36章 普通な彼女2

第526話 修学バケモノ

「ただいまー」


 いつもの通りに100点のテストを持って私は家に帰る。しかし、いつもなら出迎えてくれる母の存在は無かった。


「? お母さん?」


 靴を脱いで部屋に上がると父の作業場に、お父さーん、と顔を出す。しかし、そこにも誰も居なかった。すると、


「ミライ、今帰ったの?」


 聞こえた姉の声に私は鞄を背負ったまま、玄関へ向かう。


「ただいま、姉さん。お父さんとお母さんは? テスト見せなきゃ」


 そう言う私に姉は、落ち着いて聞いて、前置きをしてから静かに説明を始めた。






 俺の名前は七海智人ななみのりと

 家族構成は父、母、姉の四人家族。

 自慢じゃないが、自分でもイケメンだと思ってるし、性格も社交的だと思っている。周囲のウケが良いから、その点は保証済みだ。


 生まれつき物覚えも良くてさ。何となく授業を聞いてたらテストなんて簡単に点を取れる。

 そんな俺が生涯において、心から敗北したと感じた相手は家族を除き、二人。


 一人は大宮司亮。

 同い年で、中学の終わり頃から通い始めた大宮司道場の門下生で経営者の孫だ。

 高校受験が終わって、適当な暇潰しのつもりで姉貴の後についていく様に道場へ足を運んだ。

 案の定、一つ二つコツを掴んだら俺の相手を出来るヤツは姉貴と師範くらいだった。

 暇潰しにもならなかったと、欠伸をしていたら、アイツが目の前に現れた。

 それがリョウだ。身長は同じくらいだが体格の差から、並ぶと俺は小柄に見えただろう。

 真剣に汗を流す様を無駄な事をしてるなぁ、と思っているとリョウと組手をする事になった。

 結果はボコボコに負けた。

 殴られたワケではない。怪我をさせない様に終始、手加減された事に俺のプライドはボコボコにされたのだ。地に伏す俺を見て姉貴は、


「浅すぎるお前の生き方じゃリョウに勝てねぇよ」


 と言われ、生まれて初めて火がついた気がした。

 その後、何やかんやあって、リョウとは名前で呼び会う程の親友になるのだが、ヤクザとかも話に絡んで来るので割愛。


 そんでもって二人目なんだが、リョウが俺の人生に火を着けたヤツだとすれば、彼女は俺の人生を決定づけた人物だったと言っても良い。

 俺は優れた容姿と社交性から、隣に置く女子には困らなかったんだが……なんか噛み合いの取れる女子は居なかったんだよなぁ。

 何て言うか……付き合うまでは良い。でも、しばらく居るとつまらなくなるって感じ。居ても居なくても変わんないなぁ、と思う様になる事が三度。

 しかし、別れを切り出すのもしこりが残る感じになりそうなので、上手い具合に良さそうな他の相手に惚れさせて、そろそろかな、って思ったら別れを切り出した。

 セルフNTRってヤツ。いや……どっちかと言うと俺はキューピットか? まぁどうでもいいや。

 それを三回程繰り返してると、男陣からもウケが良かったらしい。チャラいのに、真の愛には身を引く良いヤツ、的な感じ。

 ちなみに別れた元カノ達とは今も良好な関係が続いてる。その新しい彼氏ともね。

 四人目のミサキは何か勝手に離れて行った。向こうからグイグイアプローチしてきて付き合ったのに勝手なモンだよ。個人的には手間が省けて良かったけど。そして、五人目になるのが――


「七海君。待ったかしら?」

「大しては。そんで、何で塾生で一人だけ残されたんだ?」


 勉強に関しては俺以上のスペックを持つ女子――鬼灯未来ほおずきみらいは塾で知り合った他校生徒だった。


「もう教える事は無いから、違う塾へ行った方が良いって言われたわ」


 機械の様に、表情や声色を変えずに淡々と喋るのが鬼灯の標準デフォルトである。

 ちなみに俺と鬼灯の通う塾はかなりレベルが高い。それこそ、全国模試でトップ30をゴロゴロ排出している所でもある。


「……それって月謝とかどうなるんだ?」

「今月の分は全部返すそうよ。これって得をしたと言う事で良いのかしら?」

「……塾側からしたら、色々とプライドを抉られただろうよ」


 授業でも講師は露骨に鬼灯を避けてるからなぁ。下手に当てれば正論が3倍になって返ってくる。シャ○かよ。

 そんな鬼灯と戦った塾講師たちは全員が敗北。ミニテストでは鬼灯のヤツだけ露骨に大学院で出る問題なんかを渡されていたが、スラスラと100点を取ってたし、もう何しても止められないと判断したんだろうな。

 ちなみに塾でも学校でも習ってない問題が何で解けたのか聞いた所、


“他に学ぶ事が無かったから自主的に目を通してたの。出てきてびっくりしたわ”


 と、マシンフェイスで淡々とそう言う。この塾はとんだバケモノを腹の中に飼ってたモンだぜ。


「七海君はまだ通うの?」

「俺も今週で辞めるよ。親父との約束の期限も終わりだし」


 鬼灯ほどでは無いが、俺もこの塾では学ぶことはないと感じていた。無駄に時間を使うのもアレだし、親父に最後のノートを提出して辞める旨を伝えよう。


「そう。今日も行く?」

「て言うか、行きたいんだろ?」

「ええ。行きたいわ」


 塾が終わったらユニコ君の商店街にあるゲーセンに通うのが俺らの日課になっていた。






 これは、姉貴がまだ社員旅行に行ってた頃、鬼灯未来と何やかんやで付き合う様になるまでのちょっとした話だ。

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