第374話 そこがお子様だって事よ

「おはようございます、アヤさん」


 早朝の公民館。

 アヤの付き人として『神ノ木の里』に滞在するハジメと蓮斗は公民館に寝泊まりする事にしていた。

 無償で泊めてもらうのも悪いので手伝いを申し出て、今は外の納屋を片付けている所である。


「おはようございます、ハジメさん」


 デフォルトでマスクを着けたハジメは、軽トラックで現れたアヤに挨拶し、運転席から下りてきた老人にも挨拶をする。


「おはようございます」

「アヤの連れか」

「久岐一と申します。マスク越しで申し訳ありません。見苦しい傷があるものですから」

「気にせん。ワシは神島譲治だ」


 神島……と言う事は彼が烏間顧問の兄上様で、この里の頭か。

 ハジメは昨晩、烏間に連絡し『神ノ木の里』の簡単な成り立ちを聞いていた。

 住む者は鳥を意味する姓を与えられ、頭目となる者は“神島”を姓として名乗る。


「よろしくお願いします、神島さん」

「ジョーで良い。それか、じっ様でも良いぞ」

「え? あ、はい。それでは……ジョーさんで」

「おう」


 変わらないしかめっ面だが、どことなく雰囲気が柔らかいジョージにアヤも微笑む。


「見ろよハジメ。日本刀が出てきたぜ」


 納屋の奥から、古びた刀を持った蓮斗が出てくる。2メートル近い身長はこの場で一番の体躯であった。


「お。アヤの姉ちゃんじゃねぇの。おはようさん」

「おはようございます。蓮斗さん」

「ボウズ、日本刀それはワシが管理する。貸せ」

「ん? なんだ、このじーさんよ」


 日本刀を催促するジョージを蓮斗は見下ろす。体躯差は圧倒的にも関わらず、ジョージの雰囲気は逆に蓮斗を飲み込む程に凄まじい。


「社長。こちらは神島譲治さんだ。昨日、少し話しただろう?」


 蓮斗は、考える様に少し天を仰ぐ。そして、ピコンッと電球がついた様に思い出した。


「ってことは、あんたがこの里の元締めってヤツか!」

「まぁ、そんな所だな」

「俺様は荒谷蓮斗! 『何でも屋“荒谷”』の社長にして、天上天下に俺様を越える男はいねぇ程の大物だぜ! この俺が来たからには力仕事は何でも解決したと思ってくれや!」


 蓮斗は鞘に入ったままの日本刀を肩に担ぎ、中腰で手を前に出すと歌舞伎者の様に名乗りを上げる。

 アヤは軽く拍手をし、ハジメは額に手を当てて、やれやれ、と嘆息を吐く。


「面白いヤツだな」


 ジョージは歌舞伎名乗りで、よよぉ~と突き出した蓮斗の手を取る。

 次の瞬間、蓮斗は穴に落ちたような浮遊感を感じ、何も抵抗出来ずにただ尻餅を着いた。


「痛って!?」

「年長者の言うことは聞け」


 手放した日本刀をジョージは拾い上げる。

 それは元から彼のモノであったかの様に雰囲気は馴染んでいた。


「……アンタ、何者だ?」

「ワシが何者でもお前に言うことは変わらん。こう言うのを見つけたら、里の者に渡せ」


 その威圧と言葉は体格など意味をなさないと言っている程に蓮斗に反論する気概さえを失わせた。


「なかなか……なかなかじゃねぇの! この荒谷蓮斗! 今回の一件は間違いなく新たな俺にたどり着けるぜ!」

「元気なヤツだな」


 本来ならジョージの威圧に大概の人間は異質な様を感じるのだが、蓮斗はそう言う細かい事は気にしない性格だった。


「よろしく頼むぜ! ジョーのじっちゃんよぉ!」

「――まぁ、おどおどするヤツよりはマシか」


 ジョージは蓮斗に対して、ケンゴに似ている雰囲気を感じ取り、不思議と笑みが溢れる。


「じっ様」


 すると、公民館の戸が開き、中からシズカがユウヒとコエを連れて出てきた。

 アヤは三人へ向き直り、ペコリと一礼する。






「私は白鷺綾と申します。よろしくお願いします」


 気品溢れる所作に、朝日効果も相まって光ってる様に見える。いや、実際に光っていた。


 シズカは、よろしくのー、と挨拶するがユウヒはアヤの美しさに思わず呆ける。そんな姉を横目にコエは前に出た。


「雛鳥聲です」

「よろしくお願いします。コエさん」

「あ、アタシは――」


 ユウヒも慌てて声を張り上げるが、アヤの視線を向けられて恥ずかしさから眼を合わせられない。

 アヤはしゃがんで目線を合わせる。


「雛鳥……夕陽です……」

「ユウヒさんですね。よろしくお願いします」

「はい……」


 ユウヒの反応は悪いものでないと理解するアヤは優しく微笑んだ。


「がーはっはっはっ! ちび助の癖に一丁前に恥ずかしがりやがってよ」


 蓮斗はユウヒの様子に、笑いながらのそりと立ち上がる。二人の身長差は頭3個分もあった。


「ちょっと! 蓮斗! アンタ感覚おかしいわよ! こんな綺麗な人と対面して普通で居られるワケ無いじゃない!」


 ユウヒが噛みつく。

 孤児院出身でもある蓮斗とハジメは年下の扱いはお手のもので、昨晩泊まった際に、ユウヒとコエとは打ち解けていた。


「そこがお子様だって事よ。どんな相手でも自分を見失うな、それが一人前につながる道だぜ!」

「むむむー! 蓮斗のクセに意味のわからない説得力があるぅ!」

「がーはっはっは!」


 そんな様子をアヤは微笑ましく眺める。何かしら誤解をさせない為にもコエは一応、アヤに話しかけた。


「アヤさん。ユウヒは貴女の事がとても眩しいみたいだ」

「ありがとうございます」


 自分を深く理解しての称賛でないユウヒの反応はアヤからすればとても嬉しかった。


「アヤ、次は楓のトコだ。行くぞ」

「はい」

「じっ様、ぁは、銃蔵におるで。他の銃士達と一緒に弾薬の確認と試射をしとる」

「そうか」


 シズカの情報に行き先は決まった。

 ジョージがエンジンをかけるとアヤが軽トラへ乗る。そして、ブロローと去る際に蓮斗は親指を立てて、ユウヒは手を振っていた。


「楓様はどの様なお方なのですか?」

「ワシの実娘だ」

「――わかりました」

「フッ。だから、気を背負う事はねぇ」

「え、あ、はい」


 何かと身構えるアヤにジョージは微笑した。

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