第359話 ケェー!?

「ケンゴさん。私の全部を……見て欲しい……」


 至近距離でショウコさんはそう言うと、オレの上に乗ったまま身体を起こして、自分のパジャマのボタンを一つ、また一つと開放型していく。

 あ、ショウコさん。寝るときは下着を着けない派か……じゃねぇよ!


「ちょっ! ちょっと待ったぁぁ!」


 オレは三つ目のボタンを外した所で手を伸ばして止めた。お胸様が完全解放されるギリギリのラインである。


「……なんで止める?」

「いや……その……」


 そう。何故止めるのか。それに対する明確な答えは即座には出てこなかった。

 ショウコさんがまた顔を近づけてくる。キスの型!? くっ! 仕方ない! 不本意だが――


「ごめん、ショウコさん!」


 オレは彼女の三つ編みの先端に結ばれた“赤紐”を取る。それはショウコさんにとって肌身から離れただけで大慌てな程に大切な物だ。

 赤紐は少し離れた所に、ぽとっ、と落ちる。


「……」


 ショウコさんは少しフリーズ。恐らく、彼女のOSは色々と情報処理を行っているハズだ。


「……初めてだ」


 ショウコさんが口を開く。どうなった!?


「より……ケンゴさんが愛おしい」


 ケェー!? 完全に優先順位がバグってる!? 酔いって人類がかかると最も危険な状態異常だろ!


「ショ、ショウコさん! 一旦離れ――」


 キスの二発目が着弾。咄嗟にショウコさんの肩に手を置き、加減して引き剥がす。

 目が合う。上半身のパジャマから解放された豊満なソレはがっつり見えた。


「貴方とキスをする度に……どんどん――」


 その台詞の途中でブレーカーが落ちた様に、ドサッ……とショウコさんはオレの上で意識を失った。ギリギリのギリギリで……“眠り上戸”が発動したらしい。

 すぅ……すぅ……と健やかな寝息を立てている。


「な、なんとか……乗り越えた……」


 避妊具を押し入れの奥に隠し、布団を敷いて、ショウコさんを寝かせる。そして、そっと布団をかけてあげた。


「君がラスボスだったよ……」


 本日一番手強かったのは……ショウコさんだった。






 泣いている女の子がいた。

 彼女は色素の薄い髪で虐められて、一人の男に拐われた。

 暗闇で一人。頼れる人間も帰り道もわからない女の子は座り込んで泣き続けていた。

 私は彼女に歩み寄り、目の前でしゃがむ。


「大丈夫」


 私がそう言うと、女の子はグズりながらも顔を上げた。


「今は辛いと思う。何年も悪夢を見ると思う。けど大丈夫。そこから手を引いてくれる人が現れるから」

「……おとうさん?」

「ううん」

「……おかあさん?」

「違うよ」

「……ぐず……じゃあ……だれ?」


 私は空を見上げる。女の子も同じ様に見上げた。遥かに清み渡った晴天に浮かぶ雲。そして、その傍らを飛ぶ鳳――


「見える?」

「……雲だけ……」

「でも、もう暗闇じゃない」

「昌子!」


 名前を呼ばれて女の子は振り向くと、そこには彼女の父親と母親が居た。二人は駆け寄り、彼女を抱き締めた。

 女の子は安堵から泣く。

 これからとても長い道を彼女も歩くだろう。でも、きっと大丈夫。

 私はその家族に背を向ける。

 景色はタンカー船に移り、そこで彼と共に悪夢と対峙する。


「ふふ。貴方はその姿で現れるんだな」


 ユニコ君『Mk-VI』。端から見るとだいぶ色物だな。


 景色は屋敷へ。踏み込んでくる覆面集団。集まるキッカケは彼で間違い無かっただろう。


「全く……危ない真似を」


 彼がナイフで刺された時は心底怖かった。けど、彼は何事も無く笑っていた。


 そして、景色はアパートの前に移る。

 夕焼けに染まるそれを私は見上げていた。道の先には父と母が背を向けて立っている。

 その二人の背に私は言う。


「もう一言だけ、彼に伝えたら行くよ」


 




 私はゆっくりと目を覚ました。

 あたりはまだ暗い。近くに置かれた時計が、月明かりに時間を表示している。


「……深夜か」


 頭がふわふわする。確か、ケンゴさんに勧められたジュースを飲んでからずっと変だった。服を脱ごうとしたり、キスをしたり……


「夢……じゃないか」


 パジャマのボタンがかけ違っている。隣では、腕をクロスして囚人を拘束する服を着たケンゴさんが寝ていた。


「どこにこんな物が……ふふ。トイレに行きたくなったらどうするんだ?」


 思わずツッコんでしまう。きっと……彼は私には手を出さなかったのだろう。切実……と言うには少しばかり変な動きだ。

 こちらの身体に興味はあるが、一定の距離を厳守している。それを徹底的に。


「何がそこまで……貴方を縛る?」


 返答は無いとわかっていても、聞いておきたかった。

 容易く話せぬ程に重い過去。彼の内にある闇はとてつもなく深いのかもしれない。それでも――


「……ケンゴさん。私は……貴方が好き」


 この気持ちは、どんなに年月が経っても変わらないだろう。それだけ、この恋は特別なモノなのだ。


「……でも、私じゃ貴方の心は開けない」


 私はそっと彼に顔を寄せると、その頬にキスをした。

 それが、今の私が彼に出来る……“精一杯”なのだろう。


「願わくば、貴方を縛るモノから貴方が解放されますように」


 夜の空に流れる雲を私は窓から見上げた。

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