第698話 男の子かな~? 女の子かな~?
「お前達、まだ付き合って無かったのか?」
意外や意外。エイさんの口から出た言葉はオレとリンカの想像よりも少しズレていた。
「まだ付き合って無かったです」
オレがそう言うと、エイさんは腕を組んで嘆息を吐く。
「ケンゴ。リンカが中学の頃、様子がおかしかった事をお前は知っているか?」
「セナさんに聞きました」
リンカが塞ぎ込んだ中学生時代。オレは当事者にはなれなかったので、どれ程の状態だったのか解らないが、かなり危なかったと聞いている。
「そんなリンカが、お前が帰ってきた途端にいつもの調子に戻った。リンカはお前の事が大好きだったからな。夏の特別号の写真の表情を見て昔みたいな雰囲気だったから、寝たな、アイツら~と思っていたぞ」
「いや……どれだけのプロセスをすっ飛ばすんですか……」
「可愛い女子高生が好き好き言ってくるんだぞ? 普通はそう言うことになるだろ?」
「い、いや! それはエイさんの視点でしょう!? オレはリンカちゃんをそんな眼で見れませんでしたから!」
「リンカ」
「うっ……なに……?」
自分に飛び火しないように少し小さくなっていたリンカへエイさんの視線が飛ぶ。
「誘惑したか? ケンゴの事」
「……………………」
「家族の前だ。嘘は無しな」
「した……」
「ケンゴォ」
「え!? 今度はなに!?」
「お前……大丈夫か? リンカに起つか?」
「至って正常です!!」
ホント……何の話だよコレ……すぐ近くに警察の夫が居るのにセクハラ全開のエイさん。いや……彼女の眼に邪な様はまるで感じない。この人……素だ。素でS○Xしただのどうだの言ってやがりますよ。
すると、エイさんは財布を取り出すと1万円札をテーブルに出す。
「
「ナチュラルに性行を勧めて来るの止めてくださいって!」
からかいの欠片もない真顔のエイさんは、1万円にとん、と人差し指を置く。
「要らんか? この1万円」
「……引っ込めてください」
オレがそう言うとエイさんは諭吉を財布に戻す。まったく……相変わらずとんでもない人だ。
リンカは顔を真っ赤にして何と言って良いか解らない様子だし、ヒカリちゃんとカレンさんは笑いを堪えてるし、ダイキは話を理解して顔を赤くしてココア飲んでるし、哲章さんはやれやれって呆れてるし。
「セナ、お前からも二人に言うことがあるだろ?」
「ん~」
言いたいことを言い終わったエイさんは未だに考え事をしているセナさんへ会話のバトンを渡す。
今回の告白の大本命だ。今日までのセナさんとの関係で悪い印象を与えた事は殆ど無い。
娘はあげません~、とは言わないだろう。……言わないよね?
「私はね~。ずっとケンゴ君が~家族になってくれればって思ってたのよ~」
セナさんはこの場で語るべき本心を語り始めた。
「私達のせいでリンカには多くの事を強制してしまった。だからね、私はリンカに恨まれても仕方ないって思ってたの」
「お母さん……あたしは恨むなんて、そんなことは考えた事もないよ」
「ええ。リンちゃんは良い子だから、きっと呑み込んでくれる。でもねリンちゃん、貴女のお父さんが今この場の席に居ないのは、私が彼の背中を押したからなの」
リンカの父親が頑なに姿を見せない理由は、セナさんと父親さんの間に破れない約束の様なモノがあるようだ。
「……そんな事あたしにはわからないよ」
「リンカとケンゴ君が向き合ってくれるなら、私もきちんと話さないとね~」
初めてだったかもしれない。セナさんがオレを子供じゃなくて対等な大人の様に見てくれているのは。
「私はケンゴ君の事を、あの人の代わりにリンカの心の隙間を埋めてくれるだけの存在だと思ってたわ。でも、それは違った」
「セナさん……」
「貴方はずっとリンカを幸せにしてくれる。だから――」
セナさんはオレ達を見て幸せそうに微笑む。
「リンカをお願いね、ケンゴ君」
「――はい。一緒に幸せになります」
通話中。
そう画面表示されたスマホからイヤホンを伸ばして聞いていた“彼”は、これ以上聞く必要は無いと通話を切って立ち上がった。
「少し、早い気もするがよぉ。そこに居場所を決めたってなら、オレは反対しないよ」
そう言って妻と娘が囲まれている“家族”の有り様を見届けると、“彼”は会計を済ませ『ノータイム』を後にした。
「それでね~リンちゃん~お母さん~お願いがあるんだけど~」
「なに?」
「孫の名前は~お母さんに付けさせて~」
「…………お母さん。なに言ってるの?」
「そうだぞ、セナ! 抜け駆けは止めろ! 投票制にするに決まってるだろ!」
「じゃあ~ヒカリちゃんのお子さんも~投票にする~?」
「あ、私は投票パスするからダイキの子供は私が名前付けるわ」
「……今の私の発言は忘れてくれ!」
「うふふ~」
「もぉ……何でママさんチームってこんなんなんだろ……」
「男の子かな~? 女の子かな~? リンちゃんはどっちが良い~?」
「だから! 気が早いって!」
シングルマザーが二人のママさんチームは必然と女性陣の発言力が強くなるのであった。
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