第239話 接敵

「この勝負には旗の他に間接的に勝負を決める決定打が存在する」


 ゲームが始まる前にルールの中にて、その事を気づいた両陣営は旗の役割を大きく見直す事になった。


“相手の旗を取る”


 それが敗北条件であると同時にそこに到達するプロセスは至極単純であり、それ故に簡単には行かないだろう。


「時間です。ゲームを開始してください」


 スマホの時間で13時を差した瞬間に運営の統括者である轟は両チーム、全員のインカムへ開始の宣言をした。






 Aチーム(黒船陣営)。


「相手のスマホを抑えるんですか?」


 がさがさと森の中を進む佐藤はインカムにて、横に距離を置いて進む黒船へ尋ねる。


「勝ち負けは旗だけどね! ソレを探知するスマホはこのゲームにおいて重要な要素ファクターなのだよ!」


 その会話に樹も参加した。


「基本的には旗は誰かに護らせる方が良い! だが、それは実力差がある場合しか機能しないからね!」


 一度、旗を目視で捉えられれば詰み。しかし、その詰みを最初から外す事が出来るのは旗を隠す事にある。


「森の中に旗を隠した場合に自力でソレを探し出すのは不可能だ。そこで機能するのが探知スマホなんだ」


 十メートル圏内にいる七海も会話に割り込んだ。


「旗を隠すと言う行為は諸刃の剣だ。だが、我々の作戦なら何も問題はあるまい」


 黒船の考案した作戦はある種の賭けに近いモノだった。しかし、勝算は七割近くあるとチーム全員が納得しての実行である。


「こっちのレーダー係の情報は逐一頼むよ! 状況によっては一度に両方を取れるかもしれないからね!」






 Bチーム(真鍋陣営)。


「……鳳どう見る?」

「あー、オレが知る限り一番相手にしたくない陣形ですね」


 真鍋は自陣で最も山中活動に精通しているケンゴに状況の危険度を問いただしていた。

 黒船達は通信が取れる十メートル以内を維持してこちらへ向かってローラー作戦をやっている。

 進行先は探知スマホを持つ者が指示を出しているのだろう。


「そうか」

「あれじゃスマホを持ってる人が誰なのか分かりませんよ。可能性として高いのは樹さんか社長です」


 小柄で障害物の多い森の中を動きやすい樹か指揮能力と個人としての実力の高い黒船。更にその考えの裏をかいて、別の誰かが持ってる可能性もある。


「やっぱり旗は――が持ってた方が良いです」

「なら……そうするか」

「オレもそろそろ潜ります」

「鳳」

「はい?」


 真鍋は行動に入るケンゴに改めて問う。


「負ける気はない。相手が上司でも遠慮はするな」

「その辺りは大丈夫ですよ。本気でやるときは……絶対に負ける気はないんで」


 Bチームも動く。






 Aチームのローラー作戦の進行中、一つの太い幹の木を通過しようとした瞬間である。

 木の影から飛び出した腕が佐藤の首に蛇のように絡まる。


「うげぇ!?」


 隠れていた茨木が真ん中を歩いていた佐藤を強襲。容易く意識を奪い、静かに木に座るように寝かせた。


「おっとゴメンねー」


 謝りつつ探知用のスマホを持ってないか探る。ついでに旗の有無も確認。収穫はゼロ。


「S無し」


 茨木はインカムでチームに分かるように報告を入れる。


 その通信に黒船と七海は驚いて反応が少し遅れていた。


「中継がやられた!」

「七海さん、私は予定通り動くよ」

「頼みます」


 七海は隣に居た鏡子にそう言うと佐藤の元へ走る。恐らく黒船も現場へ向かってるハズだ、と。


「佐藤!」


 映画でやられた敵役のように木にもたれ掛かって気を失っている佐藤を発見。

 道場で自分が鍛えている手前、簡単にやられる様なヤツではない。


「あっさり殺れる奴とすれば――」


 その七海を木の上からそっと背後に降りた茨木は捕まえようと襲いかかる。


「お前だよな? 茨木」


 気配を感じとり、茨木の捕縛を身を屈めて避けた七海は身体を回転させて容赦なく回し蹴りを放つ。


「うっは! やっぱり……強力ですねぇ。七海課長!」


 側頭部を狙った蹴りを茨木は肩で受け止めると、片方の手で蹴打の足を捕まえようと動かす。

 すると、七海は飛んだ。地に着けていた軸足をためらい無く跳躍に使うと、そのまま茨木の首と腕を取って空中十字固めへ――


「やっば!」


 ソレを察した茨木は捕縛を諦めて身を低く後ろに下げる。するっと動くような独特の歩法は使い込んだ技術を感じる動作だった。


 不発に終わった七海は地面に落ちるが、落ち葉と受け身でノーダメージ。茨木は倒れた七海へ追撃しようとするも、逆に敗北の悪寒を感じて止まった。


「……んだよ。来ねぇのか?」


 うつ伏せで待っていた七海は、悠々と起き上がると身体についた落ち葉を払う。


「いやー、やっぱり半端ないですね、七海課長は。初めてですよ。女子にリアルな敗北の未来ビジョンを見せられたのは」

「お前も相当だ。オレの本気じゃなかったとは言え、オレの蹴りを耐える女は日本には居ないと思ってたからな」

「本当ですか? 嬉しいなぁ♪」


 くっくっく。あははは。と笑う二人は互いの実力を勝算する。そして、ひとしきり笑いあった後、


「互いに見なかった事にしません?」

「悪いがそれは出来ねぇな。ウチのメンバーが一人殺られてる。お前にな」

「ああ、そうでしたね」

「おう」


 そして、それ以上の言葉はなく、二人は不適な笑みを作ると戦闘を再開した。


「…………」


 俺……死んでないんだけどなぁ。

 佐藤は気を取り戻していたが目を開けずにじっとしていた。

 目の前で猛獣が二匹暴れているのなら死んだフリが一番安全だと思ったからである。

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