第240話 スピード勝負

「っと」


 オレは真鍋課長の元を離れ、インカムを聞いて待機しているリンカと岩戸さんに合流した。


「どうでしたッスか?」

「一定のラインを保ったまま、こっちに来てるよ」

「追い込み漁みたいなもの?」

「そんな感じ」


 ケンゴは探知スマホを取り出すとAチームの旗の位置を確認する。

 目測で見た横の列よりも少し後ろの位置に反応がある様だ。


「流石に後ろか。回り込んでると先に旗を取られるかも」

『S無し』


 その時、茨木から通信が入る。


「……カズ先輩。佐藤を仕止めたのか……」


 一応は、佐藤も一般人ではなく武をかじっている。ソレをあっさりと殺るとは……


「通信は混線してる。これは相手にも聞かれたぞ」

「その為にパッと聞いても解らない様にしたからね。単純だけど効果あると思うよ」


 インカムの通信は想定通りに同じ回線を使っている。十メートル圏内だったら全てのプレイヤーが繋がる様になっているのだ。


「ラインの後ろにいる人が旗を持ってる。カズ先輩が穴を作ってくれたからオレら三人で突破しよう」


 カズ先輩に相手チームは人員を割かなければならない。七海課長と並ぶ懸念は社長だけど……あの人はセオリー通りに動くとは考えにくいので今は無視でいい。轟先輩なら解るかもしれないが。


『いやー、やっぱり半端ないですね、七海課長は』


 通信から情報を拾えた。カズ先輩は七海課長と戦闘に入った様子。


「箕輪さん。行けます?」

『わりぃな~鳳ぃ。俺ぁ、戦力外にしてくれ』

「どうしました? 怪我でも――」

『他に手を割ける相手じゃねぇからよぉ。こっちを抑えないと、俺らの負けだぜぇ』


 潜伏して、旗を狙う者を奇襲する手筈だった箕輪さんが逆に捕捉されたとは……奥さんかなぁ。


「箕輪さん……相手は奥さんです?」

『まぁな。大人げなく本気でやんの。俺もマジで行かねぇとなぁ』


 と、言って箕輪さんとの通信が途絶えた。

 奥さんってそんなにヤバイのか? あの箕輪さんが言う程だから、只者ではないのだろうけど想像がつかない。


「……箕輪先生、学校ではカバディ部の顧問で昔は有名な選手って聞いたな」

「そうなの?」

「又聞きだから、詳しい事は解らないけど」


 この中で、箕輪婦人の事を一番知るのはリンカだ。加えて箕輪さんの情報を加味すると……


「やっば……急ごう!」


 社長、七海課長と同レベルがもう一人居た。もし、箕輪さんが抜かれたら流石に旗を奪われてしまうかもしれない。


「こっからはスピード勝負だ!」


 オレ、リンカ、岩戸さんはAチームのラインへぶつかる形で接近する。誰かが線を越えてその後ろにある旗を狙うのだ。

 相手が堅実に来るならこちらはセオリーを外れるまでだ!






「鏡子~。あんまりマジになるなよ~。遊びだぜぇ?」

「年甲斐もなくワクワクしてるんだよ」


 目の前には女だからと手を抜かれる事が嫌いな様を妻から感じ取る。


「言っておくが現役を退いてから、トレーニングを欠かした事はない」

「まったく……」


 箕輪はコキッと首を鳴らす。


「良い~女だよ。お前はなぁ~」

「ははは。お前に言われると正直照れる――」


 その瞬間、二人の雰囲気が変わる。

 方や牙を剥き出しにする『猛獣』。

 方や触れれば芯まで冷えると錯覚する『氷』。


「「カバディ」」


 『猛獣』は捕まえる事を『氷』は後ろへ抜ける事を目的に攻防を始めた。






「七海課長とカズ。箕輪さん達がぶつかってます」


 モニターで状況を見ながら姫野が告げる。


「お互いにセーブするとは思うけど、加賀君と泉さんは念のために目視でも見ててくれる?」

『了解です』

『任せてください♡』

「いざとなったら運営の権限でストップをかけていいからね」

『解りました』

『はーい♡』


 鬼灯と轟の指示を受けて加賀と泉も近場へ移動する。

 運営で反応を見ている三人には全ての状況が丸解りだった。故に、


「社長の動き……凄いですね」

「……下手をすればBチームは負けるわね」

「全部読んでたって事ですかね?」

「……全部、では無さそうよ」


 Bチームにも予測がつかない人間が一人だけいるのだ。


「虫除けスプレー取ってくるね。ちょっとだけ外すよ」


 そう言って轟は席を立つと、河川敷から旅館へ。

 そんな様子をコソッと見ている者たちが居た。


「岳ちゃん。三人とも拉致るのは難しそうだぜ? 男も二人いるし、インカムも着けてるし」

「さっきのは勢いて任せて出ちまった比喩だ。実際は群れから一人離れるのを待つのさ」

「なるほど! 岳ちゃんマジのハンターだな!」

「お前ら前もって言っておくが、前みたいに殴るのは無しな。痣があると萎えちまうから」

「わかったよ」


 轟が離れた様子に、三人はササッと河川敷から階段を上がった所で待機する。


「うーん。思ったより早く終わりそうだなぁ。皆が問題なかったら、もう一ゲーム出来るかな?」


 轟はそんな事を考えながら階段を登りきると、三人の男に囲まれた。


「やぁこんにちは」

「あ、どうも。こんにちわ」


 友好的な様子で好青年を演じる岳に轟は丁寧に頭を下げて挨拶をする。


「登山の方ですか?」


 岳の服装から確信に近い事柄を轟は尋ねた。


「ええ。河川敷に降りようと思ったら何かやっているみたいで」

「あぁ、すみません。騒がしかったでしょうか?」


 申し訳なさそうに謝る轟。しかし、岳としては情報を引き出す為に選んだ言葉である。


「いえいえ。単に何をしてるのか気になりまして」

「社員旅行でレクリエーションをしてるんです」

「山の中で?」

「そうですよ」


 と、なれば何か起こっても簡単には気づくことはないか。


「それなら、虫に結構悩まされてるのでは?」

「そうですよー」

「なら、虫除けスプレーが足りないのでは?」

「凄い。よく解りますね」


 ちょっろ。


「丁度、俺らもスプレーが余ってるんで、良かったらあげましょうか?」

「え? 良いんですか?」

「はい。山は皆の物ですからね。心置きなく楽しめる気持ちは誰だって共有するべきです」

「わぁ、ありがとうございます」


 こっちですよ。と、三人の後に轟はついて行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る