第599話 真相は闇の中さ

「……てな感じです」


 あたしは、本郷先輩に彼に対する思ってる事を打ち明けた。

 無論全てではなく、ある程度のボカしをいれている。

 先輩は黙って聞いていたが、語り終えてからあたしは、何でよく知らない先輩に心内を打ち明けたんだろう……と正気に戻る。


「どうやら、君は情報過多のようだ」

「情報過多……ですか?」


 断片的な情報ばかりだったが、本郷先輩は真剣に捉えてくれたらしい。


「君が好いている異性は歳上だろう? しかも成人しているね?」

「うっ……それはノーコメントで……」


 歳の差は彼が気にしていた事だ。法律うんぬんで。


「ふふ。別に咎めるつもりはない。誰かに恋をする事は究極の自由だからね。神にだって止められないさ」

「は、はぁ……」

「話を聞く限り、君は多くの大人達から言葉を貰い、その上で“彼”と対等になろうとしている。って事だよね?」

「概ね……そんな感じです」

「それは一旦、全部忘れよう」


 ころっと本郷先輩は微笑んでくる。


「全部……忘れるんですか?」

「君と対面した大人達は皆、良い事を言っているけど、結局の所は大人の視点だ。ボクたち子供がその全てを呑み込むのは無理がある」

「……でも、一歩引いてみて解ったんです。彼の回りには魅力的な人が多くて、あたしに何が出来るのか考えたら……もやもやして」

「それはそうだよ。自分で出来る事なんて、自分じゃわからないからね」


 本郷先輩はあたしの言葉をバッサリと切り捨てる様に矛盾めいた言葉を返してくる。


「君が“彼”を好きな理由。側に居たい理由。深い関係になりたい理由。それを難しく考える必要なんてないんだ。さっきも言っただろう? 問題は実にシンプル。君が“彼”の事を好きかどうかだ」

「でも! ある程度は……相手の好みを知っておく事は大事だと思います……」

「そうだね。相手の事を思いやる事は良い恋人関係の前提条件だ。でも、鮫島の場合は大人視点の情報が多すぎて状況を複雑に捉え過ぎてしまっているんだよ」

「だから……一度全部忘れるんですか?」

「うん」


 本郷先輩は少し遠くを見るような目で語る。


「鮫島の言う“彼”は大人な君じゃないと受け入れてくれないタイプ?」

「それは……無いと思います」

「なら、答えは一つだ。会いに行って話せば良い。簡単だろう?」

「でも……何を話せば……」

「そんなのは、会ったときに勝手に口から出てくるよ。君と“彼”との関係はそう言うモノじゃないのかい?」


 本郷先輩の言葉に、彼が帰ってきて初めて弱音を吐いた時に投げかけられた言葉を思い出す。


“気にしなくていいよ。これがオレたちの日常でしょ?”


 心のモヤつきが少し晴れた気がする。本当に簡単な事だった。

 そう思うと無性に彼の声を聞きたくなってきた。電話じゃなくて直接会いたい。


「……本郷先輩、話を聞いてくれてありがとうございました」

「覚えといて、冷めない恋は本物だ。君の想いは相当なモノだが“彼”に抱えさせるんだ。男はちょっとやそっとじゃ壊れない。試したからね。保証する」


 聞き返すとヤバい闇を掘り返しそうなので、あたしは一礼して旧校舎を後に――


「あれ? 良いの? ボクの恋愛模様は聞かなくて」

「今度は占い部に伺います。その時に聞かせてください」


 そう言い残してあたしは旧校舎を後にした。






「純愛は良いモノだね。そう思わないかい? 佐久真」


 旧校舎の警邏を先に済ませた佐久真は連絡橋へ繋がる扉へ向かった所、リンカを見送った本郷と遭遇した。


「話の前後が見えませんよ。本郷先輩」

「目の前に見えるモノだけを追いかけたら駄目だよ。自分と他人は違う生物なんだ。そう考えるとある程度は予測が立つだろう?」

「いや……それは先輩だけですよ」

「褒め言葉として受け取るよ」


 ころっと笑う本郷に佐久真は呆れる様に肩を竦める。


「皆が皆、本郷先輩みたいになったら何か起こっても収拾がつきません」

「なら、その中で突出した“ボク”になればいい。簡単な事だよ」

「全然簡単じゃないんですけど」

「まぁ、風紀の管理は人それぞれだ。佐久真は佐久真のやり方で生徒を護ってくれると良い」

「先輩のやり方が特殊過ぎるんですよ。参考になりません」

「ふふ。今は君が風紀委員長だ。好きなように組織を染めると良い。ボクはが卒業できればそれで良いかな」


 その言葉は初耳だった。そして、本郷の背景を知る佐久真だからこそ、色々なピースが繋がる。


「……やっぱり、先輩が裏で手を回したんですか?」

「さぁて、どうでしょう? 本郷理事長は孫娘に甘いらしいけど、真相は闇の中さ」

「いや……ソレ答えでしょう?」


 好きな人の為に自分に出来る事を可能な限り、やってあげたい。

 本郷にとって、そう思える相手こそが運命の相手だと思っている。


「卒業間近で、とんでもない事を暴露してくれましたね……本当に」

「贔屓されたかったらボクに愛されたまえよ」

「魂が鎖で見えなくなりそうなので何か嫌です」

「ふふ。社会に出るとボクよりも癖の強い人は沢山いるよ? 今の内に馴れておくんだ」

「……良い経験をありがとうございます」


 本郷が風紀委員長の頃から佐久真は彼女に振り回されっぱなしだった。


「佐久間も恋を伝えるのは早い方が良い。ボクみたいになるよ?」

「……なんの事やら」


 と、佐久真は連絡橋への扉を開けると旧校舎を後にした。


「今年の文化祭は今まで以上に楽しめそうだ」

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