第373話 歴戦の犬豪
毎日、六時には起きて朝食の準備を始める。台所に立ち、今日は三人分の朝食が必要なので、いつもより少し多めに用意を始める。
「おはようございます、お婆様」
「おやおや。まだ寝とっててもエエぞ」
「いえ。学ばせてください」
浴衣にエプロンを着け、女給の様な姿のアヤは少し遅れて台所にやってくる。
「立派なもんじゃのぅ。ケンちゃんやじっ様は時間までガーガー寝とるで」
「そうなのですか?」
「飯の匂いで起きるんじゃよ。アレは大和や武蔵に飛龍と同じじゃな」
「人を犬呼ばわりするな」
背後から気配もなく声をかけられて、アヤは少しだけビクっとする。トキは、おほほ、と笑っていた。
「おはようございます、お爺様」
「おう。ゆっくりしとけ」
「あらヤダ。ガラにもなく優しいのぅ~。ケンちゃんとは大違いじゃ」
二人しかいない日常の中にアヤが居る事でジョージは少しだけ物腰が柔らかかった。
「やかましい。トキ、飯を寄越せ」
「横に置いとる」
「……え?」
アヤがトキの視線の先に見たのは三つの皿である。それは誰がどう見ても犬の餌だった。
「アヤ。これはワシが食う物じゃねぇ」
「え、あ、はい。そうですよね!」
「三つも……じっ様は欲張りじゃわい~」
「トキ。アヤが混乱するで止めぇや」
「うっかっか」
息をする様に出てくるジョークにアヤはどうリアクションして良いのかあたふたし、ジョージは嘆息を吐く。
「ったく……アヤ。こっちを手伝え」
「はい」
ジョージは二つの皿を持ち、アヤが一つ持つ。そのまま玄関へ行き、外へ出ると三匹の大型犬が座っていた。
ドーベルマン。ゴールデンレトリバー。シベリアンハスキー。
犬種でも戦闘力に秀でた三種。その姿もさることながら、明らかに歴戦の風格を纏う三匹の大型犬は、ジョージが子犬の頃から鍛え上げた戦士である。
「こいつらは、ドーベルマンが大和。レトリバーが武蔵。ハスキーが飛龍だ」
ジョージがそう言うと三匹は立ち上がると、のそのそと歩いてくる。
餌を置くジョージ。アヤも近くに置いた。何も言わずに、目の前で座ると“待って”いる。
「アヤだ。圭介は覚えているな? ヤツの娘だ」
言葉を理解しているのか三匹はアヤを見る。その眼は犬が人懐っこく向けてくるモノではなく、何者か品定めする鋭い視線だ。
「白鷺綾と申します。御三方……何とぞ、よろしくお願い致します」
この里のヒエラルキーで、新参のアヤは最も低く見られても仕方ない。それを理解して、彼女は先人である三匹へ丁寧に一礼した。
「今後は屋敷に出入りする。間違って吠えるな」
ジョージの言葉を理解した三匹は各々で短く吠えた。
「いいぞ」
そして、主の許しを受けて三匹は朝食を始める。
「ワシらも飯にするか」
「大和さん達のお皿は私が後で片付けます」
「それはトキがやる。お前は午前中にやることがある」
神島の命令。アヤは身を引き締めて応える。
「何なりとお申し付けください」
「あまり、深く考えるな。ただの挨拶周りだ」
本日より始まる山狩りにおいて『神ノ木の里』に残った里民は避難先である公民館に一週間、生活する準備を進めていた。
「聲、聞いた? 例のお姫様の事」
「相変わらずそう言うのに耳が早いね、夕陽」
台所で朝食の片付けを任命された幼い双子――
「里の大人たちは皆言ってるわ。何でも、海外では有名な貴族なんだって」
「確か、白鷺家だったかな。少し調べたけど、海外だと日本文化はウケが良いみたい」
「え? コエ。どこでそんな情報を集めたの?」
「ロクさんに聞いたよ」
「て、事は……何も知らなかったのって……アタシだけ?」
「ワタシもユウヒとは情報量は変わらないよ。きちんと聞かないと、ワタシの場合は良く聞こえないからさ」
生まれつき聴力が弱いコエは常に補聴器を耳に当てている。
「情報を合算すると、高貴なお姫様ね。とても素晴らしいレディに違いないわ」
「まぁ……身分に溺れた高飛車って例もあるけどね」
「夢を壊す様な事を言わないでよ、もー」
「何にせよ、長居はしないと思うよ。今日から里は危険地帯になるし」
他に身を寄せる所が無いユウヒとコエは里に残った数少ない者達である。
「お昼にはじぃ様の依頼した人達もくるみたいだし、今日の分の宿題は済ませとかないとね」
「コエはどう思う?」
「今回の件?」
「うん」
「過剰な気はするよ。国に任せないのはじぃ様らしいけど、多分……ワタシ達の事も気にしてるんじゃないかな?」
「…………」
過去に二人は“事故”に合った。
両親を失い、震えていた所をジョージが見つけて里に連れて来たのである。
そして、事故の全容をジョージから聞いたのだ。
「……じぃ様は悪くないよね」
「……うん。じぃ様は良い人だ」
もはやこの世で二人きりの姉妹だが、里に来てから多くの者達に家族として向かえてもらった。
早く成長してこの恩を返したい。その為にも――
「アタシも早く、立派なレディにならなきゃ! コエ! 一緒に『神島』を継ぐよ!」
「それはどうだろうかな」
姉のやる気が変な方向へ向かっている様子をどうやって正そうかコエは考えつつ、洗い物を終えた。
そこへ、二人を探して公民館にやってきたシズカが台所に顔を出す。
「ユウヒ、コエ」
「あ、シズカ姉さん。おはよう」
「あはは。シズカさんでエエよ」
「ダメよ! シズカ姉さんは立派なレディなんだから!」
「うーん……そうじゃね……」
「おはよう、シズカさん」
「コエもおはよう」
どうしたの? と二人は次なる作業である宿題に手をつけようと思っていた。
「アヤさんがもうすぐ来るから、じっ様が表に集合しとけって」
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