第233話 ハルトVSガイア
「ハッ! 口ほどにも無いわね! 所詮はその程度ってことよ!」
勝利したミサキがこちらを覗いてドヤってくる。経験者のクセに初心者を痛ぶりやがって、良い気なモンだよ、ホント。
「七海君」
「ん?」
「他の技表あるかしら?」
「ああ。ちょっと待ってくれ」
俺もこの格ゲーは家に持ってるのだ。姉貴と何かを決める時に平和的な解決として対戦するのである。
そして、基本は攻略本なんて買わないので、スマホに技表のサイトをショートカット登録している。
ラウンドツー……
筐体の画面は次のラウンドを開始しようとしていた。
今から技を見ても到底間に合わない。そもそも、技を知るのは基本中の基本で、コンボや立ち回りの方が重要視されるのが格ゲーだ。
ソレは一朝一夕で身に付くモノではなく、プレイ時間に応じて上がっていくリアル熟練度によって洗練されていく。
鬼灯はこのゲームに触れて10分と経っていない。その点ではミサキと雲泥の差があるだろう。
「これだ」
「ありがとう」
俺がスマホでガイアの技表と、つながるコンボ集のサイトを表示させた。
しかし、同時に第2ラウンドが始まり、ミサキのハルトが勝負を決めに動いてくる。
「土下座したって許さないわよ!」
なんの土下座だよ。と、心の中でつっこみつつ、鬼灯には悪いが俺も敗けを確信していた。何もかも間に合わない。何で勝負を受けようと思ったんだか。
「……」
鬼灯はガイアの技表を見ていた。そして、画面のガイアは亀のように縮こまり、ガードに徹している。
確かにガードだけなら片手で出来るが、下段や上段の攻撃に度々崩されてHPは着々と減らされる。しかし、その間も鬼灯はガイアの技表を残りの手でスライドつつ見ていた。
「小賢しいマネしてんじゃないわよ! とっとと死ねや!」
どんどん凶暴になりやがるな、ミサキのヤツ。そんなミサキにこーちゃんは……惚れ直してやがる。お前さんも危険な女が好きなタイプかよ。末永く、お幸せに。
「良いぞ! ミサキ! 潰せ!」
「雑魚がよぉ!」
あっちは盛り上がってるな。
ガイアのHPは三割を切った。その時、鬼灯は視線を筐体の画面に戻す。どうやら全て見終わった様子。
しかし……ここから逆転するには本当に奇跡でも起きないと――
「それ、さっきも見たわ」
目前の勝利と興奮によって単調になったハルトの強攻撃にガイアが飛ぶ。
落下攻撃でハルトが怯んだ隙にガイアの地上コンボを流れる様に叩き込み、投げでシメて、ハルトの体力を4割持って行った。
「……え?」
「は?」
俺は思わず目が点になる。ミサキも目が点になっているだろう。
ガイアの地上コンボは難易度が相当に高く、溜めやフレームによる数秒のディレイ処理が適切でなければ繋がらない。熟練者でも稀にミスる程の代物を鬼灯はあっさりとやってのけた。
「ま、まぐれよ! まぐれ!」
口ではそう言う意見をものの、ハルトの動きに動揺が見える。
単調なハルトの攻撃を、ガイアは出だし無敵の技で抜けて、そのまま地上から空中へ繋ぐコンボへ移行し、空中投げでフィニッシュ。ハルトの体力を更に4割持っていった。
「は? はぁ!?」
あまりに一瞬の出来事にミサキが語彙力を失う。
コンボ二つで8割。これがガイアの強みである。繋ぎの難易度が高い分、一つ一つの技の威力が他のキャラよりも数段高い。
「くふふ。ロンダン(無敵抜けの特技)から地上コンボの途中で空中PからのKのフレームの最中にフライングジャッジ(空中投げ特技。レバーを2回転する必要あり)を入力ですか。理想コンボですねぇ」
レツが鬼灯の見せたガイアのコンボを丁寧に口にする。
なっ……なっ……。と動揺するミサキのハルトはガイアから距離を取って警戒していたが、徐々に距離を詰められて場面端へ。
ガイアは隙の少ない弱Pからジャッジ(地上投げ特技)を決めてハルトの残りの体力をもぎ取った。
YOUWIN! と画面の向こうからこちらに向けて親指を立てるガイアに鬼灯も応える様に親指をぴっ、と立て返す。無表情で。
「ひ、卑怯よ! アンタ! 実力を隠してたわね!」
ミサキは立ち上がると再度吠えた。
「初めてよ」
「う、嘘よ! ガイアでそこまで動けるなんて! あり得ないわ!」
「いや……俺も信じられないけどさ。多分、今日が初めてだぞ」
俺も驚いてる。鬼灯未来って本当に何者だ?
「それよりも、最終ラウンド始まるぞ」
「ユニコォォン……?」
「くふふ。ユニコ君は敗けを認める? と仰っております」
「~~~やるわよ! やったるわよ!」
ミサキは半泣きで席に戻った。
「七海君」
「どうした?」
「さっき、ガードしてても体力が減る攻撃があったわ」
「それは削りだな。特技や必殺技は完全にノーダメージにはならない」
「どうしようも無いのかしら?」
「一応、ジャストでガードを決めればその攻撃はノーダメージに出来るぞ」
「そう。情報をありがとう」
そう言って鬼灯は俺にスマホを手渡してくる。
やはり、鬼灯は初心者だろうか? 熟練の技を容易く使う初心者……言ってて意味わかんね。
ふと、俺はギャラリーが増えている事に気がついた。
ガイア使いはこの格ゲー界隈では相当に珍しい。更に鬼灯のレベルの高い容姿も相まって一気に人が集まって来ている。
なんか……やり込み勢のようなオーラを放つヤツもチラホラ見える。
「行きましょう、ガイア」
鬼灯は相変わらずの無表情だが、ガイアには愛着が湧いた様子。
最終ラウンドが始まる。
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