第376話 へっくしょい!
「へっくしょい!」
同時刻。ケンゴは昨晩仕上げた資料を2課の加賀と姫野に説明していると、急に来たむず痒さにくしゃみが出た。
「どうした? 鳳」
「もしかして、リンカさんから風邪もらっちゃった?」
「いや……単にムズっと来ただけです」
加賀と姫野に心配されつつも問題ないと答える。
誰か噂でもしてるのだろう。ケンゴは風邪を引く前ブリで無い事だけは確かだと思っていた。
「それにしても、海外支部は結構整ったんだな」
「私も、あるとしか聞いて無かったから、どうなってるのかは目から鱗だよー」
実際に現地へ行った者とそうでない者では、認識に大きな差が出る。
「向こうの人とも話せればよかったんですが、今はあっちは夜中ですし」
「そっか時差は13時間だっけ?」
「月一の国際会議の時はどうしてんだ?」
「向こうに時間を合わせてもらって繋いでるよ」
昼夜が合わない以上、どちらかが合わせるしかない。
「資料はこれで良いよ。ご苦労様、鳳君」
「ありがとうございます」
ケンゴはようやく肩の荷が降りた。
「そう言えば獅子堂課長は今、長期休暇なんだろ?」
「ああ。一週間の家族旅行だ。3課は鬼灯先輩と徳さんが指揮してるよ」
「そう言えば、1課も七海課長が休暇なんだってさ。一週間」
「七海課長もですか?」
獅子堂の事は事情を知っていたが、七海の事は今初めて知った。
「うん。なんでも、身内の用事だとか」
「一週間分の指示と仕事は済ませてから行ったらしいぞ」
1課は古くから会社を支える技術者達が多い。それなりに資格を持つ者が多々存在する課の長である七海も鬼灯や轟に負けず劣らずの高スペックであるのだ。
「なんやかんやで、あの人も鬼灯先輩と比肩するよな……」
「七海課長が出来ない事はあんまり思い付かないよねー」
「前任は父親だけど、コネ昇進じゃ無いらしいからなぁ」
長期の休みを取るときはいつも仕事をキッチリ詰めてから行く七海の非凡な様を三人は毎度の如く感じていた。
……まさか、七海課長も『神ノ木の里』に……いや、無い無い。
流石に偶然だろう、とケンゴは思った事を胸に仕舞い、加賀と姫野に資料を託すと2課を後にした。
「へっくしょい!」
「なんだ? 風邪か? 七海」
「知らねぇよ。急にムズっと来ただけだ」
獅子堂の運転する乗用車の後部座席に乗っている七海は、窓を開けて換気する。
車から見える景色は既に都会から離れて自然の多い田舎道を進んでいた。
「ヨミが医者だからよ。見てもらえよ」
「ゲン。私は外科よ。切って縫うのが仕事」
助手席に座る老婆――
「残念だったな七海!」
「だから……風邪じゃねぇっつの」
後部座席で田舎の景色を見ながら、七海は道場の師範に頼まれた、今回の件を思い出す。
“ケイ。かつての宿敵から依頼があってね。私が行こうと思ったのだが、腰をギックリやってしまった。40年以来の決着をつけたかったんだが……代わりに行ってくれないかい?”
「師範も歳には勝てねぇか」
「七海よ。一通り説明するが、今回の件は他言無用だからな。色々と特例に特例が重なってる」
「俺はそう言うのは鼻が効くんだ。空気くらいは読めるよ」
「ゲンとは大違いね」
「ガハハ! 耳が痛てぇや!」
「ヨミ婆に治してもらえよ」
「開いて見ましょうか?」
「メスを出すな! 運転中だぞ! みんな死にてぇのか!?」
愉快な老人達と一緒に田舎で護衛か。師範も出来ない経験が出来るって言ってたし、実の所、結構楽しみだったりする。
「さてさて。何が待ち構えてんだかねぇ」
予測がつかない車の行き先に七海は不敵に笑った。
「車の音……止まったわね」
「じっ様達は射撃場だよね?」
「うん」
ユウヒとコエは、公民館で宿題をしながらお昼は何にするのかを決めていた。
「何人か、外の人を呼ぶってじっ様が言ってたからその人達じゃないかな?」
「ハジメさんや蓮斗の事じゃないのかしら?」
「あの二人はアヤさんの付き人だからね。それとは別に来ると思うよ」
ハジメと蓮斗は、シズカと一緒に村の外へ食材の買い出しに行っており不在だ。
「よーし。ここは、留守を預かるレディとして挨拶をしておかないとね!」
「ふむ……」
ユウヒの意見に、宿題を中断するのは良いものかとコエは考えるが挨拶をしない方が失礼だと悟り、姉の提案に乗ることにした。
二人で玄関にて少し待機。外から向かってくる人影と声が大きくなる。そして、戸がカラカラと開いた。
「ようこそ! 留守を預かってる雛鳥夕陽です!」
「雛鳥聲です」
これでもかと愛想度を上げた笑顔でユウヒは戸を開けた七海を出迎えた。
「あ? 子供?」
しかし、誰かしら大人が対応すると思っていた七海は、二人を見て怪訝な顔をする。
「おい、ジジィ。子供しか居ねぇぞ」
「丁度、入れ違いか。今のウチにしなきゃならんことも沢山あるしよ」
次に扉をくぐる様に、ぬぅ、と現れた筋骨隆々の肉体を持つゲンをユウヒとコエは見上げる。
「ぴぁ……」
「おっきいなぁ」
見てわかる筋肉量から自然と生み出されるゲンの威圧。それは蓮斗とは違って“圧倒”を感じるモノだ。そんなゲンに対してコエは恐怖よりも“感嘆”の方が勝る。しかし、姉の方はそうでは無かったらしい。
ゲンに若干の恐怖を感じるユウヒの反応を七海は見逃さない。
「ん? なんだオマエ、ビビってんのか?」
「び、びびびってなんて無いわよ!」
そう言いつつもコエの影に隠れる。その様子に七海は己の中にあるSの性質が刺激された。
「オラー! ビビってんじゃねぇぞ!」
「ぴゃぁぁー!!?」
コエは、しがみつく姉は間違いなく、からかわれていると察して、どうしたものか、と考える。
「ケイ、止めなさい。ゲン、ショックで落ち込まないの」
「わりー、わりー。露骨にビビるモンでついな」
「そりゃわかってるさ……この体格は怖がられるってな……瑠璃の最初もそうだったんだよ……俺の業だとは思うよ……うん……」
「玄関が狭めぇよ、ジジィ」
幼い女児に怖がられるのが何よりもショックなゲンは体育座りで落ち込む。
二人に代わってヨミが前に出だ。
「ごめんなさいね。二人とも癖が強くて。私は獅子堂黄泉。そこの小さくなってるのは夫の獅子堂玄。それで、彼女は――」
「
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