第375話 今期はアヤたんじゃ!

かか

「どした? 竜二」

「有休扱いで一週間、仕事を休めるのはええけど、何で俺は銃の確認をしてるんやろか」


 銃蔵に並ぶ10丁のショットガン。それを一つずつ取り出し、ナンバーとリストを確認しながら竜二は悪態をつく。


「そら、お前が残る言うたからじゃろ。ぐーたらを囲う程、今の里に余裕は無いで」


 竜二の母親である小鳥遊楓たかなしかえでは弾数の確認を行っていた。


 国の法律で銃の所持が認められているのは一人一丁まで。その管理は楓が一任されている。ここにある10丁のショットガンは村で使われる銃士たちの者だが彼女の許可無しに持ち出す事は認められていない。今現在は試射の為に何丁か持ち出されているが。


「だって残らんと有休扱いにならんってじっ様が言うで」

「なら文句言わんと、言われた事をやれや」

「カエデ」


 と、入り口から夫の小鳥遊総司たかなしそうじが声をかけてくる。


「圭介の娘さんが来たよ」

「おお、ホンマか」

「あー、ゴの兄貴の婚約者な」


 竜二は興味無さげにリストへ視線を戻す。


「何やっとる竜二。ほれ、行くぞい」

「えー、俺はええよ」

「竜二、挨拶はしておきなさい。今後は里に住むかもしれないのだから」

「住むんじゃろ。ゴの兄貴と一緒に」


 ケンゴの事を慕う竜二はその婚約者を名乗るアヤを事前に写真を見たこともあって、顔を合わせるだけ無駄だと思っていた。

 どうせ、俺にはワンチャン無いし……


「不貞腐れおって。ええから来んかい」


 母に襟首を掴まれて竜二はズルズルと外の射撃場へと引っ張られて行った。






「いやー、本当にべっぴんじゃのう!」

「写真よりも数倍は違うわい!」

「圭介のヤツもさぞや誇らしい!」

「ありがたや……ありがたや……」

「次の地酒のパッケージは決まりじゃな!」

「ふふ。皆さん、ありがとうございます」


 小鳥遊親子が射撃場に行くと、アヤの回りには銃士の老人たちが集まっていた。


「……夜の街灯に集まる蛾みたいじゃのぅ」


 光輝くアヤに集まる茶色の爺さん共。それに囲まれても嫌な顔一つしない彼女は心から嬉しそうに微笑んでいた。


「挨拶が済んだヤロウはさっさと試射に戻れ」

「何じゃジョー!」

「お前な! いずれアヤたんが孫になるからってマウントか!」

「皆のアイドルじゃぞ!」

「握手会せんかい!」

「おーおー、30年前はウチにそう言っとったのー」


 そこへカエデが割り込んだ。爺さん達とアヤはそちらに視線を向ける。


「カエデ!」

「若さは大事なんじゃ!」

「失われたモノは二度と戻らん!」

「ブームは過ぎ去り、新たに生まれるモノ!」

「今期はアヤたんじゃ!」

「アヤたんって……まぁ言いわい。今、飯を作っとる皆様の奥方を前にその強気な発言が出来るのか見せてくれや」


 カエデは、スッと無線を取り出す。すると、爺さん共は、


「まて! 早まるな!」

「アイドルは愛でるものじゃろ!」

「アヤたんの握手会は二千人は集まるぞ!」

「今度の地酒のパッケージはアヤたんにするんじゃ!」


 すると、無線からザザザとノイズが走る。


“そこを動くな夫共”


 給仕作業をしていた奥方達の声を揃えた声が爺さん達へ届く。


「おっと済まん。無線ONになってたわ」


 その後、やってきた各々の奥方に見張られつつ様に爺さん共は試射に戻った。

 ダァン……ダァン……


「アヤ。騒がしくてすまんな」

「ふふ。いいえ。とても良い方々ですね」

「いやいや、アヤ。育ちが良すぎるじゃろ」


 ジョージとアヤの会話に割り込み、カエデは改めて自己紹介を行う。


「小鳥遊楓じゃ。こっちは夫の総司で次子のシズカは公民館に行っておるが、会ったかのう?」

「はい。一目見ました。素敵なお嬢様ですね」

「ハハハ。まぁ、ここに地盤を固めたらあの子に関しては追々説明するわい。ほんで、この無愛想気取っとるのが長子の竜二じゃ。ほれ、挨拶せんかい」

「……小鳥遊竜二……です」


 緊張とは違う雰囲気を竜二から察したアヤは屈託のない笑顔で応える。


「白鷺綾です。よろしくお願いしますね、竜二様」


 そのアヤを目を合わせた瞬間、あらゆる不満不平が心の中から洗い流された。

 そして、竜二は膝から崩れる様に四つん這いになるとそのまま項垂れる。


「ほら……かか。だから言ったやん」

「どうした?」

「好きになりそう!!」


 魂の叫びにカエデは、わはは、と笑う。


「小鳥遊総司だ。君は圭介の面影があるね」


 ソウジはアヤの父――圭介とは同世代で里に居た頃も友人として交流が深かった。


「そうですか? 本当に?」

「ああ。微笑んだ所なんかは彼の笑顔に良く似ているよ」


 そう言われたアヤは頬を赤くすると子供の様に笑った。


「アカン……かか。銃蔵に戻るわ」

「おー、どうした?」

「いや、マジでダメじゃて。ここにいるとダメになる」


 そう言って竜二は逃げるように場を後にした。


「あ……私、竜二様に悪いことをしたのでしょうか……」

「いや、逆じゃ逆」

「圭介も君を大切に育てた様だね」

「しかし、アヤよ。ホントにケンゴと籍を入れるつもりか?」


 カエデの質問にアヤは迷いなく応える。


「はい。素敵な殿方だと父より聞いております」

「「素敵な殿方ぁ?」」


 カエデとソウジは思わず同じ言葉が同時に出た。


「アカンな、コレ」

「そう言えば……圭介はケンゴの事を息子みたいに見ていたっけか」

「あの……よろしければ、ケンゴ様について教えていただけませんか?」


 カエデとソウジはアイコンタクトする。

 これは我々がきちんと伝えねばなるまい、と。


「そうだね」

「一言で言うなら――」


 二人の言葉をアヤは期待して待つ。


「「子供がそのまま大きくなった大人」」


 その言葉をアヤの後ろで聞いていたジョージは、やれやれ、と嘆息を吐いた。

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