第604話 野良エンカウント

 過激系YouTuber『フィジカルチャンネル』。

 彼らの主な活動内容は視聴者が目を引くような物事を平然と行うモノだった。


“ヤ○ザの事務所にピンポンダッシュ”

“割り込んでくる原付を煽ってみた”

“ユニコ君に悪戯してみた”


 等と、法に触れるスレスレを投稿する彼らのチャンネルを登録する者は20万人。

 今回のターゲットはとある高校の文化祭だった。

 賭け麻雀で友達からチケットを奪い、文化祭に侵入。面白そうな店に行って、適度に良い絵が撮れたらさっさと逃げるつもりだった。

 初手の『猫耳メイド喫茶』。絵面としてはこれ以上にないネタである。

 しかし、今回ガリアと遭遇したことが、彼らにとって最大と不運となる。






「うっお!?」

「なんだ!? この神父!?」


 『フィジカルチャンネル』の二人は、店内の猫耳メイドをカメラに収める事に集中するあまり、ガリアの存在に気づいていなかった。

 あ、巻き込まれる。と察したヒカリは二人の間からサッと脱した。


「ここは聖域サンクチュアリ。バナーナを取る事しか考えていない猿の来るアニマルパークではありまセーン」

「はぁ!? よくわかんねぇ格好しやがって! 俺のスマホ返せよ!」

「うはっ! 良い絵面だぞー。再生数も稼げる♪」


 青年はガリアの胸ぐらを掴んで引き寄せると奪われたスマホへ手を伸ばす。

 ゴリッ。


「サワルナ、カス

「え?」


 青年はガリアの胸ぐらを掴んだ手に力が入らなくなった様子にそちらを見ると、だらん、と手首の骨を外されていた。


「うっいいい!!?」

「うお!? それ大丈夫か!?」


 外された手首は周囲の者達からは青年とガリアの影になって見えない。ただ、相方が生放送を流しているスマホには、


“手首外されてる!?”

“うわー!?”

“なんだ!? 何が起こった!?”


 等とコメントが荒れていた。


「HEI」


 ガリアはポイ、と撮影に使われたスマホを少し離れたところに居るヒカリに投げて渡す。


「デリート。OK?」

「あ。OKでーす♪」


 ガリアの意図を汲み取ったヒカリは、先ほど撮られた写真の削除を行う。ついでに撮影アプリのアインストールもしておく。


「おい! 撮ってる場合か! 俺のスマホを奪い返せって!」

「おお、そうだな! おい! 勝手に人のスマホを操作するな!」


 手首を押さえる相方からの叱咤を受けて、ガリアの脇から抜ける。しかし、横から生配信スマホもひょい、と奪われた。


「モンキー」

「はぁ!? お前、ふざけんな――」


 スマホを取り替えそうと腕を伸ばした瞬間、ガリアはそれに合わせて青年の肘を掴むと、適切な力を側面から加える。

 コキン、と面白い様に青年の肘関節が外され、折れた枝のように、だらん、と力が入らなくなった。


「いっ!? いぎゃあ!?」


 青年は肘を抑えて踞る。そこで周りの面々はようやく、ガリアが青年二人の骨を外していると認識した。

 しかし、悲鳴を上げるのは骨を外された二人だけである。

 配信のコメント欄は、


“えっ? 何が起こった?”

“神父つよ”

“これ、撮影者は骨外れてる?”


 等と流れるが、ガリアはスマホを片手て操作して生配信を強制的に切った。


「手首! 俺の手首ぃが!」

「きゅ、救急車呼べって!」


 骨を外された二人はその箇所を抑えて動きを停止する。そんな二人へガリアは屈むように見下ろすと各々の頭に手を置く。

 ミシ……と軽く首の骨に力が入り、殺気を感じた二人は痛みも忘れてガリアを見た。


「モンキー。チャンネルデリートOK?」

「え……? チャンネルを……消す?」

「消せって!? ふざけ――」


 ミシリ……と首の負荷が強くなり、ガリアの増した殺意に言葉と背筋が凍った。周囲の目も関係ない。次の返答を誤れば間違いなく殺される。


「デリートOK?」

「お、おーけー……」

「た、助けて……」


 その返答を聞きガリアは二人の手首と肘の骨を嵌め治した。そこへ、


「フォッフォッフォッ」


 自慢の髭をさすりながら校長先生がやって来た。






 え? 校長先生?


 この場の生徒達の疑問は完全に統一された。髭が多く、丸眼鏡をかけた某魔法学校の校長を彷彿とさせる見た目の――大古場おおこば校長は丁度近くを徘徊していたので、騒ぎを聞き付けてやって来たのだ。


「……徳道さん。校長先生に連絡したの?」

「しょ、職員室に連絡したよ! 寺井先生が来るって言ってたけど……」


 と言うことは野良エンカウントか。コスプレしている生徒が多い文化祭において、普段よりも目立ちづらい校長先生は各出店を覗いて回ってはサンタのように売り上げに貢献している様だ。しかしトラブル面では、


 校長先生はフォフォフォしか喋れないし、期待は出来ないなぁ。


 というのが皆の評価だった。しかし、青年の二人は縋る様に大古場校長へ訴える。


「た、助けてください!」

「そ、そうなんだ! このデカイ神父がオレらのスマホを奪って骨まで外したんだ!」


 何も知らない者が聞けば意味不明な言い訳に大古場校長は、フォフォフォ、とガリアを見る。その手には生配信をしていたスマホがある。


「失礼、グランドマスター」

「フォ?」


 ガリアは胸に手を当てて丁寧なお辞儀をしつつ大古場校長に告げる。


「ワタシが告げても真実は見えないデショウ。ならば、此度の審判ジャッチはボーイ&ガール達に委ねタイ」

「フォッフォッフォッ」


 大古場校長は場を一瞥すると、ビシッ! と水間が手を上げた。


「私は! 神父さんに一票入れます! この二人は非常識です!」


 その言葉がきっかけに、俺も! 私も! と場の空気を最悪な方向へ乱した『フィジカルチャンネル』の二人を場の生徒達は糾弾する。


「な……お、前ら!」

「ふざけんな、ガキども!」


 帰れっ! 帰れっ! 帰れコールが場を包み始めた。


「フォッフォッフォッ(若い聖職者よ。これが真実かな?)」

「正しき秩序より生まれる聖心みこころのままニ」

「会話できるんですね……」


 と、ヒカリは色々とアインストールを終えたスマホを校長先生に手渡した。


「神父さんは助けてくれました。ちょっとやり過ぎ感はありましたけど……」


 マイルドなケンゴの救助を見てきたヒカリからすれば、ガリアのやり方はちょっと過激だった。


「フォッフォッフォッフォッ(貴女は文化祭を楽しみなさい。若き聖職者よ、無論貴方も)」

「感謝します、グランドマスター」

「え? なに? なんて?」


 大古場校長の言葉を理解するガリアは再度お辞儀。ヒカリは頭に、??? を浮かべていた。


「騒がしい。少し、声のトーンを落としなさい」


 そこへ寺井先生がやってくる。そして状況を見るなり、


「ふむ。お客様と関係者は全員、写経室へ。全員の話を聞く。校長先生もご同行を宜しいですか?」

「いいよ」


 普通に喋った……

 と、本日一番の驚愕は大古場校長が普通に喋れる事だった。

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