31章 彼の故郷

第440話 隙あり

 時はリンカとカレンが『神ノ木の里』を訪れる約二日前まで遡る――――






 ジジィは滅多な事じゃ怒らない・・・・

 いつもしかめっ面で怒ってる印象を受けるが、オレやばっ様にはわかるんだ。

 じっ様が怒る時は、家族に対して害が及んだ時だけ。故にその怒りはこちらには向いていない。だから、ジジィの怒りは全然怖く無いね!


「そんなにオレに会いたかった?」


 オレは管理室と言う、セキュリティの欠片も無い部屋から聞こえてくる怒声に、躊躇無く踏み込んだ。

 中には現日本のトップである王城総理と土山さんにジジィ。

 こんな半分物置のような部屋で対面する面子じゃない。表と裏で国を担う者同士の会談は本来なら必要が無い事だった。


「テメェ……何しに帰って来やがった?」

「何って……そりゃ、じぃ様が怪我して倒れたって聞いたから、こりゃ弱ってる所にツンツンするチャンスだぜ! って思ってさ」

「……はぁ? 何言ってやがる……」


 オレとじっ様の様子を覗く、ばっ様以外が言葉を失う程の気迫に硬直する。あぅん。コワイコワイなぁ。


「はいはい。取りあえず、もう今日は休みなさいな。いつも銃をカチャカチャして夜更かしばかりしてるんでしょ? たまには早寝も健康に良いよ」

「……外に出て、ちったぁマシになったかと思ったら……相変わらず……ふざけた減らず口ばかり叩きやがって!!!」

「もー、大きな声を出さない出さない。ほら、アヤさんもビクってなったから」


 と、視野の広さが少しだけ戻ったジジィは背後から様子を覗く、大和撫子のアヤさんの姿を見て一瞬、意識がそちらへ向く。


「隙あり」

「! テメ――」


 そして平和的ピースフル『脈打ち』で意識を失ってもらった。

 ここまでしてようやく隙を見せやがった。

 まったく……ジジィは死ぬまでボケる事は無さそうだが、現役は退いたんだから常在戦場の心は、もうちと何とかならんかね。


「やったかケンゴ?」

「やったよゲンじぃ」


 オレは意識を失ったジジィをゲンじぃとヨミ婆に任せて総理に向き直る。






 ジョージがケンゴによって強制退室させられ、管理室に残ったのは三人となった。

 土山は一連の流れから神島の代わりに目の前に立つケンゴに注意を向ける。


 鳳健吾。火防さんの話では『神島』の縁者である事は察していた。しかし……まさか本筋の縁者とは。

 彼は、外では社交的な青年と言う姿を持っているが、この『神ノ木の里』では本来の姿を見せると言う事か。


「王城総理」

「本当に久しぶりだね。ケンゴ君」


 特に火防さんが警戒しているのは『神島』の後継者だ。

 神島譲治は『白鷺』を継承者として育てていたそうだが……過去に『神島』より出奔し現在は空席。となれば自然と次は彼と言う事になる。

 許嫁と言う形で『白鷺』を迎える事でバックアップも視野に入れた磐石の構え。やはり……『神島』は一筋縄では行かないか。


「本当に! すみませんでしたぁぁぁ!!」


 と、様々な思考を巡らせる土山の目の前でケンゴは土下座した。






 オレは真っ先に土下座をする。

 だってさ。いくら何でも総理に怒鳴るなんて狂ってるも良いところだよ!

 そりゃ、不躾な奴ならそれでも仕方ないって思えるよ? でも、総理は本当にジジィが心配で駆けつけたのだ。

 『国選処刑人』と『日本保全党』は正に表裏一体の関係であり、“処刑人”の動きを覆い隠すのが当党の役目の一つ。だからと言うワケではないが、ソレを抜きにしても総理はジジィと仲が良い。

 今回の里の封鎖も本来なら国が関与する所を許容してくれたのも総理の配慮だろう。

 それを踏みにじる様なジジィの怒声。ジジィは絶対に謝らないのでオレが誠心誠意を示さなくてはならない!


「ハッハッハ。気にしなくても良いよ。そちらが大変なのは理解しているつもりだ。顔を上げなさい」

「ホント……ウチの祖父がスミマセン……」

「私たち国が彼に対して何かを言える立場には無いよ。『神島』に依存してきたツケを今、国が払わされているのだ」


 オレは顔を上げるが、正座したまま会話を続ける。


「今回の件はジョー君に全部任せられると思っていた。私も戦力的にも磐石だと思ったし、国会も『神島』は極力刺激したくないからね」


 その認識は未だに薄れてはいないのか。


「しかし、現時点ではこの件は『神島』へ一任出来ないと私は判断した」

「…………」

「危険な野生動物によって、一人が深傷を負い、一人が行方不明となっている。人命が関わる以上、即日に我々からの支援が必要だと私は君たちに提案したい」

「あー、その事なんですが……」


 オレは手を上げて少し控えめに発言する。


「もうちょっとだけ、待ってもらえませんか?」

「理由を聞いても?」

「急に動かすのは少し過剰だと思うんです」


 オレの言葉に総理は、ふむ、と腕を組む。


「総理の気遣いは心から感謝してます。けど……客観的に見た身としましては、いささか判断が早すぎると思うんです」


 国の介入が決まれば、その時点で銃が規制され、討伐が行われるまで里は無防備になる。

 人を躊躇無く襲う、熊吉と残虐な仲間達を相手に銃無しでは里を放棄するしかない。


「人命がかかっているのだよ?」

「行方不明者の捜索は地元に慣れた人員で動かす方が効率的です」

「指揮を執る者は怪我を負っている。十全に動けるとは思えないが?」

「オレが何とかします」


 反射的にそんな言葉が出ちゃった……

 総理は少し考える様に沈黙する。オレと言う存在の価値をどこまで評価してくれるかで、次の返答が決まるだろう。

 すると、総理が笑った。


「二日だけ待とう。それが譲歩できるギリギリのラインだ」

「ありがとうございます」


 まぁ……上出来かな。

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