第229話 タブーな彼女
塾は最後に小テストをしてシメとなる。
俺は難なく満点を回答に書き、本日の塾を終えた。
「どうすっかなぁ……」
ノートは最後に板書すれば良いと思って居たが、隣のメルヘン女にしてやられた。
塾講師のヤツも嫌がらせなのか、そそくさと消しやがるし、面倒な事になったものだ。
「……」
隣ではメルヘン女がせっせと帰る準備をしている。無表情でわかりづらいが、良く見ると相当な美形だ。
話しかけづらく、近寄りがたい雰囲気を感じる事から、学校では数歩退かれた高嶺の花みたいな存在だろう。
しかし、それよりも気になった事があった。
「えっと……鬼灯さん?」
「何かしら?」
知り合いと帰り始める教室内で、見知らぬ者同士で会話するのは俺と彼女くらいだろう。
彼女は顔を向けずに帰る準備を進めながら返してくる。義務で答えた感に若干、イラっと来た。こっちを見ろ、手を止めろ、と言いたくなったが我慢我慢。
「いきなりで悪いんだけど……身内にお姉さんいる?」
「いるわ。なぜ?」
会話をぶつ切りにするような返答。後、一、二言で終了してしまいそうな勢いだ。
「あ、そうなんだ……俺も姉が居るんだけどお姉さんと同僚みたいでさ」
「…………」
何かを考えるように彼女の動きが停止する。すると結論が出たのか動き出した。
「そう」
強制終了の“そう”。こんなに会話が続かない女は初めてだよ。俺は何とか話題を絞り出す。
「そ、そっちも俺の姉に関して何か聞いてない?」
「知らないわ」
会話のキャッチボール。こっちが投げても捕球せずにトコトコ帰ろうとしやがる。
俺としては詩織さんの情報を少しでも得たいと言う考えだ。
「えっと……気分を悪くしたならごめん。もしかしてお姉さんと仲悪い?」
「あの人との関わりは殆んど記憶に無いから」
「え?」
俺は結構ヤバい家庭の事情に踏み込んだんじゃ無いかと考えた。
しかし、彼女は終始無表情で淡々と返答するのみだ。詩織さんの性格からして、家族を蔑ろにするような人じゃないと思うんだけどなぁ。
「七海君……だっけ?」
「え? ああ。そうだけど」
「会話の趣旨は何?」
向こうからキャッチボール再開ッッ! しかし、とんでもない豪速球が俺の身体にめり込む。良い肩してやがる!
「え、あ、ああ。えっとだなぁ……」
名前と性格と弁護士であることしか知らない詩織さんのプロフィールを更に埋めるための接触だった。
目の前の彼女と詩織さんが姉妹と言う事は解った。しかし、それ以上は踏み込むのはタブーな気がする。幾度と女難を潜り抜けた俺のセンサーが警告を鳴らしているのだ。
今、退けば帰れるぞ、と。
「ノ……」
「ノ?」
「ノーォォォトを取り忘れて、出来れば貸してくれないかなーって」
俺は相当に無茶な言葉を絞り出した。本来の目的をカモフラージュ出来れば断られても問題ない。いや……問題はあるんだけど……その時は小テストを親父に見せて説得するか……
「三連休だけど明日も来る?」
「え? ま、まぁ……」
「はい」
俺が次の行動を深く試行錯誤していると、彼女は予想外に自分のノート(メルヘンがいっぱい)を差し出して来た。
「え?」
「明日に返してくれれば良いわ」
そう言って、荷物を持つとトコトコ歩いて行った。
「……宇宙人に感情でも持ってかれたのかよ」
終始無表情だった彼女。俺はノートを裏返すとそこに書いてある名前を確認する。
「鬼灯未来……さんか」
今日の授業の所を開いて見ると、今日はここまでぴょん! とウサギのキャラクターも追加されていた。
「……なんだコレ。アホ程解りやすいんだけど」
俺は塾を出て近くのファミレスにて、鬼灯から渡されたノートを写してした。
ノートには本日の授業の内容が丁寧にまとまっており、それらをノートの住人達が説明していた。
ジャック(猫)、ゾウ太(象)、カメ老師(亀)、ウサ美(ウサギ)の4匹は難しい内容をコミカルにまとめている。
ナニコレ。ふざけてる様で全くふざけてない。それどころか解りやすい。しかし、何で猫だけ名前がジャックなのだろうか? しかもお嬢様言葉で喋ってるし……
興味本位で前の方のページを捲ると、更にキャラがいた。
ジャックのライバル? と思われるカラスのローレライである。ゲハハ! と笑って翼を広げつつ問題を出す係の様だ。
「……あの無表情の下はどうなってんだ?」
謎が更に深まる。内面は愉快な奴……なのだろうか? 次に会ったときに話のネタにでもするか。
授業で出た必要な項目だけを選んで書き写す。まぁ、これだけまとまってれば親父も納得だろう。
「少しぶらつくかな」
直帰しても良いのだが、もうちょっと話のネタでも探せないかと、ファミレスを出て近くの商店街へ。
その商店街は謎のマスコット、ユニコ君が守護する街。治安は比較的に良く、塾帰りの学生服も多々見かける。
「お、ユニコ君」
すると、道で愛嬌を振り撒いてる守護聖獣を発見。写真や動画を撮ってる通行人もおり、相変わらず人気者だ。
「アレも闇は深いんだろうな」
ユニコ君は鬼灯未来と同様の謎だと考える。当人の事はどうでも良いが、その背景は気になる様な感じ。
「クソが! アーム弱すぎだろ!」
商店街にある小さなゲームセンターから、声が聞こえた。見ると、アロハシャツを着てサングラスをかけた男がクレーンゲームに苦戦している。
「城ノ内のアニキ、もう諦めましょうよ。既に二万はいかれてますって」
「工藤! お前ぇ……俺にユニコ君のクリスマスバージョンを諦めろってのか!?」
「いや、そうじゃないですけど……ほら、他のお客さんも居ますし」
「ぐぬぬ……」
ヤクザさんがクレーンのユニコ君人形(クリスマスバージョン)を取ろうと躍起になっていた。
少しざわついて居る店内の様子に、仕方なしと言わんばかりに場を離れる。
「工藤! 煙草に行くぞ! 変な流れを一旦切る!」
「まだやるんですか?」
「当たり前だ! 金も下ろしに行くぞ!」
縦社会も大変だなぁ。と俺は次にクレーンゲームに手をつける鬼灯未来を流し目で見て通り過ぎる。
「……ん?」
そして、見間違いかと思って戻る。確かにそこに居た。あの絵画の様に変わらない表情は日本に二人といない。
彼女は500円を入れると工場で流れを作業をする機械のように感情を廃した様子で、ウィーン……とアームを動かす。
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