第581話 ブタを知りませんか?

 文化祭、一週間前。

 ショウコは野菜の種を買いにホームセンターにビクトリアと行った時、高校教員の寺井と遭遇した。


「流雲家の者ではないですか?」


 そう話しかけられて警戒するものの、ビクトリアから連絡を受けたサマーが裏を取り、信頼できる筋の者である事を確認してもらい、話を聞くことに。


「近々、私の勤める高校で『文化祭』がありまして。流雲さんの都合がよろしければ、名高い“厄祓い”を披露してもらえませんか?」


 名刺を貰い。ギャラも提示された。


「私の一存では決められない。当家と話してからで良いか?」

「構いませんよ」

「後、ギャラに関しては考えなくていい」


 そして、母に連絡。二日程して返答が返ってきた。


『ストーカーの件もまだ終っておらず、本家ではまだお前に動くな、と言う声も上がっている。しかし、舞台は高校の文化祭だ。外からの客も無い。護衛もつく様だし、問題ないと当主から許可が出た』


 ショウコは立場上、母――舞子の弟子である。彼女と流雲本家の許可が無ければおおやけに“厄祓い”を行う事は許可されていない。


「許可を頂き、ありがとうございます。師匠」

『気にするな。ただし、条件が一つあってな』

「何でしょう?」

『お前が前に本家へ進言した『流雲武伝』の後準あとなぞらえの話だ。あれが仮演目として認められた』

「本当ですか?」


 ダメ元での提案だったのだが、ショウコにとっては素直に嬉しかった。


『女郎花教理の一件は決して忘れてはならない。そして、本家を通さずに私たちだけで解決した事案と言う事もあり『流雲武伝』の後記に残すには足り得ると本家も判断した。故に最終的な決定を出す為に、次の演目で再現し、その記録を録画提出せよと言うものだ』

「わかりました。同行する者に頼みます」

『まぁ、あまり気に背負うな。客は皆が学徒で流雲を知らない事もある。新鮮な反応を見たいのだろう。鍛練は怠っておらぬか?』

「はい。こちらの仕事で忙しくとも、己が流雲である事は一日たりとも忘れていません」

『久しい演目だ。己の中にある流雲を力の限り舞なさい』

「はい」


 ショウコは後一言だけ告げて電話を切ろうとすると、


『ショウコ』

「ん?」

『お前に気を使わせてすまないな。女郎花教理の件は私と翔で解決せねばならなかった』


 師ではなく、母としての言葉にショウコも返す。


「母上が責任を感じる必要はない。結果論ではあるが……私は今回の件で多くの人達と出会えた。生涯を通して繋がる貴重な縁を得られたんだ」

『……そうか』

「母上。年末は父上と話して流雲家に行こうと思ってる」

『ああ、当主もお前と翔に会いたがっているよ』


 その言葉にショウコは電話越しに笑うと通話を切った。






 ざわざわと体育館は満員御礼だった。


「うわ……人凄すぎ」


 ヒカリは、入り口の外からも中を覗こうとする人集りに、げんなりする。

 集まる生徒を見ると女子生徒の割合が多い。スペシャルゲストがハリウッドスターと言う話は既に校内に知れ渡っている様で、皆興味津々だ。


「それにしても、人多すぎない?」


 ハリウッドスターが来たからと言って、ここまで人が集まる者だろうか?


「それはね、メイドさん。『フォルテ』も来ているからだよ」

「遠山会長」


 ジョジ○立ちを決める生徒会長の遠山は、特徴的な肥った体型で無ければモブと変わらない外見をしている。


「『フォルテ』って、あのバンドのフォルテですか?」

「その『フォルテ』だよ、『太陽』よ」


 太陽? とヒカリは首をかしげるが、『フォルテ』の名前はティーンエイジャーの間では話題中の話題だ。


「ハリウッドスターに飛ぶ鳥を落とす勢いの『フォルテ』。このコンボは全校生徒の注目を集めるには十分。しかし、俺は巨乳美女の演舞の方に興味が――おっと失礼」


 遠山はそこで説明を中断するとススス……と手心な人混みに紛れて背景と化す。


「すみません、ちょっと良いですか?」

「あ、辻丘先輩」


 副会長の辻丘がやってくる。


「ブタを知りませんか? これから他の出店の様子を見に行く予定なのですが、忽然と消えまして」

「え?」


 リンカとヒカリは、背景となっている遠山へ視線を送る。辻丘もそちらに視線を送ると、


「見つけたぞ、ブタァ」


 ハリセンを、パン、と手の平で温める。


「ちょっ! 辻丘! 話し合おう!」

「そのラインはとっくに越えてますので」

「しかし! ちょっとまて! 良い言い訳が思い浮かばない!」


 手を翳して、フリーズ! と牽制する遠山とハリセンを持って剣豪武蔵の様にゆらりと脱力する辻丘。


「外から窓に登ろうとするな! おい! そこ! 喧嘩をするなら体育館から出ていけ!」


 体育館では佐久真の声が響いているが、中々に制御が効かない様だ。中も大混乱。考えられるトラブルがこの時間、体育館に集約している。


「どうする、リン。危険そうだから止めとく?」

「うーん……」

「困り事か?」


 その声に場の空気が一瞬で凍った。

 荒々しい雰囲気を停止させたのは、校内でも絶賛No.1危険人物と名高い、大宮司亮だった。

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