幕間 てぃてぃむ はじめて の おつかい !


 ……私は人形か?

 何を馬鹿なことを問いかけているのか。私の種族は「カオス・」。正真正銘の人形。ただの玩具。それ以上でもそれ以下でもない。

 そうだ、私は人形だ。長方形の紙切れから生まれた仮初の命。人ならざる存在。

 故に。人間とは別の種族なわけで。生物学的に考えて、ホモサピエンスに対して卑猥な感情を抱くなんて有りえないわけでして。


「ティティム、湯加減はどうかしら?」


 煩悩退散色即是空空即是色諸行無常生者必滅会者定離寂滅為楽……ッ! 



◇◇◇



 私が実体化してからというもの、偽華ちゃんは常に私にベッタリだ。仕事でパソコンに向き合う時も、休憩をする時も、ずっと膝の上に私を抱えている。眠る時だって、抱き枕みたいにされて同じ布団で一緒に寝る。カード状態になっていても、謎パワーで強制顕現させられる。

 ……それは、お風呂に入る時も。

 元々は紙切れの私が温水に浸かって大丈夫なのは何故なのだろう本当に意味が分からないよね石鹸付けても平気だしシャワー浴びても気持ち良いだけだし「洗いっこしよっか、ティティム」にゃあああああああああああああああああ!!!!!!!!!……落ち着け落ち着け落ち着け私は人形だ私は玩具だ。

 そうだ、こういう時は素数を数えよう。……あれ? 1って素数?

 ……………。………………………。

 よし、こういう時は円周率を数えよう。3.1415……次なんだっけ?

 ……………。………………………。

 ……ま、まぁ、私は前世の記憶が曖昧なわけだし仕方ないよね!

 ともかく!

 煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散…………ッ!!



◇◇◇



 さて、困った。私の心が休まる時間がない……じゃなくて、これではナイスガイ君の所へ謝罪に行けない。偽華ちゃん自身は「謝罪? 何それ美味しいの?」を地で行くゴーイングマイウェイ娘だから行く訳がないし。かといって、私も常にべったり拘束されてて身動き取れないし。

 今は偶然にも偽華ちゃんが仕事の関係で呼ばれて、「ちょっとココで待っててね」と言われて自由な状態だが。

 ……待てよ? そうだ、いつもCPX社の会議の時だけ、私はカード状態のままだ。流石に、大人数が集う場所で私を抱え続けないくらいの常識はあるのだろう。

 これを利用すれば、謝罪に行けるのではないだろうか?

 そんな事を考えていると、丁度いい所に社員2名が通りかかる。しかも、有能で話が分かるし、人柄も良い者達ではないか。彼と彼女を利用しない手はない。


「ねぇ、田中と鈴木」

「こんにちは、ティティムさん」


 彼女は鈴木。鈴木 理海りうみ。黒髪のシニヨンと黒スーツが似合う女性。24歳彼氏募集中。成果至上主義のCPX社で、入社2年目にして幾多の実績を積み上げているバリバリの出来る女である。


「おや、ティティムさん。どうかされましたか?」


 彼は田中。ただの田中だ。


「かくかくしかじかで、偽華がぶっ潰した男の子へ謝罪に行こうかと」

「え、あの子そんな事しでかしたんですか!? 大問題じゃないですか!」

「……成程。報告ありがとうございます。……確かに。幼い少女が謝罪すれば、先方も怒るに怒れないかもしれませんね。ティティムさんは見た目だけですし、子どもを利用したという批判も躱せます。第一、本人が行くと言い張った体にすれば良いのですし……」


 田中がブツブツ呟いてる内容が怖い……というか、汚いさすが大人きたない。


「しかし、田中さん。その少年の名前や居場所が分からない事には……」

「偽華CEOは少年と「スターバッジ」を賭けて戦った……つまり、トーナメント予選バトルとして、バッジとスマホアプリに情報が記録されている筈です。それらは全て此処に集約されますから……あ、ありました。少年の名前は水貝 天一郎くんですね。現在はCPX社系列の混沌総合病院に入院中のようです」


 鈴木の疑問に、タブレットを操作しながら答える田中。

 CPX社は各支社それぞれが、ほぼほぼ完全独立状態で経営している。それで、業績やら何やらを競って勢力争いを続けているとか。その競争体制こそがCPX社躍進の原動力と言われているらしい。なので、偽華ちゃんは正真正銘のCEOなのだ。

 ちなみに。田中はCIOだかCTOだか良く分からん役職についているらしく、社の情報は殆どが彼の手中にあるとか。その役職に弱冠27歳で上り詰めたらしいので、凄いことなんだと思う。多分。知らんけど。


「良いですか、鈴木さん。経費で落としますので、菓子折りには手を抜かないように。また、入院費用を社で全額負担し、賠償金も支払う方向で進めて下さい。……概ね、この範囲に収めて下されば問題はありません。これ以上に必要となる場合は――さんに連絡を。話は通しておきますので、彼女の指示に従って下さい」

「はい。了解しました」

「ティティムさん、偽華CEOは私が会議に足止めします。何としても時間を稼ぎますので、そちらは宜しくお願い致しますね」

「おーきーどーきー!」


 ま、私はカードだ。人間共の社会構造など知った事か!

 立場ある人物相手でも、態度を変えるつもりはない! これが「ティティム・クルデーレ」の設定だと言い張る!クハハハハハ!

 ……もしかして、偽華ちゃんの「敵キャラ属性」が伝染してきてる?



◆◆◆



 私は鈴木。日本におけるCOカード関連業を始め、多くの分野を支配する大企業CPX社、その西東京支社の社員。

 一か月ほど前、前CEOがCOバトルで姪の「死世神 偽華」氏に敗北。そのまま社の代表が入れ替わるという大事件が発生したが、うまく会社は回っている。むしろ、以前よりもずっと働きやすくなった。

 既存の固定観念・常識・慣習・制度などなど、あらゆるモノを「邪魔」の一言で壊していく新CEO。その姿勢に冷や冷やしっぱなしだし、付いていくのは大変だ。

 それでも、最終的には前よりも良くなっているから。だから、私も含めて、急激な変化であっても社員たちは付いていくのだろう。田中さんのような地位と実力のある人が彼女を全面的に支持しているのも納得だ。

 ……けれど。思い付きで後先考えず破壊して歩く偽華CEOに、私たちは振り回されてばかりだ。

 たとえば、今日だって。彼女のしでかした事の後始末に駆り出されている。

 何でも、トーナメント参加者を主催者自ら「間引き」と称して潰して回っていたらしい。基本的には不正ファイターを叩き潰していただけとのこと(それも十分に問題)だが、途中、何も悪くない善良な中学生ファイターにトラウマレベルの容赦ない戦いを披露しやがりやがったようなのだ。


「菓子折り菓子折り~」

「まぁ、この程度であれば十分でしょう」

「いらっしゃい、お嬢ちゃん。お母さんと買い物かい?」

「いえ、私は……」

「この人は私のお姉ちゃんだよ!」

「へぇ、そりゃ失礼した! 姉妹揃って仲良く買い物ってわけか! いいねぇ!……ほれ、これは間違えた詫びだ、姉ちゃんと一緒に食べな!」

「わーい! ありがとー、おじさん!」


 なんてシーンを挟んで菓子折りを入手して。……「お姉ちゃん」と言われたのは、仕事中にも拘わらずキュンとしてしまった。

 ……そう。今回の仕事は私一人ではない。偽華CEOの相棒「ティティム・クルデーレ」も一緒だ。

 こんなに可愛いなりをしているが、COバトルになれば敵味方問わず大鎌で斬り伏せていくのである。


「……ここですね。混沌総合病院」

「病室は?」

「333号室ですね。3階のようです」

「把握。あとは任せて」

「え!? ちょっとティティムさん!?」


 初歩的な事を軽視していた! あの子は「The ONEカード」が実体化した、正真正銘の「モンスター」! 人間とは比べ物にならない肉体のスペックを有している!

 彼女は、車の助手席からヒラリと飛び出すと、そのまま病棟の3階まで、僅かな凹凸を利用して駆け上がってしまう。


「不味い! 何をやらかすか分かったもんじゃないですよ!」

 

 急いで車を駐車。病室を目指す。

 流石に院内を走ることは出来ないが、歩きながら院内地図を頭の中で整理。最短最速の経路を導き出す。

 幸い、この病院はA棟やらB棟やらと複雑。誕生して一か月の彼女が、333号室を直ぐに見つけられるとも思えない。

 何か取り返しのつかない問題が起きる前に間に合ってくれ、と。それだけを願いながら進む。

 そして、目的の病室に辿り着くと……


「この前は完膚なきまでに潰して、正直すまんかった。本人はココに居ないけど、偽華も反省している。多分。……この高級菓子で勘弁してくれると助かる」

「えっと、これに僕はどんな反応を示せば良いんだろうか……?」


 病室には、誠意の欠片も見られない謝罪を披露する白い髪の少女の姿と、それに戸惑う青い髪の少年の姿があった。

 遅かった……!



◆◆◆



「……成程。事情は分かりました」


 突然、あの日に戦った少女の切り札……「The ONEカードの実体化存在」と名乗る少女が病室にやって来た時は驚いたけれど。

 僅かに遅れてやって来た女性が平謝りするのを何とか止め、彼女の丁寧な話を聞いてみれば全容を理解する事が出来た。

 要するに、僕は不正ファイターと間違われて「間引かれて」しまった訳だ。

 ……そうだとするならば。


「はは、だとすれば。貴女方が謝る必要なんて無いですよ。無論、彼女……偽華さんと言いましたか。彼女が謝る必要もありません」

「それは……一体、どういうことですか?」

「ドMなの?」

「申し訳ありません、水貝くん。ティティムさん、お願いですから黙っていて下さい。後でお菓子買ってあげますから」

「……なんだか、子ども扱いされてる気がする」


 賑やかな人たちだなぁ。

 こんな人たちに囲まれているのなら、きっと偽華という子も悪い子ではないのだろう、と思える。

 ……まぁ、そもそもの話。


「そもそも、僕は怒ってなんていないんですよ。本当です」


 悔しさはある。辛いとも思う。でも、怒りは無い。

 あるとしたら、ナイスではない自分への怒りだけだ。


「ただ、自分の弱さに気付いただけ。彼女が戦いを挑んできた時、それを受け入れたのは僕。そして、負けたのも僕」


 僕が弱かったから負けてしまった。それだけの話なのだ。

 最強を目指す大会……遅かれ早かれ僕は彼女や彼女クラスの強者と戦う事になっていた筈で。結局、そこで僕は負けていただろう。それが少し早まっただけ。「間引き」される育ちの悪い芽……という指摘はぐぅの音もでない正論だ。

 それに。自分の弱さを棚に上げて強者勝者を責めるなんて、全然ナイスじゃない。


「全ては僕が強ければ良かっただけの事。もっともっと強くなって、彼女にもライバルにも、誰にも負けない高みを目指しますよ」


 ライバルに恥ずかしい所を見せてしまった。何よりも、それが悔しい。

 「最強を決める舞台で雌雄を決しよう」なんて言っておいて、僕が早々に予選で敗退したんだ。こんなにナイスじゃない事はそうそう無い。

 ……そう、悔しい。悔しくて悔しくて仕方ないのだ。

 だから。

 僕は強くなる。この悔しさを糧にして。二度と同じ悔しさや惨めさを感じないように。


「……貴方、見所がありますね。もし宜しければ、CPX社のCOファイター養成スクール『カオス・ウェベン』に所属してみませんか? 貴方が更なる高みを望むのであれば、私の方で推薦状を出しておきます」


 すると。鈴木さんから、思いがけない提案が飛び出す。

 CPX社が独自に運営するファイター養成所。膨大なデータを用い、最強のファイターを育成する特殊機関。

 ……その内部事情の一切が秘匿された完全なブラックボックス。入校も、CPX社側からスカウトされなければ不可能なのだと聞く。

 そんな場所に。僕は今、スカウトされている。

 目の前に2度と無いような機会が転がって来た。


「ただし。そこは過酷な場所です。「ウェベン」の名の由来は「自ら立ち上がる者」というエジプト語です。設備やメソッドは他の追随を許さない程に充実していますが、溢れんばかりの向上心が無ければ直ぐに振るい落とされます」


 鈴木さんは真剣な目で告げる。

 聞けば、彼女もそこの出身らしい。彼女の目には真剣さと、僅かな心配の色がある。間違いなく、想像も絶するほどに過酷な場所なのだろう。

 それでも。


「行きます。正真正銘のナイスガイになるために」

「――覚悟は固いようですね。……分かりました。親御さんや学校への説明は私がしておきましょう」


 ――僕は、その道を選んだ。


「悪の秘密結社へようこそ、少年。君の闇落ちを歓迎しよう」

「これは闇落ちなのかい、ティティム君……?」

「CPX社はホワイトです!……多分、きっと、恐らく」


 ……少しだけ不安は残るけれど。

 唯一君。僕は強くなるよ。

 1000勝目の決着は暫くお預け。

 互いがそれぞれの道を歩み、突き抜け、走り抜けた先で。

 今よりもずっとずっと高い所、それこそ日本中……いや、世界中の人が注目するような大舞台で。

 そこで、最高のCOバトルにて雌雄を決しよう。





◆◆◆◆◆◆◆



【用語】

◆「カオス・ウェベン」

 「CPX社」=「CHAOS PHOENIX」

  →「phoenix」

  →意味「不死鳥」

  →源流「ベンヌ(エジプト神話)」

  →語源「ウェベン(立ち上がる者)」


【キャラ】

◆ティティム(ティティム・クルデーレ)

 「俺」が、キャラ設定をロクに考えずに見切り発車したので言動が変。

 基本的にSD状態では子供っぽく振舞っている。が、それは「幼い子供」だと色々とサービスしてもらえたりするから。ゲスい。


◆ニセカ(死世神 偽華)

 ティティムに強い執着を見せ始めている? データ不足。


◆ナイスガイ(水貝すがい 天一郎)

 闇落ち(?)した。親御さんは天下のCPX社直々のスカウトに御満悦。


◆鈴木(鈴木 理海りうみ

 彼氏欲しい。仕事は出来る。


◆田中(田中)

 田中。

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