第603話 コリャマイッタネ

「いらっしゃいませー、ご主人様」


“『猫耳メイド喫茶』に神父入店”


 そんなLINEメッセージが裏で流れているのと同時に、聖書(ラノベ)を持つガリアに対応したのはヒカリだった。

 身長差は50センチ以上。大宮司がガッチリとした小山をイメージするなら、ガリアは高い崖である。

 ガリアはヒカリをじっと見下ろす。


「えっと……えくすきゅーずみー?」

「ニホンゴで問題無いデスヨ、レディ」

「ありがとうございまーす」


 どことなく威圧のあるガリアであるが、紳士的な様子と、社交力の高いヒカリの組み合わせは特にトラブルが起こる事なく席へ案内する。

 しかし、背の高いガリアは高校生用の机に身体が収まらず椅子だけに座った。


「コーヒーと緑茶の二つから選ぶのは事になります」

「thank you」


 ガリアは渡されたメニュー表を数秒間吟味するとコーヒーセットを選び、120円をヒカリに手渡す。

 少々お待ちくださいねー、とヒカリはメニュー表を受け取りつつスマイルで給仕室へ。

 待ってる間、ガリアは足を組み、聖書(ラノベ)を開いた。

 端から見れば、神父が聖書を読むと言う、ファンタジーや海外でしか見たことの無い光景は清楚的な雰囲気を感じる。


 そんな視線も露知らずのガリアの心境は、


 ンー、あまり期待していませんデシタガ……中々に従業員のレベルは高イ。特に案内したガールはアキハバラを含めたメイドの中でもトップ3に入るランクデス。ハイスクールのカーニバルだけに現れるにはモッタイナイ。五年にもすれば、我がマイゴットメモリーの一人となったデショウニ。


 聖書(ラノベ)を片手に読みながらそんな事を考えていた。


「お待たせしましたー」


 ヒカリはお盆にコーヒーとチョコレートを乗せてガリアの元へ。


「アリガトウ」

「いえいえ」


 ガリアはコーヒーを啜る。ヒカリはその横でお盆にチョコレートを乗せたまま待機していた。


「テーブルに置いて貰っても構いませんヨ?」

「いえいえ。ご主人様が快適に過ごす一時を与えるのがメイドですので」

「oh……」


 コリャマイッタネ。このメイドガール……己の役を解ってる上で、コチラを不快にさせない対応ヲ……中々のオテマエ。


 可能な限りの対応を見せるヒカリと、それに満足するガリア。

 猫耳メイドと神父と言う二人の格好も相まって、その空間だけファンタジーだった。


 チョコレートも食べ終わると、空になった紙コップと紙皿をヒカリは受け取り、一礼する。


「HEI」

「注文ですか? 追加は一回までですよ?」

「記念にフォトをイイデスカ?」

「申し訳ありません、ご主人様。その要望はプライバシーの観点から駄目と言う事になっておりますので」

「oh……」


 塩タイオウもグレート。中々に手強イ。


 その時、カシャリ、とシャッターを切る音がして皆の注目がそっちに向く。


「あ、ちょっと! お客様! 写真はダメですよ!」

「えー、別に良いじゃん。減るものじゃないしさ」

「そーそー」


 来店した客が店内に入るや否や、案内した水間の後ろ姿を撮影していた。

 服装からして外部からの客のようだ。大学生くらいの年齢の青年二人である。


「お、猫いっぱいいるじゃん♪」

「尻尾とかあったらマジでヤバかったよな」


 もう一人はスマホで動画を回しながら、『猫耳メイド喫茶』とかあったから寄ってみたよ、いえーい、と実況していた。


「徳道さん。先生に連絡して」

「う、うん!」

「ご主人様、失礼しますね」


 ヒカリはガリアに笑顔でそう告げて、迷惑な大学生二人へ歩み寄る。


「申し訳ありません、お二方」

「ん?」

「お、めっちゃ可愛いじゃん、君」


 カシャリ、と許可なくシャッターが切られ、録画が向けられる。それでも、ヒカリはスマイルのまま対応した。


「当店は撮影は禁止となっています。撮ったモノは全て消去して貰えませんか?」

「えー、そんな規定はどこにも書いてないじゃん」

「そーそー、俺らは客よ? 金を払う立場なんだから、ちょっとはサービスしてよ」

「サービスは、メニュー表の物を提供させてもらいます。それ以上の事はご遠慮ください」

「だーかーら、金を払ってんだって」

「こんなショボいメニューに付き合ってやってるんだから、写真とか撮るのは別にいいっしょ?」


 と、二人組は止める気配が無い。ヒカリも笑顔を維持するが、彼女を無視してカシャカシャと撮影の音が続く。


「君さ、見上げる形で撮らせてよ」

「それ、めっちゃ需要ありそうじゃん」


 と、一人がヒカリを見下ろす構図でシャッターを切ろうと立ち上がる。

 まだ先生は来る気配が無い。流石に、ヒカリはスマイルモードを解除しようとした時、


「HEI」


 青年の更に上から伸びた手が彼のスマホを取り上げた。


「猿はどこにでもエンカウントしますネ。畜生はこの聖域サンクチュアリに居る資格はナイ」


 ガリアが持ち前の長身からヒカリをアーチのように、またいで青年達を見下ろしていた。

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