第356話 名倉翔の家族

 俺の名前は松林克也まつばやしかつや。親父がボディビルダーなピザ屋のエースアルバイターさ。

 店でも外でも最速で届ける事で認知されている俺の配送ぶりはかなりの評価を受けている。Uber Eatsなんぞ目ではない。俺がこの店で働いている限り、奴らは必要がない程にさばく速度は光の領域だ。


「よし」


 本日最後の配達は、最近よく呼ばれるアパート。それでも頼まれた部屋番号を確認し、商品を持って二階へ上がる。速度を気にし過ぎて配達先を間違えれば本末転倒。目的の部屋を前にインターホンを鳴らす。


「ピザ屋でーす」


 この部屋には何度か配達に来たことがある。対応するのは社会人の男と女子高生のどちらか。女子高生は結構可愛い。胸もデカイが間違いなく未成年。まぁ、他人の家事情には突っ込まないのがエース配達員の本懐だ。


 ピザを求める奴が居て、俺はそれを最速で届ける。それで良いじゃねぇの。俺も彼女いるし。胸は負けてるけど。


「どうも、ご苦労様」

「はい、ありがとうござい――」


 俺はいつものように笑顔で対応する。

 しかし、扉を開けたのは例の女子高生でも部屋主の男でもなく、超絶美人さんだった。猫耳を乗っけた。


 あれ……流雲昌子じゃね?


 それは俺の彼女が愛読している地元のモデル雑誌の表紙で良く見る美人さんである。

 男女問わずに人気があり、意外にも女性の支持層はかなりの多いのだとか。俺の彼女は前に撮影現場への招待券が当たった時に名前を聞いたとの事。

 ミステリアスでクールな様が格好いいのだとか。俺からすれば、どこにでもいる美人さん、と言った感じで、ふーん、と言うのが感想である。


 しかし、今夜遭遇した流雲昌子は頭に猫耳を乗せて、パジャマ姿で配達先の部屋から出てきた。

 何故、こんな所に看板モデルが居るのか。何故猫耳を装備しているのか。何故パジャマなのか。そんな疑問が頭に宿らない程に、猫耳それが俺にぶっ刺さる。


「3650円になります」


 染み付いたエースとしての対応が、不測の事態に対しても崩れぬ笑顔できちんと働く。俺って奴は……恐ろしいぜ……


「あ、お金は近くに置いてない?」


 奥から男の声。おそらく部屋主だろう。

 女子高生にモデルまで(パジャマ)も部屋に連れ込むとは。しかも猫耳プレイをやっているとは……俺の遥か先を行ってやがる。


「これか」


 と、猫耳モデルさんは横に置いてある商品の代金をぴったり渡してくれた。お釣を出す手間を省いてくれるのはかなりの助かる。領収書を手渡した。


「ありがとう」

「いーえ。またお願いしまーす」


 そう言って、扉はパタンと閉まった。俺は階段を降りてバイクに乗る。そして、ヘルメットを被る前にスマホを取り出し電話をかける。


『どうしたの? バイト長引きそう?』

「いや、もう上がる」

『そう。早く帰って来なさいよ。映画、アンタ待ちなんだから』

「チヒロ」

『なによ』

「今度、猫耳つけてくれない?」

『死ね』


 ノータイムの返答に通話は切られた。

 ふっ……照れやがって。仕方ねぇなぁ、バイト帰りにコンビニでアイツの大好きな苺大福でも買って行ってやるか。

 後日、チヒロは、なんやかんやで猫耳をつけてくれた。






「ショウコさん」

「ん?」


 オレは居間のテーブルにピザとナンを置いたショウコさんの頭から猫耳を、すっ、と取った。


「もう良いのか?」

「なんか……じゃんけんでオレが負けたのに申し訳なかったので」


 真意は、尊すぎて正常な判断が失われていく自分が居たからである。

 女郎花教理……お前がショウコさんにしつこく言っていた“光”ってのは、この事だったのか。確かにこれは光……いや、極光だ!


「ふむ。それなら、私は二回分の命令券があると考えてても?」

「まぁ……オレの私利私欲が招いた事だし」

「そうか」


 オレは押し入れに神器ネコミミを封印。次の聖戦を待て。きっとお前が必要な時が必ず来る。

 席に戻るとショウコさんは何もつけないナンを端からちまちまと食べ始めていた。オレもピザを食べる。


「ケンゴさんは普段の休日は何をして過ごしているんだ?」

「オレ? まぁ、映画を見たりゲームをしたりしてるよ。ショウコさんは?」

「見聞を広めている」


 何でもショウコさんは『谷高スタジオ』の関係者と共に過ごしてたり、自主的に外を出歩いているのだとか。オレなんかと比べて相当立派である。


「私は日本に来て二年ほどだ。長らく離れて居たこともあったし、父方の祖父母も気になってな」


 名倉課長の親類か。ちょっと想像はつかないが、ショウコさんみたいな美人な孫は嬉しみの塊だろう。


「やっぱり歓迎されたでしょ?」

「……父方の祖父母は事故で亡くなっていた」

「……なんかゴメン」

「ケンゴさんが気にする事じゃないさ。それに気を使って欲しくて話したわけじゃない」


 身内の事を話してくれるのはショウコさんにとってオレはそれなりの好感度があるようだ。


「祖父母は慎ましいサラリーマンで、私が女郎花教理に拐われた際にあらゆる手段を使って捜してくれたそうだ。父は議員と言う立場上、すぐに動くことは出来なかったから」


 ショウコさんは当時を思い出す様に語る。それはとても嬉しそうだ。良いお祖父ちゃんとお祖母ちゃんだったのだろう。


「私が日本を離れる様に言ったのは祖父母の助言もあったらしい。辛い土地に居る必要は無い、と」


 本当に家族の事を考えている人達だったんだ。もしかしたら一生解決出来ず、二度とショウコさんにも会えなくなるかもしれなかったのに……


「だから……私は父が日本を離れられるまで、父の側にいると決めた。女郎花教理の名を言わなかった……私の罪でもあるから」

「……うん。ショウコさんがそう決めたなら、名倉課長も喜ぶと思うよ」


 ショウコさんの事を話す名倉課長は父親だった。きっとショウコさんや彼女の母親は残された唯一の家族なのだろう。


「それに女郎花教理もストーカーの件も残火処理が終われば逆に日本にいる方が安全になるよ」

「そうだな。その時は母にも来てもらうつもりだ」


 一番幸せな形に落ち着くならそれに越したことはない。

 オレとしては名倉課長の側面を見れて、あの人に対する苦手意識はだいぶ薄れた気がする。


「やっぱり家族は揃ってる方がいいよ。特に一番近い身内はさ」


 オレにはもう縁の無い絆。父さんと母さんが今も生きていたら……今のオレを見てどう思うだろうか?

 母さんはセナさんと友達になってただろうし、寡黙な父さんもその輪に巻き込まれただろう。いや、オレと母さんが巻き込んだかも。


「なんだか嬉しそうだな」

「え? あはは。ちょっとね」


 恥ずかしい。オレも相当にホームシックだなぁ。もう、絶対に叶わない事に思いを馳せるなんてさ。


「ケンゴさん」

「ん?」

「今度は君の家族の事を聞かせてくれないか?」

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