第580話 マジです
「まさか……出禁を食らうなんてね……」
「まぁ、あたし達も野球部側の条件を許容してゲームしたんだから仕方ないよ」
リンカとヒカリはバスケ部の出店であるフリーシュートで遊んでいた。これもまた、ゴールに入れた本数で景品が手に入る体育系の催し物である。
バスケ部は普段は体育館を使っているのだが、文化祭では体育館は催し物で使われる事になっているので、今はグラウンドの隅に簡易なゴールポストを設置している。
ちなみに野球部と違って裏景品などはない。
「よっ、あっ!」
ゴンッ、とリンカの投げたボールはゴールポストに弾かれた。
「ふむ。リンが狙った所に投げられるのは手の平サイズのボールだけのようね」
「勝手が違うって」
経験者でないリンカはハンデとして、五球中、一本でも入れば景品が貰えるのだが、入ったのはゼロだった。
「はい、残念賞の鬼のお面ね」
「うぬぬ……」
残念賞で鬼のお面を渡されるリンカ。
体育でもバスケはやるが、今まで一回もゴールを決めた事はない。ドリブルなんかはそこそこ出来るのだが、シュートだけは未だにゼロだった。
野球部にて貰ったタダ券はまだ沢山あるし、待ってる人も居ないから続けて挑戦して――
「リン、そろそろ時間」
ヒカリがグラウンドの時計へ視線を向けて告げると時間は12時まで10分を切っていた。ショウコの『厄祓いの儀』を見に行く約束を思い出す。
「うーん……悔しいなぁ」
「二日目にも取っときなよ。ケン兄も来るんでしょ?」
そうだった。熱が入り過ぎてすっかり忘れていた。
「やれやれ、鮫島達は運が良いな」
体育館に向かおうとした時、出店番をしているクラスメイトのバスケ部の部員が声を漏らす。
「なんで?」
「なんか、今年はスペシャルゲストが来てるんだと」
「それって、流雲昌子さんの事?」
「え? 誰だ?」
ショウコは端から見れば美人だが、それが知名度として広がる程に有名ではない。
姿を見れば、谷高スタジオのモデルか、とわかる程度だ。
「あー、こっちの話。で、誰なの?」
スペシャルゲスト、と唱われるくらい言われるのなら全国で有名な芸人さんか芸能人でも来るのだろうか?
「佐々木光之助と『フォルテ』だ」
「え? 嘘!?」
「げっ……」
『フォルテ』は現在も有名なバンドメンバーである。ヒカリも何枚かCDを持っていた。そして、佐々木光之助は世界で話題沸騰中のハリウッドスターだ。
なんか、色々と賞を受賞してレッドカーペットに平然と立っているレベルの業界人である。
「『フォルテ』はわかるけど……佐々木光之助が、こんなモブみたいな高校に来るわけないでしょ」
「俺も嘘だと思ったけどな。姿を見たヤツが何人か居たんだ。それに佐々木光之助は今年の夏に近くの夏祭りに飛び入り出現したこともあってな。信憑性は高いぜ。体育館は満員御礼になるから、行くなら覚悟しておいた方が良い」
「…………」
程ほどな情報にお礼を言うと、リンカとヒカリは体育館へ向かう。
「ねー、リン。本当に佐々木光之助って来てると思う?」
「うーん……あたしとしては来て欲しくない方に一票だけど……」
「? なんか歯切れが悪いわね」
「さっき、夏に来たって言ってたじゃん?」
「うん。ちょっとニュースになったから覚えてるわよ。なんかお面を着けた人達と大立ち回りを…………え? まさか……」
ヒカリはリンカの伝えたい事を察した。
「そのお面の一人がお隣さん」
「嘘……」
「現場にあたしも居た」
「嘘ぉ!?」
リンカは不意に言い寄られた時の事をヒカリに簡単に話した。
「って事でね。まぁ、あたしもお面つけてて顔は見られて無いし大丈夫だと思うけど……」
「どうする? 行くの止めとく?」
「……いや、行くよ。ショウコさんのだけ見たら出れば良いし」
今から深刻に考えても仕方ない。
それにあの時は浴衣で、今はメイド服だ。流石に同一人物とは思わないだろう。それに忘れてる可能性も十分にあるし……うん。何も問題ない。
「大宮司君。休憩をあげるわ」
「唐突に何だ?」
そこそこに人が入り始めた『制服喫茶』にて、鬼灯が大宮司に告げる。
「今は少し余裕があるから体育館で『厄祓いの儀』を見に行くと良いわ」
「……まぁ、俺が無茶苦茶だってのはわかるが……別に悪魔にそそのかされたワケじゃないぞ?」
「大宮司。お前は少し、柔軟に考えた方が良い」
と、客として着てた寺井先生が緑茶を飲みながら告げる。
「今しか出来ない体験は、少し無理してでも積んでおくべきだ。同じことの繰り返しでは、視野が狭くなる一方だぞ?」
「……寺井先生」
「『厄祓いの儀』をやる人と先生は知り合いでね。私のコネで来て貰った。受験生達が抱える不安な波を少しでも祓いたくてね。まぁ、願掛けみたいなモノだ。しかし、お前なら強く共感出来るだろう」
「しかし……俺が行くと他の生徒も楽しめないと思います」
場に居るだけで雰囲気を変えてしまう事を自覚している大宮司は、文化祭の間は極力『制服喫茶』からは出ない様にするつもりだった。
「そう言う後ろ向きだから、他も誤解してしまうし、大宮司が“良いヤツ”だと理解出来ないんだ。卒業まで時間もない。文化祭のくらい、積極的に動き回りなさい」
「……わかりました。鬼灯、30分だけ離れる」
「ええ」
寺井の言葉に背中を押されて大宮司は鬼灯に一言断りを入れると『制服喫茶』を後にした。
「ふむ……鬼灯よ」
「何ですか?」
「お前は毎日楽しいか?」
来て、本を読んで、テストで100点を取って帰る。
寺井は鬼灯が友達とどこかへ行ったとか言う話を全く聞いたことがない。毎日プログラムされた様なローテーションを淡々と繰り返す鬼灯に寺井は問う。
「楽しいです。最近、彼氏も出来ましたし」
「……マジか?」
「マジです」
相変わらずトーンの変わらない口調に寺井は、機械でも心があるなら恋は出来る……か、と緑茶を啜った。
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