Strobe light

 「司令からは以上だ。各自、解散!」中尉の号令で小隊各員が宿舎に戻る。

 明後日から始まる作戦に、私が疑問を持つことは許されなかった。空挺降下による敵司令部への夜間潜入およびこれの破壊、可能な限り敵兵力を削ぐこと。しかも二個分隊による隠密作戦だ。いくら精鋭小隊を編成したと上層部が明言していても、分隊規模では守りの厚い敵司令部を急襲するなんて無茶がすぎる。中尉はきっと功績を急ぐあまり、こんな馬鹿げた作戦を受理したに違いない。そんなに後方勤務がお望みとあらば、昇進の際にキャリアコースに乗ればよかったものを。

 「少尉殿!アナスタシア少尉殿!」夜だというのに元気な声を背中から浴びる。

 「どうした?セルゲイ軍曹」

 「明日のシミュレーションは少尉の指揮で行われるのでしょうか?」

 「いや、明日は明朝〇六〇〇より中尉の指揮下で降下シミュレーションの予定だと聞いている」

 「そうですか……」

 「不服か?」

 「いえ、そういうわけでは……」

 「まぁ胸中は察してやるが、これも軍務だ。貴様も軍人ならばそれに従え」

 「はっ!失礼いたします!」

 やれやれだ。ステファン中尉の訓練はいつも厳めしい。私も相当しごかれたが、セルゲイ軍曹にはなんとか乗り切ってもらいたい。この作戦終了後、中尉に取り次いで、彼を将校課程に推薦するつもりだ。士官になればあの生真面目さも、面倒見の良さも活かせるだろう。

 私の方はといえば、この作戦が進退を左右するターニングポイントになりそうだ。最前線勤務は慌ただしすぎてどうも性に合わないし、中尉のことも本心ではあまり得意ではない。中尉は大尉への昇進がかかっているため張り切っているようだが、私は士官学校を出ているので、この作戦で死にさえしなければ、階級は後に追いこす。ここで戦果をあげて、軍大学にでも入っておきたいところだ。

 「ターニャ、また怖い顔してるわよ」

 「エレナ少尉、ちゃんと階級で呼んでちょうだい。軍規でしょ?」

 「待機中だから良いじゃない。どうせ階級は同じだし」

 エレナは士官学校からの同期で、私の部隊の狙撃手だ。通常、小隊ならば十人程度の規模になるのだが、私たちは少数精鋭の部隊であるため、基本フォーマンセルの分隊規模で行動する。基本戦術はツーマンセルでの敵地潜入、後方支援にひとり、狙撃手にひとり。原則としてひとりでも行動不能になった場合は三人でカバーするが、この部隊では単独行動がメインである狙撃手のみ、そうはいかない。つまりエレナは基礎戦闘能力も部隊で相当高いことになる。模擬徒手格闘戦では、パワードスーツに対しても生身である程度まで通用する。今回の作戦では敵パワードスーツ着用者に対抗するため、精鋭の中でもより格闘戦に秀でた人選がなされている。

 「それで、なんの用?急ぎ?」

 「そう、これを渡したくて」

 「これは……ペンダント?」

 「そう、お守り」

 「お守りって……私は大丈夫だよ」

 「今回はかなり危険だと思うよ」エレナの眼は本気だ。

 「でもこれはエレナの大事なものでしょう?」

 「だからだよ。必ず無事に帰ってきて、私に返して」

 「一緒に出撃するじゃない……」

 「私は狙撃ポイントに着いたらなんとでもなる。でもターニャは潜入から脱出までが仕事でしょ?」エレナの語気が私の記憶にある限り一番強い。

 「……わかった。エレナがそこまで言うなら、本気で行かないと本当に死ぬかもしれないわね」

 「約束よ……」

 ええ、と返事をして、私は自室に戻る。エレナの視線を背中に強く感じた。それは、刺さるほどに痛かった。

 


 出撃の朝は今年一番の冷え込みだった。これは部隊に装備されている強化型スニーキングスーツでも堪える寒さだ。ブリーフィングは本日一二〇〇から行われ、作戦開始は一八〇〇から。分隊は隊長の私以下、セルゲイ軍曹、オシプ准尉、エレナ少尉が選抜された。別動隊は中尉が隊長兼小隊指揮官として分隊で出撃する。中尉指揮下の元、我が分隊は敵司令部への潜入および破壊。その間、中尉の隊は敵戦力を引きつけ、それを戻ってきた私たちの隊と挟撃し、制圧する。事前に聞かされた作戦内容は至って定石通りのものだ。だが、私は一抹の不安をぬぐい切れないでいた。

 敵戦力の想定が甘すぎる。分隊規模で制圧できるならとっくに上層部は爆撃なりなんなり、実力行使ができたはずだ。しかもここは事実上最前線ではなく、戦略的にも重要拠点とは言いにくい。なにかを軍上層部は掴んでいるのか、あるいは。しかしそんなことを考えてもしかたがない。私たちは軍人だ。命令には従わねばならない。それだけだ。


 早めの昼食後、ブリーフィングルームに部隊全員が集まる。

 「総員、傾注!」私の号令で全員が姿勢を整える。

 「各員、先日の降下訓練は見事だった。この部隊を率いることができて光栄だ。さて、まずはこれを見てもらいたい」中尉の訓示と共に、ブリーフィングが始まる。

 ホロディスプレイに表示された敵司令部の見取り図が展開される。

 「地形は渓谷の隙間、所感としては当然守りが堅いと見た。背後からは侵入できんからな。そこでだ……」

 中尉は渓谷の上部、ちょうど射角がとれるギリギリのポイントをふたつ指先でタッチして、ポインタをつける。

 「狙撃手二名はここで潜入部隊のサポートと、正面敵背後への支援射撃を。後者は外しても構わないが、前者は確実に仕留めろ」

 次に示されたのは、降下地点からの潜入ルート。

 「このルートが最短だが、最悪の事態を想定すれば、敵戦力の全員がパワードスーツを着用していること。そうなればこちらは圧倒的に不利だ。ただ、上層部の話ではこの司令部はダミーで、敵軍の研究施設らしいとされている。先日偵察ドローンを飛ばしたところ、地対空ミサイルで撃墜された。そこで、我々に情報を掴んで来いというわけだ」

 なるほど、そういうことかと私は得心した。

 「この研究施設には第三国ですら掴めない機密情報が詰まっている。まぁ、言うなればパンドラの箱だな。できすぎてるよ、正直」

 中尉も昇進を焦っていたというよりは、この作戦に違和感があったのだろう。それでも、軍人としてやらねばならいことを優先した結果がこれか。

 「敵の罠である可能性は?」エレナが質問する。

 「それを突き止めろとのお達しだ」とは、中尉の返しだ。

 「もし機密情報があった場合は?」私からの質問だ。 

 「デバイスでスキャン。トラッププログラムがあった場合に備えて、予備と防壁プログラムは忘れるな。もちろん、スキャンしたらそれを破壊しろ」

 簡単に言ってくれる、とは口が裂けても言えない。

 「安心しろ、ケツは持ってやる。少尉の実力ならやれるはずだ」

 「ありがとうございます、中尉」こういったときの中尉は、正直頼もしい。

 「では、各自出撃準備」

 まったく、気の乗らない作戦だ。



 上空は一層冷え込む。だが、スニーキングスーツは今回の作戦用に改良された最新型だ。パワードスーツとまではいかないが、多少の筋力補正がかかっている。

 「各員、準備は良いか?」中尉の言葉に全員がうなずく。

 「よし。では、各員降下!」

 ブワっと風が頬を切る。射撃補正AI搭載型暗視ヘルメットをかぶっていても、空挺降下は相変わらず慣れない。地対空ミサイルのセンサー圏外からの潜入。戦域離脱までの作戦時間は六時間が目安だ。それ以上はこちらが消耗するだけだ。とんだ貧乏くじを引かされたものだと思う。パラシュートが開いて着地。全員無事だ。潜入ルートはクリア。罠じゃないだろうなとあきれるくらいの呑気さだ。みんなで仲良くハイキングに来たわけじゃないんだけど。

 「アナスタシア」

 「エレナ、作戦行動中よ」

 「良いから聞いて。なにがあってもあきらめないで。私を信じて。必ず助けに行くわ」

 「ずいぶん自信があるのね」

 「そうじゃない。アナスタシアは私が助ける。それだけよ」

 言い終わるとエレナは侵入ルートを狙撃ポイントへ移した。私がやられる? いや、可能性は充分にある。敵戦力も把握できていない。危険はもとより、各自の判断がより重要になるだろう。私のバディはセルゲイ軍曹。彼も実戦経験を積んできた仲間だ。カバーリングと連携で切り抜けてみせる。


 ヘルメットには自動暗号化される通信装置が備わっている。ハンドサインももちろん習得はするが、遠隔地の味方との通信の場合、こちらがメインになる。早速中尉からの通信が入った。

 「少尉、正面はどうだ」

 「敵影三……いえ、四、表はすべてパワードスーツです」

 「わかった、それはこちらで引きつける。その間に突入しろ。発煙弾発射後、三秒間斉射する。それが合図だ」

 「了解」

 一瞬の静寂。落ち着け。集中しろ。閃光をともなって三秒間の銃声がとどろく。一気に煙が上がる。

 「行くぞ!軍曹!」

 「了解!」

 私たちは正面入り口に走った。

 

 カツンカツンと靴音がこだまする。これでも消音素材なのだが、床の材質がどうも硬すぎる。

 「軍曹、敵影は?」

 「右翼、無しです」

 「こちらもクリア」

 妙だ。正面だけのザル警備なんてありえない。

 「少尉! 正面、来ます! 大物です!」

 「これは……!」

 無人機動兵器?こんなものいつの間に? と言うよりも、でかい。

 「軍曹! 右腕の関節を狙え!」

 軍曹のAK-47が弾丸を発射する。続けざまに、私も左脚部関節を狙う。照準はAIがある程度補正してくれるが、関節部をピンヘッドするとなると容易ではない。

 「これでは……准尉! 出番だ! 中に突入して軍曹のカバーを!」

 「待ってましたよ!もう向かってます!それ!」

 准尉の射撃により無人機動兵器の右腕部、肘から下が吹き飛ぶ。准尉は狙撃手並みの射撃精度を誇っている。

 「少尉! ここは自分たちがやります! 中心部へ潜入を!」

 准尉がカバーすれば大丈夫か。多少不安だが、ここは連携。任務優先だ。

 「任せた! すまん!」

 「早めにお願いしますよ!」

 「了解!」


 アラートが鳴り響くなか、私は施設中心部を目指す。避難する技術者を何人か見かけたが、やはりここは研究施設ということなのだろうか。

 「……っ! 警告!」

 間一髪で右側面からの蹴りをかわす。銃が床に転がる。パワードスーツ。ここにも一体いたか。格闘戦だが、一対一なら勝機はある。慎重に行くんだ。作戦時間は?あと四時間。いける。

 相手のジャブをいなして掌底、は不発。ローキックからの左フックは、相手のガードに防がれる。相手のコンビネーション。バックステップ。距離を詰めるのが速い。そのままムーンサルトキック。手ごたえあり。だが、効いていない。相手のミドルキックが左から飛んでくる。ガード。ミシっと嫌な音がして、左腕が折れたことを知る。吹き飛ばされた私が距離を詰める。右掌底からの回転蹴り。相手のバックステップ。この間合い、いける。私は腰のナイフをパワードスーツの急所、首元に投げつけた。命中。パワードスーツは機能停止。私は銃を取り、敵に向ける。

 「悪いな。これも任務だ」

 銃声が、通路に響いた。


 施設中心部、そこにあったのは中型まで縮小されたスーパーコンピューターと、なんらかの設計図。とりあえずデバイスをつかってスキャン。防壁プログラムは正常に作動してくれている。あとはスキャンが終わって、脱出はどうするか……

 その瞬間、ガシャンと電灯の色が赤に変わる。

 『パターンD、パターンD。データの流出が確認されました。施設を爆破します。繰り返します。パターンD、パターンD……』

 機械音声?トラップどころか棺桶だったか……パンドラの箱とはよく言ったものだ。中尉、思ったより最悪の状況ですよ。

 これはまずいな。スキャンは?終わったか。とりあえずデバイスは回収。残り時間は、三時間。そして、警告音。

 「まだ残ってたとはね。美しい愛国精神だわ」

 パワードスーツ。この状況は、絶望的だ。


 さっきよりも消耗が激しいせいで体の動きが鈍い。もう十分以上格闘戦を強いられている。さすがにまずい。

 「軍曹! 准尉! 無事か?」

 「こちらはなんとか片付けましたよ! 少尉はいまどちらに?」

 「こっちは取り込み中だ! 警報は聞いたな? 早く脱出しろ!」

 「しかし少尉が!」

 「無駄に死ぬな! いいから行け!」

 「……了解。少尉、ご無事で!」

 さてと。まずはこの状況をどうするか、だ。

 「うぐっ……」

 ボディブローをもろにもらってしまった。壁にうちつけられ、肋骨が悲鳴を上げる。動けない。息が苦しい。私もここまでか……

 ドン!

 重い銃声が響く。これは、狙撃銃の……私はそこで意識を失った。



 「やっと目を覚ましたわね」

 「エレナ……どうしてここが……」

 「ペンダント。狙撃手だけにつけられてるのよ、GPS。万が一敵地で遭難しても救助できるようにしてあるの。それを埋め込んでおいたわ」

 「うっ……」

 「応急処置は済ませてあるわ。とりあえず肩貸してあげるから、行きましょう。このままだとふたりとも爆発で死ぬわ」

 「ええ、そうね」


 アラームが鳴りやまない。爆破シークエンスは着実に進んでいる。

 「あと一時間で作戦終了。施設の爆破は四十五分後。データを見てわかったわ。あの無人機動兵器、新型よ。たぶんここで進めていたのはあれの量産計画ね。そんなことになったら東との開発競争になるわ。西の上層部は戦争を終わらせる気がないみたいね」

 「エレナ……」

 「いいから、早く行きましょう。救難信号は出してあるわ」

 「どうして、助けてくれたの……?」

 「ほんと、ターニャは鈍いわね。好きだからに決まってるでしょ」

 「す……き……?」

 「そう。士官学校のときからね。なんで気づかないかな」

 「知らなかった……ごめん」

 「好きな人が死ぬのはごめんだわ。早く戦争なんて終わって、私はターニャとふたりで暮らしたいの」

 好き、か。誰かに好きって言われるのは初めてだな。エレナと、暮らす。そんな未来があってもいいか。とりあえず、この作戦が終わったら軍大学に行こう。退職金はそれで安泰だ。エレナも、ついてきてくれるかな。

 「悪くないわね、それ」

 もう、最前線はこりごりだ。

 

 出口。出口だ。みんなボロボロじゃないか。

 「少尉、派手にやられたな」

 「中尉こそボロボロじゃないですか」

 「ウォッカでもかけときゃ治る」

 「そんなわけ……いや、中尉ならあるかもしれませんね」

 中尉は笑っていた。口元には血がにじんでいる。


 「ターニャ、返事は治ったら聞かせてね」

 「そんなの決まってるでしょ、レーナ。ペンダントは返すわ。そのかわり、そばにいてくれる?」

 「……ええ、もちろんよ」

 通信機は切ってある。この会話は、誰にも聞かれない。渓谷の間をぬって、救助ヘリの音が近づいてくる。ストロボライトの点滅が、やけに眩しかった。

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