第263話 ケリをつける

 縁側のガラケーが鳴る。

 “持ち歩ける黒電話”と言う認識でしか携帯電話を持ち歩かない老人にとって自分の携帯は身内用だった。

 外部からの電話は自宅の黒電話の番号だけを外には伝えてある。


「…………チッ」


 鎌を研いでいた老人は携帯の連絡者を見て拒否を決め込む。

 再度着信。一応相手を確認して、同じヤツからのモノであると見てポイっと捨てる。

 しばらくすると、止んだので砥を再開――


『電話に出ろよ。ジジィ』

「……」


 すると、スピーカーモードでこちらにスマホを向ける、トキが居た。





 オレは旅行から帰って直ぐに田舎に連絡した。

 飛び出して約6年。急に帰ってもリンカ共々、追い返されかねない。そんな事態にならない為の連絡である。

 一番の理由は……まぁ、ジジィに話をつける事なんだけど。


『……』

「ついに無視か。それとも耳が遠くなったのか? 祖母っ様」

『前者じゃ、ケンちゃん』

「じゃあ勝手に言うわ」


 ケンカ別れの様に飛び出した。一筋縄では行かないと思っているが、それでもいつかは帰る必要があると思っている。


「年末、帰るよ」

『……』

『ほほ。ケンちゃん帰って来るんか?』


 相変わらずジジィは無視だ。刃物を研ぐ音は聞こえるのでそこには居るのだろう。少し、イラッとした。


「そろそろ、どっかの誰かさんがポックリ逝くんじゃないかって思うてな」

『……』


 挑発に乗ってこない。ホントにめんどくせぇジジィだ。


『じゃあ女。女連れてこんかいな。“○○○しないと出れない部屋”用意しとくで』

「ばっ様……どこでそんな知識得てるんじゃ?」

『からかうのも日々、知識のあっぷでーどが必要なんじゃよ。昨日までのばっ様だと思うと痛い目を見るで』


 ばっ様はまだ進化を続けているのか。からかいスキル全盛期とか、少しだけジジィが気の毒。


『そんで、一人で帰って来るんか?』

「……多分、三人」


 オレとリンカと保護者にセナさんも一緒に来る事を想定する。


『両方、女子おなごか?』

「まぁ……」

『乳はデカイか?』

「そりゃ。あ」


 思わず口が滑り、ばっ様の洗練された、からかいスキルが炸裂する。


『ほほ! なんじゃなんじゃ、ケンちゃんや。“はーれむえんど”ちゅうヤツかいな。うはは』


 このままだと、話があらぬ方へ転がり落ちていくので真面目なトーンで告げる。


「……少し吐き出そうと思ったんだ」


 オレはリンカには全てを包み隠さず話すことを約束した。その舞台はきちんと整えなければならない。

 オレの真剣な口調から心情を察したばっ様も真剣に返してくれた。


『ケンちゃんや。ウチは安心したで』

「……ありがと」

『しっかし、ケンちゃんは前に進んどるっちゅうのに、どっかの誰かさんはしかめっ面で刃物を研ぐばっかりで話そうともせんなぁ』


 ばっ様はそう言ってくれるが、こうなったジジィはテコでも動かない。


「いいよ、別に。年末に帰るって事だけ知っててくれれば」

『何か言いや、じっ様』

『勝手に出て行ったのはお前だ』


 相手を威圧する声低い声。その声だけで生半可ではないじっ様の生き様が垣間見える。


『今更、帰ってきて何をする?』

「あの夜と船に向き合う」


 オレは迷いなくそう告げた。過去はもう追い付いて来た。その度に……リンカに手を引いて貰うわけにはいかない。

 彼女の側に居られなくなったとしても、隠し続ける事はもうできないのだ。


『……勝手にしろ』

『行ってもうたわ』


 どうやら、じっ様は去って行った様だ。


『ケンちゃん。帰って来てええぞ』

「じっ様の許可が出ておらんが?」

『じっ様は、自分から席を外したんじゃ。つまり、ケンちゃんの好きにせぇっちゅう事じゃて』

「――ばっ様」

『なんじゃ?』

「じっ様の好物は昔から変わっとらんか?」

『貢ぎ物は有効じゃぞ』


 オレはこれを機に、また昔のようにジジィの隣に座れると思っていた。

 この時までは――






 ケンゴが年末に帰ってくる際の事を、少しだけ話してからトキは通話を切った。


「年を越しに来るそうじゃ」


 トキは蔵の入り口から中に居る老人に告げる。

 老人は蔵の更に奥にある、厳重に鍵のかかった銃棚から一つの古い銃を取り出し、動作を確かめる。


「トキ」

「ほいな」

「外の面子とはどうなってる?」

「話しはつけたで。天月と大宮司から一人ずつ。クロトにも声をかけたが、来れたら来るそうじゃ。ゲンも来ると言うておった」

「才蔵は今、何をしてる?」

「アホやらかして檻ん中じゃ」

「……」

「まぁ、アレはいらんじゃろ。村の男衆も居るし、護るだけなら十分じゃて」

「封鎖の件は?」

「そっちは役所の方に書類を提出しておる。しかし、結果が出るのはちと時間がかかると言うておったわ」

「最悪の時は直接王城に談判せぇ」

「やむ無しじゃのう」


 この件はこの地域のみならず、他にも被害が出る可能性が高い。緊急性を要すると言っても通じるだろう。

 老人は整備に必要な銃を複数持ち出す。


「年末までに熊吉とはケリをつける」






「ほほほ」

「なんじゃトキ。言いたい事があるなら言え」

「楽しみじゃのう? ケンちゃんとの年越し♪」

「やかましい」

「頬の緩みは隠せておらんで♪」

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