第598話 ラブエネミー

「一年の猫耳メイド喫茶でーす。機会があれば、寄ってみてくださーい」


 あたしは看板を持ってクラスの宣伝に回る。学校は二つの棟に分かれており、連絡橋にて繋がる旧校舎へ足を運ぶ。


 生徒会の本部や室内系の部活(卓球部や将棋部、占い部)などが一室割り当てられる旧校舎は帰宅部で一年のあたしにとっては殆んど関わりの無い所だ。

 一日目は『猫耳メイド喫茶』の初動と言う事もあって、こっちまで足を運ぶ機会は無かったが、それなりに人通りも多く、文化祭の雰囲気に染まっている。


「こっからは未知の領域……」


 文化祭の栞を見る限り、展示系が多い。後は将棋部などのボードゲーム関係の出し物だ。占い部なんてのもあるのを初めて知った。


「よし、様子見と声だけかけて――」

「やぁ、可愛いメイドさん。ここから先には行かない方がいい」

「わっ!?」


 廊下に出た所で一人の壁に寄りかかる男子生徒が声をかけてきた。死角からだったのでちょっとびっくり。


「えっと――」


 咄嗟に校章を確認。その色で学年が分かるのだが、彼の姿はオールバックの髪に中世のヨーロッパ人が着てそうな服装をしててわからない。


「当てられるかい? 君にボクの学年が」

「……取りあえず、先輩……ですか?」


 雰囲気的に余裕のある感じから文化祭経験者と推測し、二年生以上だと判断する。


「正解だ。さて、何年生でしょうか?」

「…………」


 ちょっとめんどくさいなぁ。一人で来るべきじゃ、なかったのかもしれない。

 一方的に会話を切る事は可能だが、失礼に当たる事を考えると無下には出来ない。


「えっと……三年生ですか?」

「おお、正解だ。それでは自己紹介。本郷元親ほんごうもとちか、三年生だ。占い部所属。よろしくね」


 出た“占い部”。

 一番興味があると同時に、最も一人で遭遇したくなかった部活でもある。


「えっと……一年の鮫島凛香さめじまりんかです」

「鮫島。よし覚えた。学校じゃこれからの接点はあまり無いと思うけど、見かけたら挨拶くらいはしてね」


 ころっと笑う本郷先輩。

 身長はあたしよりも高い。三年生だからそれは当然として、どこと無く艶のある口調や仕草は……


「本郷先輩。もしかして……女子……ですか?」

「おや? ボクは一度も自分が男子生徒だと口にしたつもりはないよ?」

「! す、すみません!!」


 スラリとしたスレンダーな体格と名前からから勝手に失礼な勘違いしてしまっていた。

 吟遊詩人みたいな見た目で一人称はボクだし。ライヤーとか持ってたら木陰でポロンポロンって弾いてそうなんだもん。


「ふふ。別に気にしてないよ。君に比べてボクは外見的な女性の魅力は無いと思っている」


 本郷先輩はあたしの胸をじっと見る。あたしは看板で少し隠した。


「けどね、同時にそれが長所だとも思ってるんだ」

「そ、そうなんですか?」

「こうして男装するだけで会話のキッカケになるでしょ? 人が関係を深めるには会話が必要不可欠だ。けど、その取っ掛かりを掴む事は一番難しい」

「それは……わかります」


 それには共感出来る。

 あたしも彼と再会した当初は、どの様に切り込んで良いのか解らなかった。


「でも、ボクの見た目はアドバンテージなのさ。名前も含めてね。スカートも嫌いじゃないけど、文化祭では毎年男装して活動してるんだ。皆の反応が面白くてね」


 本郷先輩は先ほどの同じように、ころっと笑う。


「しかも、今日は二日目だ。外からのお客さんも来るし、変な性癖を植え付けようと思う。三年生は最後の文化祭だからね。皆の魂に呪いをかけてやるんだ。もしも、来年探しに来てもボクは卒業してるし足跡は残さない。鮫島、比較対象としてボクと一緒に文化祭を回らないかい?」

「え? いま……仕事中ですし」


 さらっと危険な発言が幾つか出た気がするが、表情も雰囲気も変わらなかったので聞き違いだろう。


「空いた時間を教えてくれれば良いよ。占いは出かけ先でも出来るし。ボクはずっと自由時間みたいなモノだからね」

「あ……いえ……あたしは――」


 唐突に浮かぶのは彼の顔。今頃は『猫耳メイド喫茶』に立ち寄っているだろう。


「ふむ。どうやら君は悩んでいるみたいだね。それも恋の悩みだ。あってる?」


 本郷先輩の見透かした様子にあたしは咄嗟に否定する。


「え? ち、違い――」

「ボクは男と勘違いされたんだけどなー。この心を埋めてくれるのは誰かの悩みしかないなぁー」

「……気にしてないって言いませんでしたっけ?」

「さぁて、覚えてないなぁ」


 逃げ道を塞がれた。本郷先輩は思った以上に意地悪な性格らしい。


「悩み事ある?」

「……あります」

「目の前に都合よく、対して関係も深くない男に勘違いされた、女子生徒の先輩がいるけど吐き出して行く気はない?」

「……強制ですか?」

「うん。凄く傷ついたからね♪」


 本郷先輩の様子から傷ついた様子はまったく無いのだが、逃げられそうにも無いし嘘も見抜かれそうだが話すのはやはり……


「でも……」

「よし、ボクが上乗せしよう。ボクの好きな人の事も語るよ。これで良い?」


 本郷先輩は目的のためなら自分から脱いで行く人なのかなぁ。

 今までの経験からこの手の人間は会話が成り立つ内に何とかしないとこっちまで深淵に引きずり込まれる。

 特に今は援護も期待出来ないし……出会った事が不運と思うしかない。


「……他言無用を約束してください」

「それはもちろん。他人の事をベラベラ話すなら、この舌は切り落とすよ」


 ちょいちょい過激な言葉が普通のトーンで出てくるなぁ。


「笑わないでくださいよ?」


 あたしは、今心につっかえている事を本郷先輩に打ち明けた。

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