第262話 あたしも同じだ
“今日からお前は『鳳』だ”
最初にそれを言われた時は意味がわからなかった。けど、何となく察してはいた。
そんな祖父に対して反抗するように田舎を出て、多くの人と笑い合って、そんな事はもう起こらないと思っていた。
だって誰も
「“大鷲”健吾君」
そう思っていた。
「あ……」
「その反応は、当たりと見ても良いかい?」
阿見笠議員……なんで、その名前を……大切な名前だ。オレと……父と母を繋ぐ名前。身内以外で知る人は絶対に居ない。居るとすれば――
「月島
阿見笠議員はオレへ歩み寄る様に返答を望む。
「オレの親父さ。あの船に乗っていたんだよねぇ」
記憶にノイズが走る。強制的に映像を巻き戻しているかのように――
“迷子かい? 君は……大鷲先生の所の子だね?”
オレじゃない……
彼の後ろから暗闇が飲み込むように迫ってくる。
「聞きたいんだよねぇ」
止めてくれ……オレは……僕は……あの時……何も……
「親父は何の為に――」
パシッ。とオレは手を握る感覚にそちらを向いた。
「……」
リンカがオレの手をとっていた。
リンカはケンゴが旅館へ戻った様子をバスの窓から見ていた。
忘れ物かな? でも……彼の事だから何かトラブルでも起こして結局遅れそう。
そう感じたリンカは、自分も忘れ物だと言ってバスを降りて旅館の中へ戻った。
すると、阿見笠とケンゴが対面していたのだ。
ようやくだ。
ようやく……父さんにたどり着いた。
ナガレはケンゴの反応から確信した。
彼は全てを知っている。あの船で起こった出来事の全てをその記憶に留めている。
別に彼の今の生活を壊そうなどとは考えていない。ただ知りたいのだ。
「親父は何の為に――」
確信を問いただそうとした時、ケンゴの手を取るリンカの姿に言葉が止まった。
「鮫ちゃ――」
「……」
リンカの敵意を宿す眼を向けられて、ナガレは言葉に詰まる。彼女は、行くぞ、とケンゴを引っ張って行った。
「…………参ったねぇ」
ナガレはポリポリと後頭部を掻く。
ある程度は想定していたが……“過去”と“未来”を同時に相手してしまったか。
流石に両方に対しての言葉は咄嗟に出て来なかった。
「やっぱり、今の彼も調べる必要がありそうだねぇ」
先に外堀を整える必要があるか……
帰りは移動だけだった。
途中、高速のサービスエリアにてトイレ休憩を挟み、その後は何も問題なく、出発時のバスターミナルに到着した。
「皆! お疲れ様! まだお昼だが! 明日は仕事に学校だ! 各々で休息を取り、明日に疲れを残さないようにしてくれたまえ! 荷物を受け取った者から帰っていいよ! 金田さんに挨拶も忘れずにね!」
「また宜しくお願いします」
金田さんは新たな単語で返してくれた。謎の経歴を持ち、闇深そうな半ズボンだったが、グレーに近い白であるとオレは思っている。
「今回はありがとうございました」
リンカは同行者全員に一通り挨拶をしていた。オレは金田さんと全員の荷物を取り出す役目を買って出たので、その間を待つ意味もあったのだろう。
最後に社長の荷物を出し、金田さんがトランクを閉める。
「それじゃオレ達も失礼します」
「ありがとうございました」
「うむ。明日に会社でね!」
「またね、リンカちゃん」
オレとリンカは最後まで残っている社長と轟先輩に挨拶をして、帰路についた。
「楽しかったよ」
旅行鞄をゴロゴロ転がしながら前を歩くリンカはオレの質問を先読みして先に回答する。
「それは良かった」
リンカは終始楽しそうにしていた。彼女の人生においてもプラスとなる行事になっただろう。皆もリンカの事は妹のように接してくれたし、誘って大正解だった。
「あの人達に囲まれてるなら仕事も楽しそうだな」
「そうだね。でも仕事ってそれだけじゃないからね。日々ストレスとの戦いさ」
「でも、自分らしく居られる場所って心地良いだろ?」
リンカは笑う。本当に楽しかったようだ。
「でも、お前は笑ってない」
と、いつの間にか目の前でオレを見上げる様に詰め寄っていた。こちらの心を見透かす様に目線を向けて来る。オレは咄嗟に誤魔化す様に返答した。
「そ、そうかな?」
「……まぁいいよ」
そこからは無言。最後の最後に遭遇した彼の存在は……無視することは出来ない。
いつかは追い付いてくる……あの船の惨状は当事者と関係者には決して忘れられない事だろう。誰か一人は追いかける存在が出てくる。
祖父はそれが解っていたから……オレを『神島』で護ろうとしたのか……
「……今更わかるなんて」
祖父の言葉を理解もせずに飛び出した自分は、つくづく子供だったと理解させられた。
アパートの前に着く。セナさんはまだ帰って来てない。
「あたしも同じだ」
部屋の鍵を開けていると隣でリンカがそう言ってくる。
「お前をあんなに怖がる顔をさせる奴は許せない」
「――リンカちゃん」
すると、リンカはビシッとオレを指差す。
「今から何も食べるなよ」
「え?」
「夜ご飯を食べに来い。あたし一人だとお母さんへの土産話が追い付かないから」
「……ハハ。了解」
そんな彼女の気遣いに、重い過去が少しだけ軽くなった気がした。
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