第266話 君と同棲するからだ

「えーっと、色々と情報過多なんですけど……」


 名倉課長はいつも通りの雰囲気のままだ。オレの苦手な彼のまま、説明を続ける。


「姓が違うのは私が離婚しているからです。娘は妻について行ったのです」

「あ、ちょっと! ちょっと待ってください!」


 オレは慌てて止める。このまま話が進むと、不都合な事があっても何も断れなくなりそうだからだ。


「話を整理したいんですけど……」

「ええ、どうぞ」

「名倉課長の娘さんが、流雲昌子さんで」

「はい」

「ストーカーの被害にあってて」

「そうです」

「それで……僕と一緒に居て欲しいと?」

「その解釈で問題ありません」

「何故ぇ!?」


 オレは色々と段階を越えた名倉課長の提案に項垂れつつ叫ぶ。


 だって娘だよ? こんなに美人で、巨乳で、雑誌の看板を飾るレベルの愛娘を異性と共に居させるなど考えられる?

 あ、ちなみに一人称を“僕”って使ったのは格式の高い人に対しての礼節を重んじた行動ね。決してトラウマを思い出したからではない。


「私は明日から一週間ほど社長と共に出張に行くことになりまして。代わりに娘を見てくれる方で鳳君が最適だと判断したのです」

「えっと……どこ情報です?」

「多方面から。それに君には浮いた話しはあまり無く、鬼灯君や七海課長とも仲が良い。女性関係には切実だと聞いています」

「……加賀君とかは?」


 オレは近いステータスの加賀を薦める。しかも2課なので名倉課長にとってはオレよりも把握してる人材だろう。


「彼は最近、姫野君と付き合い始めたそうなので」

「えっと……じゃあヨシ君とかは?」

「彼には別の事をお願いしています」


 そっちはそっちで動いてるのか。社内幹部の事案を僅かな人員で動かすハズは無いか。


「それなら女性陣にお願いしてみては?」


 強い人、結構いますよ? 2課にはカズ先輩とか特に……


「私としては解決を望んでいます。女性ではその確率は低いモノだと判断しまして」


 どれだけの計画プランがこの人の頭の中にあるのか解らない。蜘蛛の巣のようにあらゆる情報を一点に集めた結果がオレなのだろう。


「それに、君の事は娘の会社でも推薦されていたのです」

「え? そうなんですか?」


 名倉課長が言うにはオレに頼む件は最初は娘さんの会社側で用意してもらうつもりだったらしい。しかし会社の側としては、どこから情報が漏れているのか不明瞭な事もあり、出来るだけ関係の浅い人間の方が良いとの事だった。


「君は初対面でも交友関係を築き易い人柄だと私も認識しています。娘には今以上の心労をかけたく無いのです。鳳君、どうか引き受けてくれませんか?」


 そう告げる名倉課長の口調はいつもの相手を探るような雰囲気ではなく、父親が娘を心配するモノだった。


 うーん……うーん……ここまで言われたら断る方が悪い気がしてきた。

 名倉課長の頼みだし……嫌な訳じゃないけど……うーん……いや、やましい事は無いですよ! 巨乳なんて馴れてるし! なんなら知り合い一杯いるし! それが+1されたくらいでなんて事はない! 無いんだけど……リンカ様がねぇ……それと、


「引き受ける以前に……娘さんはどう思ってるかだと思いますけど……」


 本人の気持ちは大事。


「それでは、娘に問題が無ければ鳳君の方は問題ないと?」

「……一応は……」


 言っちゃった……でも良いか。

 相手は多くのイケメンを日常的に視聴してるモデルさんだし。オレみたいなモブは相手にしないっしょ。






「私は構わない」


 終業後オレは名倉課長と共に会社の食堂で例のモデルさんと対面していた。

 食堂は定時後には利用不可になる為、他の邪魔が入らずに話をするには絶好の場所と言うわけだ。ちなみに社長から部外者を入れる許可は貰ってるとの事。


「あの……もう少し考えません?」


 父親がいきなり背景モブの様なオレを連れて来て、彼で良いかい? と聞いて即座に放たれた第一声が一番上の言葉ですよ。


「父上がそう判断したのだ。私には異論はない」


 名倉課長の事を一片も疑うこと無く、彼女はオレとの関係に同意してくる。


「と言う事です。鳳君、宜しくお願い出来ますか?」

「ま、まぁ……娘さんがそれで良いのであれば……」

「決まりですね」


 名倉課長は立ち上がると、どこかへ連絡を始めた。コワイナー。どこに掛けてるダロナー。


「私は流雲昌子だ」

「あ、鳳健吾です」


 すっ、と握手を求めて手を差し出す彼女にオレは応じる。


「しばしの間、よろしく頼む」

「何か……日茶目茶な感じになりそうですけどね」

「そうかな? 私としては最適な手段だと思っている」


 ちょっと彼女に違和感があるなぁ。何だろう。姿の見えないストーカーに狙われてるなら、もっとこう――


「他にも一通り言伝てをしました。鳳君、娘を頼みます」


 名倉課長のその一礼はビジネス適なモノは一切感じず、心から家族をオレを託す様な暖かみを感じた。


「ええ。任せてください」


 ならば、オレも応えるしかあるまい。若干流されてる感は否めないけど……オレが適任と言うのなら、可能な限り、役割を全うして見せるさ!


「ショウコ、迷惑を掛けない様にね」

「出来る限り、善処する」


 娘さんのその言葉に満足した名倉課長は、お父さん笑みを作り去って行った。


「それでは、私たちも行こうか」

「はい。ってどこへ?」


 オレは良く考えもせずに返事をした。


「? 君の家だ」

「あぁ、なるほど。オレの家ですか」

「ああ。着替えとかはもうすぐ届く予定だ。早く行こう」

「……あの」

「ん?」

「なんで、着替えが必要なのです?」

「それは事が済むまで君と同棲するからだ」


 道案内を頼む。と言って彼女はすたすたと歩いて行った。

 オレは次々に入ってくる新事実に考える思考が置いてけぼりになり身体も停止する。


「鳳。やっぱお前の守護霊は煩悩の神だな」


 少し離れた席に座っていた坂東さんは、読んでいる新聞をずらしてオレを見るとそう言った。


 安請け合い、絶対ダメ!

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