第357話 家族を想う家族

「ケンゴ。あまり一人で走り回るな」

「大丈夫! ボクが一緒にいるからさ! 子供は元気に走り回るのが仕事だよ!」

「俺一人では二人の子供は面倒見きれん」

「ちょっと、ボクの事カウントしてる!?」

「昔からな」

「けんかだめよ!」


 オレがそう言うと父と母は、違う違う。勘違いさせてごめんね。と抱き締めて、頭を撫でてくれた。

 二人が居ることが当然だと思っていたあの時は、それが得難い幸せなのだと思いもしなかった。






「ケンゴさん?」

「ん? ああ、ごめんごめん。なんだっけ?」


 オレはショウコさんの話に昔を思い出した。歳を重ねるにつれて薄れていく記憶。父と母の顔は既に朧気だが、それでも二人が愛してくれた事は今でも心に残っている。


「今思えば、私は君の事は全く知らない。良ければ君の家族の事を教えてくれないか?」


 今回の件は名倉課長やショウコさんと深く関わる事になった。

 何故名倉課長が、ここまでオレを信頼してくれたのかは未だに解らないが……ショウコさんとはもう薄い関係では無いだろう。

 しかし――


「まぁ、聞いてしょうがないよ」


 オレははぐらかす。

 ジジィは日本の黒幕だし、ばっ様はそんなジジィをからかうし、父と母は……


「……そうか。君が話したくないのなら無理には聞かない」


 うっ……。リンカとは逆パターン。ショウコさん側の事を聞いているだけに罪悪感が増す。


「えーっとね。父と母は事故で死んだんだ。だから育ての親は祖父母かな」

「父と母を……嫌な事を聞き出してしまったな。すまない」

「あ、いやいや! その事は折り合いをつけてるからさ! それよりも問題はウチのジーさんの方だよ! タンカー船の時にオレの動き見たでしょ?」

「一般人とは少し違う動きだったな」

「アレ、ジーさんの仕込みなんだ。必要な事だ、覚えとけ。とか言って小さい頃から色々とね」


 当時はジジィのかっこよさに憧れて、何の違和感なく『古式』を学んだ。

 現役の『国選処刑人』から『古式』を学ぶ。今思えば、相当にヤバい絵面だよな……ソレ。


「と言う事は、君の実家は武道関係か?」

「うーん……マイナーな酒造村……かなぁ」


 お酒の苦手なショウコさんには縁のない事だろう。セナさんはキャッキャッウフフしそう。


「そうか。……ケンゴさん。命令券を一つ使っても良いか?」

「いいよ。何?」

「君の都合が合う時で良い。君の育った場所を見てみたい」


 ショウコさんの提案は、前ならジジィとの関係が険悪だったので無理だったが、今なら問題なく可能だ。


「別にいいけど……何にも無いよ? 店は7時で閉まるし、夜歩く時は懐中電灯必須だし、虫は多いし、野生動物も普通にいるし、コンビニもないし、猟銃持ったジジィいるし」

「構わない。優先して予定は開けておく」


 構わないんだ……。まぁ、ショウコさんも母方の実家はそれなりの武家の様なモノ。弾丸を避ける母親にタイガーキルする伯父さんもいるなら、猟銃ぶっぱなすジジィの一人くらい普通か。


 そんなこんな話していると、ピザとナンを完食。少し食休みしてから就寝と行こうかな。


「ケンゴさん」

「なに?」


 オレはピザの箱を折りたたんで、更に小さくまとめて、ガムテープでコンパクトに固定する。そして、ゴミ箱にポイ。


「二つ目の命令券を使いたい」

「良いよー。なにー?」

「君とキスをしたい」






「ハハハ。あの昌子がか?」

『そのようだ』

「なるほど、なるほど。まぁ、良いじゃないか。私達の娘は聡明だ。それに育ちは流雲。人を見る目は常人よりも鍛えたよ」

『その点は私も気にしていない。しかし、問題があるとすれば、相手の方だ』

「しかし、翔も問題ないと思ったから、彼に預けたのだろう?」

『そうなのだがね。何かあっても、きちんと責任は取るだろう』

「判断は任せるよ。今の昌子はそっちを頼りにしている」

『目くじらを立てても仕方ないか。こちらの件も詰めよう』


 名倉は流雲とのわだかまりが解けたらやることがあった。


『近いうちに昌子と共にそちらへも顔を出そう。私は流雲家には一度も出向いていないからね』

「ああ。兄には話を通しておくよ」


 舞子は夫との会話を終えると、屋敷の中庭から月を見上げる。まだまだ安心は出来ないが、家族が一緒にあの月を見上げる日が近いと思うと自然と笑みがこぼれる。


「今のは、日本に居ると言う夫か?」

「ファン兄」


 会話が終わるまで待っていた流雲家頭目――ファンは影からスッと出てきた。






 気配が全くなかった。ファン兄……本気で盗み聞きするつもりで隠れてたな。

 舞子は流雲の頭目ではなく、兄に接する様に口調を親密なモノとした。


「ショウコは無事なのか?」

「ああ。現地の者達に護られた」


 その言葉にファンも心配事の一つが無くなった事に安堵する。


「先ほど『プラント』から打診があった」

「『プラント』? 西洋で展開する一大企業の?」

「ああ。此度の襲撃の件は奴らの仕業だとウーが突き止めた。トップである女郎花教理に直接話をするつもりだったんだがな」


 家族が狙われたのだ。必要であれば、その場で武力行使も辞さない構えでアポイントを取ろうとしたが、その前に向こうから連絡が来たのだ。


「今回の件を深く詫びるそうだ。こちらのあらゆる要求を全て呑むと言ってきた」

「娘と夫には金輪際近づくなと、伝えて欲しい」

「それだけか?」

「それだけで良い。私たちは流雲だ。数多の厄災から人々を護る者、だろ?」


 奪うのではなく、救う側。進んで血を見るような事にならずに済むのであればそれに越したことはない。

 父と母が彼女に『演舞』を継がせた事は間違いではなかったとファンは微笑む。


「だが、利益は優先するぞ。折角だから」

「ハハハ。世知辛い世の中だな」

「金銭での気苦労は絶えんのだ」


 頭目と言う立場上、ファンは流雲家全体の事を常に考えなくてはならない。


「それと、先ほどの会話。少し聞かせてもらった」

「流雲家の頭目とは思えない動きだな」


 ニヤリ、と笑う舞子にファンは自分の後頭部に手を当てる。


「実の所、ショウコの事は一族全員が注目している」

「初耳だ」

「隔たりが解けた今、一族内でも距離を置くと言う心構えは消えたらしい」

「水面下ではそんな事になっていたのか」

「実は既に幾つかショウコと話をしたいと言う者が何人かいてな」

「ハハハ」

「恐らく、美しい容姿だけに魅了されたワケでは無いだろう。『演舞』に心を射たれるのもまた、流雲の宿命だ」


 『演舞』を深く理解するが故に、舞う者の本質を見抜く。


「ファン兄。全て断っておいてくれ」

「む。やはり、ショウコにはまだ早いか」

「そうではないよ」


 舞子の言葉でファンは察する。


「舞子……まさか。ショウコは既に――」

「さぁて。どうなるかな」

「……舞子」

「ん?」

「ショウコは日本に居るんだったな。どこぞの馬の骨の側にいるとか」

「頼むから、姪馬鹿を炸裂させるのは止めてくれ」


 今にもショウコの相手を捻り殺さん勢いのファンに舞子は、やれやれと笑った。

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