第267話 説明の機会をください!

「えっと……名倉課長――お父上は、同棲の件を了承しているので?」

「ああ。問題ない」


 オレは帰りの電車に乗ると、ガタンガタンと規則的に揺れる車両と吊革に掴まり、前に座る娘さんに尋ねる。


「仕事とかは……?」

「雑誌の撮影は一通り済んでるのでな。しばらくは休暇扱いにしてくれている」


 つまり、何も問題は無い。あるとすれば……オレの心労くらいか。やっぱり、赤羽さんに話を通さなきゃなぁ。


「……ケンゴさん」

「はい?」


 少しびっくり。“さん”付けで呼ばれる事なんて全く無いからだ。


「不快だったらすまない。やはり同棲するレベルなら、それなりに距離の近い呼び方が良いかと思ってな」

「その前に……作戦的なヤツをオレは何も知らないんですけど……」

「私もだ。父上からは、恋人の様に過ごしなさい、とだけ言われている」


 彼女も作戦の全容は知らない様だ。

 敵を騙すにはまず味方からと言うが……自然体の方が良いとしても、もう少し情報が欲しい所だ。


「これは私の予想だが、恐らくストーカーは、私が移動した事を既に察しているだろう」

「まぁ、そうですよね」


 電話番号を変えてもすぐに反応されるくらいだ。筋金入りの変態だろう。


「そこで、君と過ごす事で回りで起こる不可解な変化を捉える事が出来ればストーカーを肉薄する事が可能、と言う事なのかもしれない」


 娘さんの予想は色々と筋が通る。流石は名倉課長の娘さん。父親の考えは想定していると言う事か。


「普段とは違う環境が必要と言うことですね」

「そうだ。君と付き合ってると言う体裁でデートを数回重ねる程度ではストーカーを捉えるには時間がかかる。時間がかかるのはお互いに不利益だろう?」


 極端に距離を近づける事で、ストーカーを無理やり引っ張り出す算段か。

 もしも、興信所を使っていたとしても普段はない人の動きで察知出来るだろう。


「早期解決の案としても悪くはない作戦だ。故に、私の事も下の名前で呼んで貰って構わない」

「えっと……ショウコさん?」


 名前で呼ぶと、ふむ……悪くない、と娘さんもとい、ショウコさんは呟く。


「それで、私はケンゴさんと呼んで良いのかい?」

「参考までに、他には何て呼び方あります?」

「ケンゴ、ケンゴ君、ケン、ケン君、ケンちゃん。好きな呼び方があれば」

「……ケンゴさんで」

「それで行こう」


 何て言うか口調からは、嫌々とか、仕方なく、と言った雰囲気は全く感じず、まるで義務のように淡々とこなしてる感じだ。


「時に、ケンゴさん」

「なんです?」

「降りる駅はここじゃないかな?」

「え? げっ!?」


 ショウコさんに言われてオレ慌てて彼女の手を取る。


「降ります降りまーす!!」


 発進する前に乗り込む客に謝りながら、なんとか下車する事が出来た。






 アパートに着いたショウコさんは、ほー、と珍しげに建物を見上げる。

 結構良いところに住んでたらしいからなぁ。ミサイルでも撃ち込まれたら粉々になりそうなアパートを珍しいと感じているのかもしれない。


「赤羽さん」

「おや? お帰りケンゴ君。君は私の知らない巨乳美女を良く連れてくるね。しかもリンカ君が居ないタイミングとは、酷い色欲もあったモノだ」


 部屋で着替えてから赤羽さんの所に顔を出そうと思ったら、履き掃除している彼と遭遇した。

 そして、開口一番にそう言う事を疑ってくる。


「え? あ、いや! 説明! 説明の機会をください!」

「失礼、御仁」


 慌てるオレの横から、ショウコさんが前に出る。


「私は流雲昌子と言う者だ。今回の件は私の方に非があり、彼には大きく甘える形になってしまっている。私の都合でこの様な形になってしまったと理解して欲しい」


 あら、できた娘さんであるわね。どこかのアメリカおっぱい姉さんとは雲泥の差。大人な対応にオレも一安心ですよ。

 赤羽さんはショウコさんの言葉を聞いて、少し考える。


「なるほどね。色々と込み入った事情があるのは解ったよ」

「それでですね……しばらく、彼女をオレの部屋に住まわせる事を許可してくれませんか?」


 その言葉に赤羽さんはオレとショウコさんの両方を見る。そして、


「構わないよ。ただし、詳しい説明はきちんとしてくれたまえ」

「それは勿論」


 陸君に連絡してこちらも把握していない全容を聞いてもらおう。すると、赤羽さんはオレだけに聞こえるように肩に手を置いて、


「ケンゴ君。少しはリンカ君の気持ちも考えたまえ。困った人に損得無しに手を貸すのは君の美徳だとは思うが、何でも安請け合いするモノではないよ?」

「え、あ、は、はい……」


 やっぱり、軽率だったかなぁ。しかし、困ってる人を見過ごす事は考えられないのだ。目の前にリスクが見えていても、反射的に引き受ける形で動いてしまう。

 オレの身体……今後も苦労すると思うが宜しく頼むぜ。


「……ふむ」


 何の、ふむ、なのか。ショウコさんは少しだけ何かを思う様にそう呟いた。


「報酬は前払いが良いか……」


 何か言ってるなぁ。変に言及しない方が良さそう。

 すると、ジャストタイミングでショウコさんの荷物が届いた。荷物は旅行鞄が二つだけなので、オレはほっとする。

 家具なんかも運ばれたらマジで困ったことになるからだ。

 旅行鞄の一つを持ってあげ、赤羽さんに会釈してからアパートの二階へ。


「ちょっと狭いですけど……」


 そう言ってオレは自室の扉を開け、彼女を招き入れる。

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