第358話 君とキスをしたい
「君とキスをしたい」
ショウコさんの発言をオレは驚く程に冷静に受け止めていた。
他人から向けられる“好き”が意味合いの好意。それをオレは何も感じないからだ。
「ショウコさん。それは――」
「わ、私は!」
オレが断ろうとした時、淡々とした口調が一変し、ショウコさんは慌てる様に言う。
「じゃんけんに……勝った……だろ?」
ショウコさん。赤紐は……着けてるよなぁ。と言う事は、これが取り繕わない素の彼女と言うことか。
「ご飯食べた後だし……」
「構わない」
「歯を磨いてないし……」
「構わない」
「一回してる――」
と、それ以上を言う前にオレの口はショウコさんの口で塞がれた。
それは昨晩にした、義務のようなキスとは違う。相手に自分の意思と感情を進み隠さず伝えてる様な深いキス。
きっと……“普通”なら、ここで彼女に対して何らかの変化が心に生まれるのだろう。それだけ、ショウコさんから向けられる愛情を痛い程に理解できる。
“これであの子に何らかの変化が起こるかもしれない。だが……それでも私は――”
オレは父さんの残した記録の一文を思い出す。ショウコさんはゆっくりと唇を離した。
「……ケンゴさん。正直言って、私は今……今までに無い感情に酔ってるのかもしれない」
赤くした顔を隠すようにショウコさんは抱き着ついてくる。それはとても愛おしく感じるハズなのにオレの心は何も動かない。
「けど……これが悪いモノじゃないと言うことはわか――」
「ショウコさん」
「ん?」
その言葉にショウコさんは顔を向けてくれる。赤く火照った顔は完全に発情していた。
あー、やべ。エロスは感じるよ。ホントにオレって壊れてんなぁ……ともかく……このまま、アクセル全開の彼女を走らせるわけにはいかない。
「じゃーんけーん」
「ぽん」
ショウコさんは上目遣いで、Vピースする様にチョキ。めっちゃ可愛ええ。オレは色気の無いグー。Winnerケンゴォ。
「じゃんけんはおしまいね」
「うん。わかった」
「じゃあ、寝る前に少しジュースでも飲まなーい?」
場の雰囲気が完全に効かないオレは最終手段を取ることにした。
お前達の言いたい事はわかる。
お前はアホじゃねぇのとか、いい加減にしろとか、そんな所だろ?
状況は確かに合体までスムーズに行ける
オレは相手からの愛を感じない。これは君たちも知ってると思う。しかし、性欲はある。
そこでだ。愛は無いのに合体だけ楽しんで気持ちよくなるなんて、自家発電と変わらないじゃない?
お前達はリンカやショウコさんをネットで買える大人の玩具と同じ様に扱う事が出来るかい?
オレには無理だ。だから、頑なにそのラインだけは踏み越えない様に踏ん張ってんだよ!(血涙)
仮に、もし仮にだ。オレが相手の雰囲気に流されて性交に及んだとしよう。
相手は愛してくれるのにオレからは愛せない。そんな関係は絶対に破綻するし、結果として誰も幸せにはならない。
いやさ、オレもね。可能ならね。したいですよ、S○X。でもね、誰も幸せにならないとわかってる行為なんて、絶対にやらない方が良いんですよ!
まぁ……だからまだ童貞なんだろうけど……はぁ、誰に何言ってんだろ、オレ……
「寝る前にジュースを飲むのか?」
オレの喜天烈な発言にショウコさんは少しだけクールダウン。よしよし。このまま完全冷却と行くぞい!
「持ってくるから座ってて」
「うん」
ちょこん、テーブルの前に座るショウコさん。完全にキスの先を考えてる顔だ。何とかして、意識を別な事に反らさなくては。
オレは冷蔵庫からコンビニで買った缶酒を二つ取り出すとコップに注ぐ。
これは度数は高いが、苦味や炭酸の入っていない。缶を見なければジュースと言っても気づかないだろう。これでショウコさんの眠り上戸を発動させる!
「はい」
「…………」
しかし、少しだけ冷静になったショウコさんはテーブルの上に、コトッと置いたコップに手をつけずにじっと見る。オレは座りながら内心ハラハラ。
「……これは何味のジュース?」
「グレープフルーツダヨー」
「……」
オレは自分の方を先に飲む。こう言うのは相手が飲み始めれば自然と警戒心は緩むモノ。日本人は他人の行動に影響されるからね!
「ふむ」
ショウコさんもコップを持ち上げて少しだけコクリと飲む。好みの味か確かめる様に一秒ほど間があって、パァァと解りやすいエフェクトが背後に出る。
「美味しい」
「ほんと?」
「ああ」
ショウコさんは二口目、三口目と飲んでくれる。
ショウコさんには悪いがオレと君の未来の為に酔いつぶれてもらうぜぇ! 名倉課長と虎殺しの伯父さんコワイし……
「もうないのか」
余程気に入ったのか、ショウコさんは無くなったコップの中身を名残惜しそうに見る。
「ショウコさん」
「ん?」
「眠くならない?」
「多少の眠気はあるが?」
と、ショウコさんは隣に寄ってくる。
アレェー? 確かショウコさんは眠り上戸だったハズ……いや、まさか……
「何だか暑くなってきたな……」
ま、まさか! 彼女は複数の酔いパターンを持っているのか!? となれば、今は何上戸だ!?
「ケンゴさん」
と、ショウコさんはオレが台所の下の棚に隠していた避妊具をテーブルに置く。
うぉぉ!? ソレ見つかってたのか!?
オレはまだ手に持って飲み終わっていないのにショウコさんは構わずに抱き着いてくる。これ、甘え上戸だ! やっべぇぞぉ! ヤられる流れだぁ!!
「ちょっと! まだ飲んでるから! 危な――」
そういうオレのコップをショウコさんは強奪すると、そのまま飲み干した。そして、空になったコップをテーブルにコトッ……
「ケンゴさ~ん」
倍プッシュしたショウコさんが猫の様に抱き着いてくる。完全に別の人間がインストールされちゃってるよ!
「ショ、ショウコさん! 落ち着いて! 深呼吸して! ほら! 吸って、吐い――」
と言うオレの言葉はショウコさんの手に塞がれた。
そして、力のリミッターも外れているのか、思った以上のパワーでそのまま仰向けに倒される。
「ケンゴさん。私の全部を……見て欲しい……」
そして、オレを覗き込む様に覆い被さって来た――
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