第235話 成績が悪かったアインシュタイン

 ミサキとこーちゃんがユニコ君に商店街から追放された後、俺は持ち前のコミョ力を発揮し、場の面子と友好の幅を深めていた。


 共通のゲームと言う繋がりは見た目の偏見程度には左右されない。相手を敬う気持ちさえあればいつでも皆兄弟なのだ。


 ちなみに鬼灯はその後に対戦を挑まれて、今も連勝を続けている。


 余談だが、レツ(40)はこの界隈では相当に有名人であるらしく、商店街にいるユニコ君を観測する三人の内の一人らしい。まぁ、その辺りはどうでもよかった。

 俺としてはそれなりにやり混んでるゲームを主軸に楽しく話を出来る事に満足である。


「七海君」


 すると、筐体に座り続けていた鬼灯が話しかけてくる。離れた筐体には54連勝の文字が。ちょっと目を離した隙に完全にガイアをモノにしてやがる。


「なんだ?」

「そろそろ帰るわ」

「おお、そうか。じゃあな。気をつけて帰れよ」

「じゃあな、ではないぞ! 七海くん!」


 話していた五人の面子の内の一人が声を上げ、つられる様に残りの四人も鬼灯を見て各々声を上げた。


「ユニコ君も格納庫に戻った!」

「商店街も危険な時間に入る!」

「か、彼女だろう!?」

「送っていくべきだ!」


 皆のたじたじの口調から女慣れしてない感が伝わってくる。そう言えば彼氏って名乗ったんだっけか。別に違うとカミングアウトしても良いだろう。


「送ってくれる? 彼氏さん」

「……わかったよ」


 まぁ……鬼灯の方も俺の彼女と言った訳だし。最低限、この場だけはその設定を貫く様だ。相変わらずの無表情で何を思っているのかはわからないが。


「え、えっと……鬼灯……さん?」

「何かしら?」


 おっと。勇気を出して一人が話しかけた。しかし、鬼灯の感情を廃した“何かしら?”に心が折れかけてる。眼は合っていないしカタカタ震えてるし。


「ま、また……き、来ます? 俺はハルトの使い手で……今日は無理だったけど……バトルしてみたいなって……」

「明日、時間があれば来るわ」


 そう言ってUFOキャッチャーで手に入れたユニコ君(クリスマスバージョン)の入った袋を肩から下げる鬼灯。そして、スタスタと歩き出した。


「よかったな」

「七海くんも来るよね!?」

「お、俺らだけじゃ無理だ!」

「そ、そう! あの子と会話がもたない!」

「目を合わせる事も出来ないのだ!」

「間に……間に入ってくれ!」


 俺たちだけじゃ話しかけられない! とすがってくるゲー友達。


「わかった! わかったから! 俺も鬼灯と来るよ」

「七海君」

「あー、そっちもわかったから」


 鬼灯にも呼ばれて俺は忙しくそちらへ駆け寄った。

 その際、鬼灯はゲー友達と眼が合い、またね、と言うように手をひらひらして歩き出す。

 相変わらずの無表情。ホントに何考えてるのか……外側からじゃ全く判断出来ねぇなぁ。






「で? 家はどっちだ?」

「あっちよ」

「漠然と方角だけを指すな……」


 鬼灯は商店街を出ると駅へ向かうものの線路沿いをスタスタと歩き出す。

 俺は鬼灯の荷物(ユニコ君)を持ちつつ、後に続いた。一緒に歩いてる女の子が俺より荷物を持つのは俺のポリシーに反するのである。


「歩いて帰れる距離よ」

「だったら良いけど」


 どうやら彼女の家はこの辺りにあるらしい。女の子を先行させるのはポリシーに反するが、行く先が鬼灯にしかわからないなら致しかたあるまい。


「……」

「……」


 線路沿いの外灯の下を無言で歩く。ここまで会話が出てこない背中も初めてだ。


「私といると、つまらないでしょう?」


 ふと、鬼灯が声を出した。


「昔から表情や声色を作るのは得意じゃないの」

「……それってあまり周りに関心を持てないからじゃないのか?」


 先程の格ゲーや塾での鬼灯の様子を見てわかった事がある。

 彼女はあまりにも天才過ぎる。足りない知識は一目見て覚え、それを思考し最適化までの道程がとてつもなく早いのだ。

 思考や考え方があまりにも先に行き過ぎていて、回りがソレに付いていけない。

 同じ人間だが、存在事態は凡人とはズレてる様な人間。それが鬼灯未来なのだろう。


「私は冷たいでしょう?」

「そんな事ねぇよ」


 俺の言葉に鬼灯は止まる。俺も思わず止まった。


「他よりも興味の幅が狭いだけだろ? それか感情の出る下限が高すぎるか。気づいてないと思うが、ガイアで勝ったときのお前は嬉しそうだったぞ」

「笑ってたかしら?」

「いや、笑ってはなかったな……」

「嬉しそうな雰囲気は出てた?」

「いや、それも無かったけど……少なくとも、画面先のキャラと仲良く指を立て合うのは無関心じゃないだろうよ」

「……そうね」


 少し考えた様な“そうね”を口にすると鬼灯は再び歩き出す。

 俺は少しだけ彼女の事がわかった様な気がする。


「一つ聞いても良いか?」

「いいわよ」

「何でミサキに絡まれてる時に彼女って名乗ったんだ?」

「考え方が早すぎたのかもしれないわ」

「悪い……俺にも解るように砕いてくれ」

「七海君を習って、会話に割り込むならそうした方が良いかもって」


 でも余計に話を拗らせただけだったわね。と鬼灯は彼女名乗りは軽率な行動だったと思っている様子だ。


「……なぁ、鬼灯。お前はアインシュタインを知ってるだろ?」

「知らない人類はいるの?」

「細かいつっこみは置いとくぞ。アインシュタインは今となっては偉大な数学者だが、当時の成績は相当に悪かったらしい」

「そうなの?」

「天才過ぎて、問題の回答が先に出るモンだから、その過程を説明出来なかったんだとよ」

「……七海君。もしかして励ましてるの?」


 今ので察するか。やっぱり、コイツ相当に頭の回転早いな。


「鬼灯がどう思ってるのかはわからないけど。気にするなよ。お前のそう言うところもお前らしさだろ? きちんと解ってくれるヤツと付き合えばいいさ」

「そうね」

「ちなみに友達はいるのか?」

「いるわ」

「なんだ。じゃあ、鬼灯は全然フツーだよフツー」

「そうかしら」


 お? 今の“そうかしら”は少し感情が乗ってた気がする。

 そんなこんな話をしているといつの間にか住宅街の一軒家の前に立っていた。

 俺はユニコ君を返すと鬼灯は扉に手を掛ける。


「七海君。今日はありがとう。不謹慎かもしれないけど、楽しかったわ」

「まぁ、俺もなんやかんやで楽しかっ――」


 と、振り向いてお礼を言ってくる鬼灯を見て俺は思わず言葉を失った。

 それは、俺が新たな恋をした時の詩織さんと同じ笑顔を鬼灯がしていたからだ。


「また明日ね」


 バタン、と扉が閉まる。俺はしばらく固まって心を落ち着かせる様に顔を覆う。

 鬼灯の性格から、今の笑顔も無意識に出たモノ。作為的なモノじゃないのだろう。


「……ずっと無表情な分、破壊力がヤバイな」


 これがギャップ萌えか……

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