第259話 世界で最も可愛いキャッツ
「……」
通路の角から甘奈は顔を出して右と左を確認する。その頭には猫耳が乗っていた。
「大丈夫ですか?」
用がなければ従業員の人しか通らない通路を選んで進んでいる為、人影はなかった。
「大丈夫そうだよ。リンカちゃん」
こそこそと後ろについているリンカの頭にも猫耳が乗っていた。
二人はもれなく鬼灯にババ抜きで負けて、猫耳を着けた状態で売店に行き、簡単な物を買ってくる様に言われたのだ。(代金は鬼灯持ち)
要するに罰ゲームである。
「せめて、知り合いには見られない様にしないとね」
「そうですね……」
前にダイヤが来たときに経験のあるリンカは少し慣れていたりもする。でも、恥ずかしい事には変わりない。
「まさか狙い打ちされるとは……」
「うぅ……詩織ちゃん容赦ないよぉ」
今回のババ抜きは特殊ルールとして、鬼灯が上がった時に残っていた者が罰ゲームを受ける事になっている。
一回目は七海がリベンジで負けて、二回目は轟とリンカが狙い打ちされたのだ。
「売店ってまだ開いてましたかね?」
某スニーキングゲームの様に移動する二人。手には200円が握られ、轟が先頭にて(お姉さんなので私が先導しなきゃ! 精神で)前に進む。
「ここの売店は九時までやってるから、まだギリギリ開いてると思うよ。旅館の地図も頭の中にあるから道案内は任せて!」
廊下にある時計を見つつ、旅館の内情を把握している轟。リンカは頼りになるその背中に全てを任せる事にした。
「問題があるとすれば、予測のつかない人の動きでしょうか?」
動きが予測をしにくいのは、黒船やケンゴにヨシ君。特に二人としては黒船とケンゴには今の状態(猫耳装備)では会いたくないものである。
「んー、社長は大丈夫かな。今、皆でポーカーやってるみたいだし」
「そうなんですか?」
「さっき、LINEで私の写真を賭けて良いか聞いて来たから」
それは、轟の寝顔写真である。
寝ている時の顔色から健康状態を見比べるために撮られたモノで初期から最新の物まで現在では50枚を越えている。無論、全力で、ダメダメダメダメ!! 絶体ダメです!! と拒否した。すると黒船は、
“残念! これが賭けに上がるなら私は負けないのだがね! ふっはっは!”
と返して来ていた。
「社長さんって負けそうに無いですけど」
「うっ……まぁ……確かに社長はラスベガスでも最後以外は大負けは無かったけど……」
「ラスベガス……」
凄い経験をしてるなぁ。とリンカは純粋に二人の行く先で濃い経験となった話に興味が湧いた。
「ごめんね。ケイちゃんとかなら頼もしかったんだけど……」
「そんな事ありません。甘奈さんは十分に頼もしいです。陣取りゲームの時の説明も仕事モードって感じでカッコよかったですから」
「え? そう? かっこよかった……えへへ」
でも、OFFの時の可愛らしさのインパクトが強くてONの時が霞んじゃうんだよなぁ。
それでも彼女は自分とは比べ物にならないくらいの人生経験を持つ社会人。時折見せるしっかりとした眼差しは、頼りになると思わせた。
「うん。よし」
知り合いどころか、誰ともすれ違う事なく売店まで辿り着いた。運はこちらに向いている様だ。
「おやおや。可愛いお客さんだねぇ」
すると、売店にいる、ぽ○ぽた焼き風のお婆さん店員にほんわかした視線を向けられた。
轟とリンカは、どうも、と少し赤面しつつも各々、一口サイズのお菓子を買う。
「袋はいるかい?」
「大丈夫です」
帰りも隠密の必要があるので、音の鳴る物は極力控える。証拠のレシートとお釣りを握りしめてここから折り返しだ。
「珍しいねぇ、お前が煙草を吸うなんてさ~」
「ふん。たまにはワシも吸うわい」
「昔から嬉しい事あると吸う癖によ~」
売店を出た所で、そんな会話をしながら歩く火防とナガレに遭遇した。
「……はわ」
「あ、こんばんは」
「お。よっす、鮫ちゃん。甘奈ちゃんも」
ナガレが片手を上げて挨拶をしてくる。
それにリンカはペコリと頭を下げるが、昨晩の記憶が失われている轟に取ってはこれが二人とのファーストコンタクトだった。
特に火防に対しては――
「……甘奈……お前は頭に何を乗っけとるんじゃ?」
「な、なんで!? なんでここに居るの!?」
「何でって……昨日も会ったじゃろが」
「し、知らないよ! わわっ! ひゃぁぁ!」
恥ずかしい所を見られて、頭の猫耳を取るよりも逃げる事を選択する。
リンカの手を取って走り出すと、
「ん? なんだい! ポーカーで普通に負けて、ポテチでも買いに来たらとんだエンカウントだよ! こんな所に世界で最も可愛いキャッツが生息していたというのかっ! ふっはっは!」
後方から歩いて来た黒船に挟み撃ちの用な形になる。
「せ、正十郎さん!? ひぁぁぁ!!」
と、顔を隠して引き返すと再び火防が正面に。
「おい、甘奈。落ち着――」
「う、うひぃぃぃ!!」
「深呼吸だ! 甘奈君!」
「わひゃぁぁ!?」
前門の火防、後門の黒船。前に後ろに叫びながらウロウロする轟はコントの様だった。
「そんでさ、君たちは何で猫耳をつけてんの?」
「……罰ゲームです」
「へー。あ、写真撮って良い?」
「ダメです」
混乱に混乱が重なる轟の手から離れたリンカは、ナガレと共に彼女の電池が切れるまでその往復劇を眺めていた。
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