第355話 にゃ、にゃん
猫耳と言う物を初めて触った。
モデルと言う仕事柄、そう言う物は何度か見たことがあったのだ。
特に最近、谷高社長からコスプレを主体にした雑誌を試験的に出そうと言う話が出ていて、その中の道具に
「ふむ」
それは何故かケンゴさんの家にもあった。しかも、彼の所持物であるとのこと。一人暮らしの男の家には常備されているのだろうか? 全く持って理解出来ない考えだし、着けて一体何が変わると言うのか。
私は机の上にポツンと置かれたソレを手に取り頭に乗せる。そして、近くにある手鏡を見た。
「…………」
それは目から鱗だった。なんと言うか、普段の自分にただ猫耳が乗っただけでここまで変わるとは!!
まるで違う生物。耳が四つあるのは変な感じだが、上手く髪で隠せば……って何をやっているんだ。私は……
「猫……好きなのか」
私は洗い物をしている彼の背中を見る。猫耳は頭から外すだけだ。もう少し色々と調べて見るか。
「えっと……」
スマホで猫耳を着けた者の心得を調べる。
笑顔で、にゃん! か……なるほど了解した。まずは笑顔――
手鏡を置いて笑顔を作る。しかし、意識するとどうも上手くいかない。普段の撮影では、そのままで良いと言われていたので作り笑いはやり方が解らない。
侮っていた。自然とカメラの前で笑顔になれるヒカリさんは相当に難しい事をやっていたのか……
もう少し情報を得る。
語尾に“にゃん”をつけると良いらしい。こちらはある程度は恥じらいがある方が良いとか。
「…………ゃん」
参った。思ったよりも恥ずかしい。やっぱり、慣れない事はするものじゃないな。
ケンゴさんはまだ食器を洗っている。困惑させる前に外そう――
と、少しスマホに触れて画面がスライド。
“普段とは違うアナタに異性は撃ち抜かれる、にゃん♪”
「…………」
そうなのか? 確かに、初めて猫耳を着けて鏡を見たら私でもファンタジーだった。
ふむ……混浴しても一線を越えない切実な彼に変化を与えるには別方向からのアプローチをやってみるのも良いかもしれない。
「よし」
この手の物事は下手に練習すると逆に上手く行かないものだ。ぶっつけ本番の方が自然体になれるだろう。
ケンゴさんが食器を片付けてしゃがんだタイミングで、そっと背中に寄り添い、耳元で――
「にゃ、にゃん」
少し噛んだ。
オレの部屋に猫は居ない。アパートにはジャックが放し飼いにされているが、基本的には赤羽さんの部屋に居る。
「にゃ、にゃん」
耳元で囁く、少し噛んだ鳴き声。
こ、これは……まさかショウコさん。着けたのか? 世界の男が異性に着けてもらいたいNo.1の神アイテムである
そして、ここからにゃんにゃん来るのか!? ゴロゴロと甘えて来るのかい!?
「……ふむ。外したか。情報はあてにならんな」
すっ、と寄り添った体重が離れる気配。あぁ!? 熟考が裏目に出たか!! 今からでも間に合うか!?
オレはカットインを入れた必殺技を放つように、ぶわっ! と振り向く。
「すまないな、ケンゴさん。見苦しい事をした」
そこには猫耳を外したショウコさんが申し訳なさそうに立っていた。その手には猫耳。
オレは……歴史的瞬間を逃したの……か? いや、まだだ! まだ終わらんよ!
「ショウコさん」
「ん?」
「じゃーんけーん――」
ぽん。オレはグー。ショウコさんはパー。
おのれ、パー!! 貴様はここでもオレの……オレの前に立ちはだかると言うのかっ!!
「……一応聞くが、何のじゃんけんだ?」
「……えっとね…………猫耳を……」
「声が小さいぞ」
「……疲れたから肩を揉んでもらおうと思いまして」
「そうか。じゃあ、私が勝ったし、私の肩を揉んでもらおうかな」
「はい……」
一歩……後一歩で世界は新たな歴史を刻むと言うのにっ! ソレを観測する事は……オレに叶わないのか!!?
居間に戻ってショウコさんは座る。オレも後ろで中腰になって彼女の肩をモミモミ。
猫耳+ショウコさん。
脳内の合成画像では完璧な生物として出来上がっている。しかし、それを現実として焼き付けるには実際につけた所を眼球から脳へ
可能なら写真に撮りたいなぁ。
「ケンゴさん」
「あ、ごめん。強かった?」
「いや。肩揉みの具合は良いよ。それよりも――」
と、ショウコさんはおもむろにご自身の頭に猫耳を乗せた。
乗せた……乗せた? 乗せた?? 乗せたぁ!!?
「君はこう言うのが好きなのか?」
それは目の前に居る。惜しむべくは、今オレは彼女の肩を揉む為に背後に回っていると言うことだ。
いや……焦るなオレ……今の状態を維持してもらったまま、肩揉みを終らせて神を拝むのだ。クールに行こうぜ。
「猫は好きだよ」
「ふむ。耳ではなくてか?」
「耳も好き」
「だからこんなモノがあるのか?」
「それは……社員旅行で買いまして……」
本当はダイヤの置き土産だが、社員旅行で行った滝沢カントリーでも売ってたからそう言う事にしても問題はあるまい。
「にゃん」
その言葉にオレの中で隕石が落ちる。
淡々としているショウコさんからの、にゃん、は普段との落差補正もかかる。凄まじい戦闘力だ! しかも背面でコレなのである!
「ふむ。今のはどうかな?」
「神話生物だった」
「ふふ。なんだそれ」
その時、インターホンが鳴った。ピザ屋でーす。と扉の向こうから声が聞こえる。
「私が出よう」
「あ、ごめん。お願い」
ショウコさんが立ち上がり扉へ向かう。
オレはショウコ猫に全身を射たれ、自由に身体を動かすまでに時を要したのだった。
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