第697話 ヤる時はヤレ!

 カレンさんが店長を勤めるファミレスの事は前から知っていた。

 エイさんは席に並んで着かされた事を少し理解していない様子だ。

 そして、お母さんは正直何を考えているのか解らない。


 いつも、一日で起こった事を話すのは食卓なのが鮫島家の流れじゃなかったの!? 前から彼との関係が進むように、トントトーン♪ って背中を押してきたのにコレはあまりにも急だ。

 お母さんの意図が読めない……


「カレンちゃん。エイちゃん。聞いて~」


 あたしと彼が口もごんでいると三人のセンターに座るお母さんが語る。


「私たちは~今まで子供達の事で協力してきて~親身になって~手を取り合って来たわよね~?」

「ホント、二人には助けられっぱなしだよ。私は」

「何を今更! 私達はチームである以上に家族だ! 家族を助ける事に何を躊躇う!?」

「家族……そう、家族なの。リンちゃん、ケンゴ君。二人で決めた大切な報告は私だけじゃなくて“家族”みんなで聞きたいの」


 そう語るお母さんの眼はとても優しくて、嬉しそうで、そして全てを理解している様子だった。

 そうか……これはあたしと彼だけの特別な話しじゃない。

 あたし達を見守ってくれていた人達もその場で聞いて欲しいとお母さんは思ったんだ。


 お母さんに連れられて今のアパートにやって来て、彼に出会った事で始まった沢山の縁。母と二人だけだったあたし達にとって……特に強く繋がった人達は――


「セナさん」


 すると彼が真剣な眼で母を見る。そして、


「オレはリンカちゃんの事が好きです。彼女とお付き合いしたいと思っています」

「あたしも、彼の事が好き。だから、お母さん。あたしも彼と付き合いたい」


 彼が前に踏み出したから、あたしもその隣に並んで告げた。






「オレはリンカちゃんの事が好きです。彼女とお付き合いしたいと思っています」


 オレはセナさんに言った。言ってやったぞ! リンカが好きで付き合いたいって! 何だろう……滅茶苦茶恥ずかしい! 何ならリンカに告白した時よりも恥ずかしいぞ! すると、


「あたしも、彼の事が好き。だから、お母さん。あたしも彼と付き合いたい」


 リンカも同じ様にママさんチームを向かって告白した。そのおかげで少しだけ心に余裕を持てた気がする。なんだか、恥ずかしさを分け合った感じ。

 すると、


「やっと?」


 カレンさんが、笑いながら呆れつつもソーダをストローで飲む。


「や、やっとです……ハイ」


 オレがそう言うと、リンカは改めて恥ずかしくなったのか顔を赤くして下を向く。


「まぁ、アンタらならいつかはこうなると思ってたから私としては意外性は無いかな。おめでと」

「あ、ありがと。カレンさん」


 リンカのお礼にカレンさんは、ん、と微笑むとポケットから何かを取り出すと手で隠すようにテーブルに置く。


「リンカ、私の手に重ねて」

「? こう?」


 リンカはカレンさんの手の甲に自分の手を持ってくると、入れ違いでカレンさんは引っ込めた。


「どうせ近い内に必要になるからね。あげる」

「? ……!!? カ、カレンさん! こ、これ!」


 ソレを手の平の感覚で理解したリンカが顔を赤くしてカレンさんに追求する。


「昨日の深夜に店でさ。トイレをラブホ代わりに使おうとしたヤツらを出禁にした時の戦利品。帰ったら捨てるつもりだったけど、丁度良いからあげる。どうせ、ケンゴも持ってないでしょ?」


 あ、そのセリフでナニをリンカが渡されたのか全部解ったぞ。


「カレンさん。オレはリンカちゃんと健全な付き合いをします。ソレは必要ありません!」

「言うね~ケンゴ。さてさて、若々しい乙女の身体を前に何日持つかな?」


 ニヤニヤとカレンさんは笑う。しかし、オレはこれまで数々の性戦を乗り越えてきた。ほんの数年くらい越えて見せるさ!

 越えて見せるぅ……よぉ……


「最低限の備えってヤツだよ。ある意味、性行は依存性も高い行為だからね。その時の感情に任せてその後の人生に苦労する必要は無いってこと」


 その言葉は、カレンさんがその道を通ってきた事を反面教師にするように言っている様だった。


「私からは、ヤる時はヤレ! ただし、日常生活に支障が出る様な無計画はナシって所かな」


 ハイ、次。とカレンさんは会話のバトンを渡すようにそう言うと、隣に座るセナさんかエイさんを見る。


 オレは二人を見るとセナさんに関しては顎に手を当てて何か考えていた。何考えてるんだろう? エイさんは――


「…………」


 腕を胸の下で組んで力強く眼を閉じている。目の前に置かれた烏龍茶はいつの間にか空になって置かれていた。こっちも何考えてるのかわかんねぇ。


 カレンさんはソーダを、ズズズ……とストローで飲みながら、残り二人とオレらの会話の着地点が何処に落ち着くのかを楽しそうに見ている。まぁ、第三者からすれば格好のイベントだもんなぁ。


「ケンゴ、リンカ」


 先に考えをまとめたのはエイさんだった。閉じた眼をゆっくりと開けると強い瞳でオレらを見る。


「お前達、まだ付き合って無かったのか?」


 普段は察しの良いエイさんの口からは少し意外な言葉が出てきた。

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