第238話 黒と黒

「よーし! 全員集合!」


 黒船は腕を組んでAチームを集めていた。


「うるせぇな。そんなデゲー声出さなくても聞こえてるっつーの」


 七海は相変わらずの黒船にうんざりするように呟いた。


「ふむ……諸君! ルールの把握は出来ているのかな!?」

「少々細かいが! 大まかにまとめると、モラルを護る事を重視している!」

「だ、そうだ! 二人共!」

「黒船社長と国尾主任が揃うと二倍声がでけぇ」

「スピーカーは要らなそうだ。この二人」


 佐藤と田中は仁王立ちで並んで佇む、人間スピーカーの二人を見て率直な感想を洩らす。


「声が大きいだけじゃないね。指導者としては必要な“眼を向けさせる声”を意図して二人は発してるよ」


 箕輪鏡子は教師としても必須とされるスキルであると二人に語る。


「失礼ですが、箕輪さんって動けるんですか?」

「数学教師と聞きましたが」

「ふっはっは! その心配は無用だよ! 佐藤君! 田中君! 彼女は一線を退いたと言っても腕の立つカバディプレイヤーだ! 箕輪君なら容易く押さえつけられるだろう!」


 鏡子の代わりに黒船が彼女のバックグラウンドを二人に伝えた。夫に同行して世界組のマネージャー的な事もやっていた事もあり、二人は顔見知りである。


「あの箕輪さんを?」

「マジですか」


 佐藤と田中は、夏祭りで容易く自分達を抑えた箕輪の実力を知る故に、鏡子の実力は自分達を越えているのでは? と焦る。


「お前ら、気合い入れろよ。どんな勝負でも勝つ気概で行くぞ」

「そりゃそうですけど」

「やるからには勝ちたいですが」

「んだよ、歯切れわりぃな」


 何か強すぎる女子多くない? 佐藤と田中は自分達の存在意義を考え、少し落ち込み気味だ。


「佐藤君、田中君」


 樹の声に二人は彼女を見る。


「これはレクリエーションだ! そして相手には現役のJKが居る! 何が言いたいか解るだろう?!」

「いや……全然解らないですよ」

「結論から言うの止めてくださいって」

「つまり合法だよ! 合法! ちょっとしたアクシデントで君たちがJKに触ったり、抱き着いたりしても今回のイベントに限り合法なのだよ! 吊り橋効果も期待できるかもな!」


 樹の発言に佐藤と田中は、ぽわぽわ~と脳内妄想が働く。


 佐藤さんって凄く力強いんですね。あたし、びっくりしちゃいました。

 田中さん。レクリエーションですし、触るのは仕方ないですよ。でも、責任は取ってください……


「やるぞい!」

「JKの森じゃあ!」

「よしよし!」


 二人のやる気スイッチを把握してる樹にそそのかされて、解りやすくやる気を出す二人。そんな二人に七海は呆れる。


「……ったくよ。そう言うのが相手に付け入る隙を与えるんだっての……」

「ふっはっは! 良いじゃないか七海君! 三大欲求は人類において最も原始的な原動力だよ! 何よりも全力で楽しむ事が大事なのさ!」

「お前はいつも面倒なくらい全力だよな」

「まぁね! そして、我々も距離のある関係から多少は近づかねば勝利は掴めまい?」


 握手を求める様に手を差し出す黒船に七海はめんどくさそうに息を吐く。


「今回だけだぞ。草子そうしの事、忘れてねぇからな」

「私もだ」


 そして、二人は一時的に握手を交わした。






「マップの調子はどう? 詩織ちゃん」


 河川敷に机とノートPCを置いて発電機にて電力を賄っている仮設運営は全員の位置を確認しながら最終チェックに入っていた。


「問題ないわ、甘奈」

「でも凄いですね。今の時代、ノートPC一つでここまで出来るなんて」


 三人に一つずつ割り当てられたノートPCには3Dマップとそこに点在の反応を見せるプレイヤーと旗の位置を詳細に表示している。


「スパイ映画の本部なんかが使ってそうなシステムですね」

「凄いよねー。社長が友達から試験運用を頼まれたんだって」

「その友達、何者ですか?」

「なんでも、四季彩市で大きな会社やってると社長さん」

「え? あの四季彩市でですか?」

「うん。えっと……名刺あるよ」


 轟は黒船から渡されていた名刺を、はい、と姫野に見せる。


「四季彩市協同組合組織『ファミリー』。代表『夜行黒斗』さん?」

「昔、知り合って意気投合したんだって。私も会った事あるけど、社長みたいにずっと笑ってる人だったよ」


 姫野は隣の鬼灯からも名刺を催促されて彼女に渡す。


「似た者同士同士は引かれ会うんですかね。昨日みたいに……」


 昨晩この河川敷で起こった筋肉同士の化学反応を思い出す。


「夜行さん。ただの商人じゃ無いみたいね」

「そうなんです?」

「ええ。まず、名刺からして何をやるのかよく解らないでしょう?」


 名刺とは受け取った者が渡された者の素性を一目で把握出来るように作るのが一般的である。

 しかし、夜行黒斗の名刺は漠然とした肩書きなのだ。


「これは、四季彩市の事情を知る人間にしか価値の解らない情報で、何も知らない人が見ても、その他大勢に埋もれる様な名刺だわ。それを意図して作ってるなら、あまりクリーンな事には触れて無いのかもね」

「え? なんか……そう言われると……このシステムも危険な気がしてきました」

「ふふ。冗談よ。社長自らが接触して名刺を交換したなら問題の無い人なのでしょう」


 脅かさないでくださいよー、と言う姫野に鬼灯は名刺返す。姫野はそのまま轟へ名刺を返した。


『轟先輩。一応、俺も位置に着きましたよ』

『こっちも準備完了です』


 無線と信号の中継器を持って山に入っている加賀と泉から連絡が入る。


「良く聞こえるよ、二人とも」

『俺は状況を見て適度に移動しますんで、そっちの映像とか通信に不具合が出たら連絡ください』

『私は低い方を移動します』

「うん。わかった。怪我に気を付けてね」


 中継機も問題なく動いており、PCも通信も概ね良好だ。


「そろそろ始まるから、二人とも各チームとの通信を確認してね」

「わかったわ」

「はーい」


 Aチームを鬼灯が担当し、Bチームを姫野が担当。戦いが始まる。

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