぇ」

 「見てみないとわからないってことか」

 「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」

 そんな恐ろしいものではないだろうが、マザーが生きているのなら引き返すという選択肢はない。私たちの仕事は情報を持ち帰ることだ。だが、何のために?


 出口を出た先には驚くべき光景が広がっていた。多種多様な民族の集合体とでもいうような、異様な光景だ。往来を人が行きかい、街そのものが生きているようだ。私たちの「都市」では考えられない。

 「すごいね、ミチル」

 「たしかに。こんなの見たことないね」

 その時、私たちの背中から声が聞こえた。

 「見ない顔だな。お客さんかね?」

 その男はマスクを外した。

 「君たちもマザーに導かれたのか?」

 私は気配を察知できなかったことに戦慄した。恐る恐る質問に対する答えを探す。どうやら言語は同じようだ。

 「ここのマザーは生きているの?」

 男は少しの間黙った。

 「生きている、か。そうとも言えるし、そうでないとも言える」

 「どういうこと?」

 「実際に見たほうが早いだろう。着いてきなさい」

 わけがわからなかったが、私たちはとりあえず彼の背中を追った。


 男はゲイルと名乗った。彼はこの「都市」のマザーを管理しているのだそうだ。色々な「都市」から逃げ延びてきた人々を受け入れるうちに街が自然とあの形になったのだという。縦横に並ぶ飲食店は「ヤタイ」と言うらしい。旧文明の食文化が詰まった伝統的な風習だそうだ。

 「君たちは他の「都市」からの調査隊、ということで認識して良いのかな?」

 ゲイルからの質問に私たちは首肯する。

 「そんなに身構えなくても良い。ここは厳格な決まりがあるわけではない。だれでも歓迎というわけにはいかないが、比較的治安は良いと保証する」

 比較的、という言葉に違和感がある。ゲイルは他の「都市」についても何か知っているような気がした。

 「まるで他の「都市」についても知ってるかのような口ぶりだね」とカナエが食いついてみせる。

 「まぁ、そうだな。私は他の生きている「都市」を見てきたからな」

 「こんなところが他にもあるの?」

 「驚くことでもないだろう。現に君たちがさっき見たものは現実に存在している「都市」なのだから」

 「たしかにそうだけど、ここら一帯は廃棄区画のはず……」

 「それは君たちのマザーが判断したことだろう?だが我々のマザーは実際こうして稼働している。自分たちの見聞を信じることも大事だが、現実は行き場をなくした人類がまだ荒野を彷徨っているのだよ」

 「あなたは見てきたとでもいうの?他の「都市」のことを」

 「ああ、見てきた。できる限りね。だから君たちのことも多少はわかる。マスクを携行していないということは遺伝子操作されているのだろう?この「都市」にも何人かは同じような人間がいる。孤立したマザーが他の「都市」に救いを求めているということだ」

 「孤立した、マザー……?」

 「そうだ。並列機能を失ったマザーが、外部との接触を試みるために作った端末のようなものだな」

 「私たちは、マザーに利用されていた?」

 「いや、それは違う。君たちのマザーも限界が近いということだ」

 「どういう意味……?」

 「それは、彼女に聞いてくれ」

 行きついた先に球体状の自立型コンピューターがあった。たしかにそれは、マザーそのものだ。

 『いらっしゃい。旅のお方。失礼ながらデータを少し覗かせていただいたわ。どうやら西の方から来たようね』

 「ミチル、これって……」

 「ええ、おそらく会話プログラムが生きてるマザー……まだこんなのがあったなんて……」

 『あなたたちのことはそちらのマザーから聞いているわ。もちろん衛星経由で無理矢理データが送られてきたのだけれど』

 衛星経由。その手があったか。たしかにそれなら断線した地上回線を経由しなくて済むし、ダイレクトなら秘匿性も多少は高まる。

 『申し込まれたのは取引。あちらの「都市」が崩壊する前に、あなたたちを受け入れてほしいこと。引き換えに私たちの「都市」にライフラインの補給をまわす。そう悪い取引ではなかったわ。でも本人たちの意志を尊重するべきだと私は言ったの。人間の意志に委ねるべきだと』

 廃棄区画の調査はこのためだったのか。今までは数日前に機能停止した「都市」の調査だったが、今回は廃棄区画。うかつだった。もっと早く気づいていれば。

 「どうするね?」とはゲイルの問いかけだ。

 「悪いけど、私は乗れないな」カナエが反論する。

 「そうね、たしかに自分たちの「都市」が崩壊するのが時間の問題だとしても、私たちにとっては帰るべき場所だもの」

 「そうか。では……」

 「勘違いしないで。今はまだ答えを出すべきではないというだけ。私たちのマザーにもちゃんと話すわ。どうするかはそれから決める」

 『人間とはやはり面白い生命体ですね。ねぇゲイル』

 「……そうですね、合理では動きませんな」

 「ゲイルさん、あのヤタイってやつは食べていっても良いの?調査の一環として」

 「ちょっとカナエ……」

 「もちろんだ。旅の疲れを癒してから「都市」に帰還すると良い」

 「だってさ。行こう、ミチル!」

 「ちょっと……」


 『ゲイル、あの子たちもあなたも、やはり人間ですね。思い出すわ。あなたが初めてこの「都市」にやって来たときのことを……』

 「マザー、それはもう忘れてください」

 『消去はしないでおくわ。いずれあの子たちもまたここに導かれて来るのかもしれないわね』

 「そうですね、マザー」


 「ミチル!これすごく美味しいよ!よくわからないけど透明なつるっとしたやつが入ってる」

 「カナエ、食べすぎ。もうちょっと自重して。調査でしょ?」

 「口実じゃん、口実。戻ったらマザーに画像見せてやろう」

 「もうこの「都市」のことは知ってるんじゃないの?だから私たちを派遣したんでしょ?」

 「いやぁ、そうだろうけどさ、やっぱり実際に体験したことがあるのとないのでは大違いだよ。あ、これもイケる!牛とか豚じゃないな……」

 カナエは本当に食い意地がはってる。


 さて、これからどうしようか。私はそんなことを考える。一旦「都市」に戻るのは前提として、崩壊が決まっている「都市」に定住するのは危険だ。

 「カナエ、起きてる?」

 「うん。どうしたの?ミチル」

 「この後のことだけど……」

 「まぁ、一回帰ろうよ。その後のことはその後考えたら良い」

 「カナエは気楽でいいね」

 「ミチルがいるから。私はミチルと一緒ならどこでも良いよ」

 「ずっと荒野を彷徨うことになるかもよ?」

 「良いよ」

 「何日も食べものがない日が続くかも」

 「良いよ」

 「そっか。私もカナエと一緒ならそれでいいかな」

 「そうだよ。ここまでふたりでやって来たんだしさ」

 それもそうかと納得して、カナエの寝息が聞こえる。不思議と安心している自分がいたことに気づく。ずっとふたり。それも良いかな。

 この壊れていく世界でふたりきりのランデブー。戻る先も行く先も、終末が約束された街。それならせいぜい楽しませてもらおう。そう思って、私は目を閉じた。

 

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