観測者より

〆(シメ)

独り言

「おや、こんにちは。或いは、こんばんは、かな。このような場所に客人、いや違うな。君は、以前逢った事がある気がする。うむ、きっとそうだ」

「​───────」

「だがおかしいな、私はこと情報という記録に関しては右に出る者はいないと自負していたのだが。ああすまない、記憶の話だ。君は確か……いや、いい。名など我々には瑣末なものだ。そうだろう?」

「​───────」

「さて、ここに来たという事はそれなりの理由があると思うのだが。ふむ。確か前に私が記した物語は、とある少年少女の物語であったと思うのだが、どうだ?」

「​───────」

「うむ、当たりだ。成る程それの続きを所望しているのか。すまない、いまその書物は抜けていてな。何故か? さてな、ここの書物は常に流れ形を変えるものばかりでね。私がとあるひとりを追い全てを記したとして、他の誰かが同じひとりを追っていたとしたら。その者の記した書物と、私の記した書物が同じ内容である可能性は限りなく低いのだよ」

「​───────」

「うん? そうだな。私は人間とは生きる書物であると思うのだ。その者が見て感じた思いを言葉に連ね発し、その者が体験した全てを脳に記す。他方から聞いた音や言葉は、脳の記録にあれば直ぐ様情報を引き出すだろう。さながら口は筆、頭は頁、耳は栞と。どうだろう、いやまあ少し強引ではあるのだが」

「​───────」

「それを踏まえて、だ。例えば物語の過去は雑多な書物にも創られるが、未来はその物語の書物にしか創られない。当たり前の事ではあるが、私や他の誰かから見たその書物は、側面から覗いたものであって、それと同じものにはなり得ないんだ」

「​───────」

「側面からでは見れない頁こそが、その書物の本質だという事だよ。我々がどれだけ読み込もうと、先を読んで記そうとしても。ただ一文一文字が違うだけで、どれだけ真に迫っていても本質は別の物になってしまうのさ。そんなものは紛い物か、単なる別物かといったところか」

「​───────」

「ああ、気を悪くしないでくれ。紛い物が統べ辛く悪い、などとは言わない。本物に見紛うほど精巧に作られている、という意味の〝紛い〟物だ。本質は違えど寄り添い共に在ろうとする気持ちが形を作り、君の生きる世界に〝二次創作〟という物が作り出されたのだし、そこに真贋を当て嵌めるなど無粋にも程があるだろうさ」

「​───────」

「話が逸れたな、私が言いたいことは今、この〝時〟だ。君の求める物はそんなゆめある紛い物ではなく、夢ある本物であっただろう? 少なくとも私はそう記録していたと思うのだが」

「​───────」

「勿論此所には、私の記した所謂〝紛い物〟である未来ならばごまんとある。ありとあらゆる側面を夢想した〝これまで〟と〝これから〟が記された書物が置かれている事が、この万有の書庫の売りだからね。だが、それで君は果たして満足ができるのか?」

「​───────」

「はは、ありがとう。君は器が大きいな。まあつまりご所望の書物がここに無いという事は、だ。今まさにその書物が栞を開き、頁をめくり、筆を走らせその未来を記している最中だということさ。果報は寝て待て、焦る必要は無い。直ぐに私達から見た側面だけでは想像もつかない、素晴らしい未来を見せてくれるだろうさ」

「​───────」

「さて。今ここに君が居るということは、君の時間はたくさん有るのだろう? 少しばかり話し相手になってくれないか」

「​───────」

「ふふ。ああ、すまない。本に向かって話し掛けているだなんて、助手に見つかったらまた変人扱いをされるだろうなと思ったんだ」

「​───────」

「そうだな。君がご執心な少年少女の書物のことだが……なんだ? 君は話を遮るのが好きなようだな」

「​───────」

「ほう、それは面白いな。私からは一冊の書物からつらつらとひとりでに言の葉が記されているように見えるのだが」

「​───────」

「いやあ有り得なくはないさ。君から見える私が文字の集合体だと言い切れるならば、私から見た君も一冊の可笑しな本だと言い切れるだろう?」

「​───────」

「たしか此所に……ああ、在った。君はチキュウという世界から来ているのであったよな? それならばこの〝胡蝶の夢〟という話は知っているだろうか」

「​───────」

「ある日男は胡蝶になった夢を視た。ひらひらと舞う我が身のあまりの気持ちの良さに、男は自分が人であることも忘れてひたすら舞うのだが、目を覚ますと男は間違いなく人であるのだ。感覚に現実味のある夢を視て、果たして自分は本当に人であるのか。人である自分はその実、胡蝶の視ている夢なのではないだろうか。という話だな」

「​───────」

「考えてみてほしい。自分が人ではなく、意志を持った一冊の書物であったとして、その可笑しな書物の視た夢が君であったとして。どう思うかな? ああいや、これは少し意地悪だったな。今の君には頁も栞もあるが、筆は無いのだから答えようがない」

「​───────」

「安心してほしい、君は確かに人だとも。君が君であると思うこと、その本質は唯一無二に揺るがない。私の言う〝生きる書物〟であるところの君は、私にとっては君であるが、本質は〝君自身〟ではない側面であるのさ。その思いは大切に、大切にすることだ」

「​───────」

「とまあ、これは私の持論なのだが。さて、この話には続きがある。胡蝶と男は形の上で大きな違いを持ちながら、どちらも変わりなく自分であった。そう考えた男は故にどちらも本質は同じであると悟り、万物にこれを当て嵌めた。時に流れる物の変化も〝表面上だけである〟としたわけだな」

「​───────」

「私が本質は唯一無二であると言ったのに対し、彼は本質は双方同意義に成り得るとしたのだ。それを踏まえて、もう一度、私との会話を思い出してほしい」

「​───────」

「私の持論はこの話の〝二次創作まがいもの〟だろうか。はたまたそんな突飛な疑問は、私自身からしか生まれない本質ほんものであるのだろうか」

「​───────」

「いや、先にも言った通り真贋は問わないさ。どれも言葉遊びの戯れ言だよ、意味などない。なに、この時が少しでも君の頁に記録されたのなら幸いだ」

「​───────」

「長く話してしまったな。喉がカラカラになってしまった。助手に茶でも用意してもらおうか。ああでも、助手の茶は少し風味が独特でね。君はニルギリは好きだろうか?」

「​───────」

「ううむ、やはり君とは気が合いそうだ」

「​───────」

「ふむ。ああいや。持論を覆すようだが、私が私でない何かであるのも一興だと思ってな。今ここに存在している私が、君から見れば文字の集合体である私が一度眠り、目覚めれば君の世界でひらひらと舞う蝶になれるとしたら。それはそれで、面白いかもしれないとね」

「​───────」

「ただ、そうなればきっと私は胡蝶のままで。二度と私の夢を視ようとはしないのだろうな」

「​───────」

「うむ、丁度夜も更けた。私はそろそろ仕事に戻るとしよう。ああ、君の世界が此所と同じ夜であるなら泊まっていくといい。朝ならば私は仕事で居なくなるが、まあゆっくりしていくといいさ」

「​───────」

「では。夜の君はお休み、よい夢を。朝の君はおはよう」


「さあ、目覚めの時間だ」



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