19章 普通な彼女
第228話 ノリトとミライ
チュンチュン……と雀の鳴き声でオレは目を覚ました。
床が上に天井が下に見えているのは、昨晩の刑が執行されたからだった。
ずるっと緩んだ縄がオレを床に落とす。今夜は布団で寝れるといいなぁ。
「今日の午前中は自由時間とする。昨晩の酔いが抜けて居ない者も多いだろう。一日のルーティンを始める者もいるだろうし、本格的に動くのは午後からにしよう! 他の者達にも伝えておいてくれたまえ!」
朝食のバイキングで元気いっぱいな社長から指示を受け取った。
社長の配慮は助かる者も多かっただろう。
つらそうにしてる轟先輩は昨晩の記憶が曖昧な様子で、父を見たような……、と遭遇すれば一気に記憶が戻りそうな爆弾を抱えている。
他、箕輪さんや鬼灯先輩も意外と動きが鈍い。皆、普段の飲み会ではセーブしているのだろう。社員旅行と言う事で色々とタガが外れたらしい。
オレは旅行メンバーと一通り挨拶をして朝食のバイキングを野菜中心で軽めに済ませると、外の自販機に売ってるおしるこが美味であると言う情報を得て浴衣姿で自販機へ。
「あ、おはようございます」
「おう」
と、運動用のジャージで準備運動をしている七海課長と遭遇。相当に身体は柔らかく、180度開脚で地面にピッタリ着く勢いだ。
「凄い柔らかいですね」
「当然だろ。身体が固いと、蹴りの可動域が落ちるし動きもぎこちなくなる。俺らの仕事は基本的にデスクワークだから。間接は柔らかい方が楽だぞ」
「へー」
「毎朝、軽く準備運動をするだけで一日はだいぶ違うぞ。お勧めはラジオ体操だ」
そう言えば、最近は少し自堕落だったなぁ。昨日の酔いは残ってないし、着替えたら散歩がてら周囲を散策してみるか。
「七海課長の家は皆さんが体育系っぽいイメージです」
「はは。どんなイメージだよ」
「ノリト君も道場行ってますし、ご両親もそれなりに身体を動かす方では?」
「行動力はある方だな。旅行なんて毎回海外だし」
「ご家族で?」
「他に誰と行くんだよ?」
一瞬、天月さんが思い浮かんだけど、七海課長の機嫌を損ねるのでそっと胸にしまおう。
「半年に一回の頻度だけどな。父としては色んな国の文化とか言葉とかを見せたいらしくてな」
七海課長の御父上は元1課の課長だったけか。確か……海外支部をどこに作るのかを社長が相談した相手だったって聞いている。
「でも、今はアホ一人に手を焼いてる」
「……ノリト君の事ですか?」
「まぁな」
髪も染めて、学校をサボると言う、思春期を存分に謳歌している七海課長の弟クンであるノリト君は、七海家でも結構な問題児らしい。
「今頃は塾に突っ込まれてるよ」
そう言う七海課長は少しだけ楽しそうだった。
「それで、ここの動詞が――」
学校をサボった罰として、塾に押し込まれたノリトはレベルの高い塾の授業を虚空を見上げながら退屈していた。
「……七海君。これは解りますか?」
塾講師がキラリッ、と眼鏡を光らせて不真面目なノリトを名指しする。
大学の学業にも触れる英語の問題。取り扱うのも本日が初めての内容であり、高校生に100点の回答は不可能。
塾講師は、少しでもノリトの回答に粗があればソレを皮切りに注意を促すつもりだ。
「あー、それ――ですよね? そんで、解釈としては――で、――がなるんで、回答は――です」
「……正解です」
何で金髪が答えられるんだよ。と、見た目で偏見を抱いていた塾講師はノリトの回答に有無を言わさずに黙らされた。
クッソ……下手こいちまったなぁ……
ノリトの意思は目の前の授業よりも、姉が今日の朝から出発した社員旅行の方へ向いていた。
鬼灯さんと合法的に旅行に行けるチャンスだったってのに! クッ! 姉貴のヤツ、ギリギリまで黙ってるなんて卑怯だぜ!
「はぁ……」
と、今度は机に伏す。
塾は選べたのでせめて退屈しないように、この辺りでは一番、最新の授業やってる場所を選んだけど……やっぱり、高校生レベルか。つまんねぇなぁ……。あーあ。今頃は姉貴は鬼灯さんと旅行かぁ。クッソ羨ましい……
対して俺はガリ勉どもに囲まれて机に座って刑務作業みたいにノートを取って人生の時間を無駄にしてる気がする……
ノートを取るのは塾で授業を受けた証明であり、ソレをきちんと父親に提出することでノリトは開放されるのだ。
「……それでは……鬼灯さん。答えられますか?」
鬼灯。その名前にノリトは反応し思わず伏した身体を起き上がらせる。
「それ、少し解釈が間違ってます」
隣に座る無表情な女子生徒が立ち上がるとホワイトボードまで歩いて行き、水性ペンを取ると塾講師よりも解りやすく授業の内容を書き替える。
「こうすれば、より解りやすいと思います」
「……座ってよろしい」
いじめかよ。俺もそう思ったが、フツーはスルー安定だろ。あーあ。塾の先生も顔をひくつかせてるわ。
それにしても……鬼灯って……
隣の席に戻る女子生徒を見る。塾の生徒は自己紹介などは一切せず、殆んど他人同士なのだ。名前など知るよしもない。
「…………ブフッ!?」
ノリトは思わず吹き出した。鬼灯もノートを取っているのだが、ふと覗いたソレがあまりにもメルヘンだったからである。
まるで小学生に塾の内容を教える様に様々な動物をキャラクター化したイラストで吹き出しなどを使って説明してる。
ここは間違えやすいニャい! とか。覚えると得だゾウ! とか。ここは一文で考えると吉じゃカメェ! とか。
ちなみに主人公は猫。
「……」
それでいて、当人は人形のように無表情でソレを創製し、授業を聞いているのだから尚の事、ジワジワと来る。
それが、
ちなみにソレに気を取られてノートを取り忘れた。
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