第582話 そのブタを引き渡してください
「大宮司君!」
大宮司の姿を見た遠山はその影に、サッ、とエスケープ。辻丘は大宮司の出現で一瞬だけ見せた隙に逃げられた様子に、くっ! と憤慨する。
「大宮司先輩……そのブタを引き渡してください」
「いいや! 引き渡さなくていいよぉ! 大宮司君! 俺はね! 文化祭の思い出を作りたいのぉ!」
「その前に仕事しろ……」
「辻丘」
大宮司は両方の様子を見て結論を出す。
「俺達三年生は残された時間が少ない。職務を全うする辻丘の心意気には頭が上がらないが、今この瞬間だけは見逃してやれないか?」
「見逃してぇ!」
「…………」
少し考えた辻丘は、剣豪武蔵モードを解除すると、はぁ、と一息吐く。
「今だけですよ」
「うぉぉ! 解ってたぜぇ! 辻丘ぁ! お前が究極のツンデレってことをなぁ!」
「……大宮司先輩。そのブタを救って正解でした?」
まぁまぁ、と二人の間に割って入る大宮司。
「それでも、中に入れるかどうかは別問題ですけどね」
ヒカリが目の前の状況を改めて口にする。うーん、と考えているリンカの様子を大宮司は気にかける。
「鮫島もイベントを見に来たのか?」
「“厄祓いの儀”に興味がありまして」
「そうか」
「よぉし! ここは会長権限で――」
「あ、仕事しますか?」パンッ(ハリセンを手の平に乗せる音)
「いえ……自力で何とかします」
「なんか、満員電車みたいで嫌ね。色々触られそう」
「そうだね」
「……」
リンカのその言葉に大宮司は少し本気で道を掻き分けようと前に出た。
すると、そのオーラを察知した生徒達は避ける様に、ザッ! と道を開ける。
「行けそうだな」
「流石、大宮司君!」
「蜘蛛の子を散らすと言う言葉がこれ程当てはまる場面はありませんね……」
「開始までには間に合いそうね、リン」
「大宮司先輩の心境を考えるとちょっと複雑かなぁ」
「気にするな鮫島。有益に使えるのなら使わせてもらうまでだ」
人避けを上手く使う大宮司のおかげで、なんやかんやで、壁際の立ち見席を取れた。
「ショウコー、人ヤバイよ。満員御礼。混乱も起きてるし」
『問題ない。人の視線には慣れている。その程度で動きは鈍らない』
ビクトリアは体育館の上部壁沿いにある連絡通路を歩いていた。ここは生徒の立ち入りは禁止のエリアであり、ある種の特等席だろう。
『壇上全体が見える位置にカメラを合わせてくれ』
「ここら辺かな? スマホに映像を送ったから確認ヨロ」
最新のビデオカメラはアプリと同調すれば録画の様子をリアルタイムで確認できる。
『ああ、その角度でいい。雑多ばかり頼んですまないな』
「別に良いって。でも、コレ遠すぎない? これじゃショウコの顔は見えないよ?」
『どうせ仮面を着ける。それに『流雲武伝』は“個”を見せるのではなく“場”を見せるのだ』
「音楽を流すのもリモートで出来るのは良い時代だけどさ。初めてやる演舞もあるんでしょ? 大丈夫?」
ショウコは、本日に合わせて数日前から日課の演舞時間を増やしていた。ビクトリアは毎日見ていたがショウコの動きに特別なモノが追加された様子はなかったと記憶している。
『イメージは出来ている。後は自然と身体が動いてくれる』
「そんなもん?」
『そうだな、ビクトリアに分かりやすく言うと、“ショーゴ”みたいなものだ』
ショーゴは、ビクトリアのやっているカポエラの組手の事である。
「相手居ないじゃん」
『現れる。少なくとも演目が始まれば私は“流雲”になる』
大宮司により凍りついた場も、開始が迫るにつれて騒がしさが戻り始める。
大宮司のおかげで、体育館に入れた四人は壁際に陣取り程よく壇上が見える位置に居た。
「ありがたや~この位置ならば全てを観測出来る!」
「最初は“厄祓いの儀”かぁ。胡散臭さそう」
「おおう? 辻丘よ、文化祭のしおりに滅茶苦茶書き込んでるじゃん!」
「もっと効率良く時間を作る予定だったんですよ。どっかの生徒会長が度々失踪しなれば」
「それは違うぞ、辻丘! 時間とは作るモノではなく割り込むモノだ! 大宮司君も言っていただろう? 限りある学徒生活……堪能せねば!」
「……私は先輩と一緒なら何でも良いですが(小声)」
「え? 何? 聞こえない?」
「何も言ってません」
開始までの僅かな間、遠山と辻丘、大宮司とリンカとヒカリに別れて小話をしていた。
「大宮司先輩は、やっぱりバンドの『フォルテ』目的ですか?」
「いや、“厄祓いの儀”を見に来た。今年は色々あったからな。来年までコレを持ち越すのは避けたい。実際に効果があるのかは解らないが……願掛けでも良いから何か要素が欲しくてな」
「大宮司先輩」
と、リンカは大宮司に身体を向けると改めて一礼する。
「あたしを助けてくれて本当にありがとうございました」
「いや……俺も鮫島を利用して危険な目に合わせた」
大宮司も、仮屋に会う事をリンカに頼んでしまった。弟を護るためとは言え……本来なら一生許されない行為だ。
「そうですよー、大宮司先輩は滅茶苦茶強いんですから! リンを巻き込まなくても何とか出来たでしょー?」
と、ヒカリはリンカに抱き着く。
その様子に大宮司は申し訳無さそうに後頭部に手を当てた。
「そ、そうだな……」
「ちょっと、ヒカリ。先輩、あたしは気にしてませんから。何か協力が必要であればいつでも連絡してください」
「いや、今後はそう言う意味合いの助け合いは無しにしよう」
「え?」
「互いに落ち度を感じているなら、それで相殺にして、今後は困った先輩後輩の間柄で助け合えると嬉しいんだが」
少し恥ずかしそうにそう言う大宮司にリンカは微笑む。
「わかりました」
「なるほど……リンはそう言う関係で落ち着くのね!」
「ヒカリ……一言多い」
「あう」
つん、と親友の額を人差し指で小突くと、体育館の電気が消え、壇上だけがライトアップされた。
すると、教頭先生がマイクを持って現れる。
『これより『文化祭』昼の部を始めます。プログラムの最初は“厄祓いの儀”。演者は流雲昌子さんです!』
と、舞台袖に教頭が引っ込む。
始まる。ソレを察した生徒達は一斉に沈黙し、音楽が流れ始めた。
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