第525話 お帰りなさい(★)

 目を覚ますと僕はあの夜の船に居た。

 起きたのは誰もいない船室。ベッドから降りるとそのまま船内を歩く。

 船は止まっているのか、波の揺れは感じない。見慣れた通路を抜けて船内からロビーへ、ロビーから甲板に出る。

 時間帯は夜だった。真ん丸の月が僕を照らし、横の柵から海を見るけどルカは居なかった。


「そうだよね。だってさ、これは夢だからさ」


 改めて甲板の先頭に目を向ける。そこには海を眺める様に父が背を向けていた。オレは躊躇い無く足を進め、そのまま隣へ並ぶように同じ方向を見る。


「何か、久しぶりだね。夢の中で夢って自覚するのは覚醒夢って言うらしいよ。知ってた?」


 オレは父さんにそのまま語りかける。


「やっと、父さんのUSBのパスワードが解けたよ。母さんの歌がヒントなんて、誰が解るのさ」

「……」

「もうオレも26だよ。父さんの方が背は高いけど、母さんの血も半分ある証明って事で」

「……」

「色々考えて里を出たんだ。それでさ、知らない事を沢山知ったよ。そこから更に海外にも行きました。六年間、沢山の人に出会って、オレの事を家族って言ってくれる程の繋がりが出来た人達も居るんだ」

「……」

「父さんも昔、里を離れたんでしょ? 何となくその理由が解ったよ。色んなモノに触れて、会話を交わして、一緒に過ごしたからソレに気づくことが出来たんだと思う」

「……」

「今はアパートで一人暮らしをしてるんだけどさ。隣の部屋の家族と親しい中になってね。そこには娘さんが居るんだけど……絶賛、反抗期中。でも、根はとっても優しくて良い子なんだよ」

「……」

「その子のおかげで、オレは現実に戻れた。ここに来るのも最後だと思う。だから――」

「ケンゴ……すまなかった」


 父は顔を会わせずにそう告げる。


「父さんの身勝手で……お前に大きな十字架を背負わせてしまった……」

「そんな事は無いよ」


 オレも父さんと同じ方向を見る。


「父さんが助けてくれなかったら……こんなにオレと繋がってくれる人達が居るなんて気がつけなかったから。本当に感謝してるんだ」

「……ケンゴ。父さんと一緒に母さんの所へ行くかい?」

「……」


 オレはポケットからリンカに渡されたチケットを取り出す。きっと、少し前なら一緒に行く選択肢も悪くないと思っただろう。


「こんなオレでも好いてくれる人がいるから……だから、オレは父さんと母さんに会うのはもう少し後にするよ」


 船が消えていく。父の姿も靄のようにゆっくりと空間へ溶け、その際に父はこちらを向いた。

 その顔は安心したように微笑んでいた。オレはそれが父の顔であると改めて思い出す。


「リンカちゃんの事……父さんにも会わせたかったよ……」


 次は彼女との思い出を沢山持って、会いに行くよ――






「お――おい――起きろ――」

「んな?」


 オレは駅の待合室でリンカに揺さぶられて目を覚ました。既に冷える時期になっている事からも、待合室には石油ストーブが置かれている。

 石油ストーブやばいな。古くからある日本の暖房器具の暖かさは、僅かな疲れを燃料にオレをあっという間に夢の世界へ引き込んだらしい。


「ああ……ごめん、寝ちゃってたみたいだ」

「見たらわかる。電車来るぞ」


 と、リンカが言うとJRが近づく音にオレはバッグを持ち、彼女と共に待合室を出る。

 止まったJRはプシューと扉を開き、オレとリンカを招き入れてくれた。案の定、中はガラガラである。


「ケン坊」

「エキじぃ」


 この駅で50年近く車掌を勤めるエキじぃが扉の閉まる僅かな間に声をかけてきた。


「人生は電車と同じじゃ。人はレールの上に乗り、まっすぐ進む事を義務づけられる。しかし、路線には上りと下りがあるように人生にも戻るために前に進む事も大事じゃ。その際に一緒に車輌に乗る相手が多ければ多いほど――」


 と、言葉の途中でプシュー、と扉は閉まり、JRは発進した。


「……」

「まぁ、運行時間ダイヤは大事だもんね」


 さらばエキじぃ。年末に死ぬほど話してやっからのぅ。


「ホント、ガラガラだな」


 リンカはそう言ってオレの隣に座る。一緒に電車に乗ったときの彼女の標準位置だ。


「……あんまり、気にすんなよ」

「何の事?」

「細菌兵器とかそう言うの。あたしは、何度もキスしたけど……なんとも無いから」

「――リンカちゃんは本当に優しいなぁ」

「うっさい」


 そう言いつつリンカは顔を背ける。これは照れ隠しだな。ふぉっふぉっふぉっ。昔みたいに読み取れる様になってきましたよ!


「でもさ、この事を説明しなきゃいけない人達が居るんだよね」


 オレは里から持ち出した、父さんのUSBを取り出す。

 ダイヤとショウコさん。キスをしたこの二人には全てを話さなければならない。


「……あんまり、無理すんなよ」

「ありがとう」


 オレの考えを尊重してくれるリンカに微笑む。相変わらすツンツンしてるけど、口の悪さはいつもより控え目な気がする。


「……サマーちゃんなら、何かわかるかも」


 オレはUSBを見ながら頼るべき相手を明確にしていた。

 『ハロウィンズ』はオレの中の『フェニックス』を調べるにあたって、これ以上にない人選だと思っている。






「お帰りなさいませ、お嬢様」

「出迎え、ありがとうございます、リタさん」


 アヤは空港から父の経営する農場へ直接足を運んだ。

 父は執務の合間に経営する会社や農場へ足を運び、働く人の様子や職場の状況を見て回るのだ。


「御父様は?」

「小屋にいらっしゃいます。お荷物はこちらで」

「ありがとうございます」


 荷物をリタにお願いし、アヤは麦畑を懐かしむように歩きながら小屋へ向かう。

 離れていたのはほんの4日程だったけど、話したい事は沢山あった。そして、小屋が見えてくると、そのテラスに立つ父の姿を確認する。


「あ! 御父様――」


 手を上げて声を出したアヤは、ぴたりと動きを止めた。そして、思わず駆け出す。


「――――」


 彼女の視線は父の傍らの車椅子に座る一人の女性だけを写していた。


「御母様!」


 アヤは車椅子に座る女性――白鷺奏恵へ、すがり付く様にその膝に身を寄せた。


「御母様……御母様……」


 目を覚ました母に安堵と嬉しさの混じった感情でアヤは涙を流す。


「お帰りなさい。私の大切なアヤ」


 奏恵も、世界一愛おしい娘へ優しく手を添えた。






「♪~♪~、あら」


 セナは鼻歌を歌いながら夕飯の準備をしていた所で、アパートの階段を上がる音に手を止めた。

 足音は二人分。そして、


「ただいま」

「ただいまです」


 娘が扉を開き、その後ろには彼の姿もあった。セナは二人に微笑みながら告げる。


「お帰りなさい。リンちゃん、ケンゴ君」


https://kakuyomu.jp/users/furukawa/news/16817330665084133018

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