第227話 社員旅行1日目終了

 連行されたライト兄弟を見送った面々は、当初の目的であった、姫野の加賀の観察が頓挫したことを再認識していた。


「もー。皆、こそこそしないでよー」


 ぷんすかと、怒る姫野は全然恐くない。むしろ可愛さも感じるが、彼女の怒りゲージはそれなりに高い。


「おしるこ欲しかったなら言ってくださいよ。人数分買ってきましたよ?」

「加賀君! これはそう言うことじゃないよ!」

「え? そう言うことでしょ?」


 いまいち状況を理解していない加賀は、姫野の心境を読みきれていなかった。


「……姫野」


 すると、マッスルポーズで固まっていた国尾は満足したのか、形を崩し加賀と姫野を真剣な眼差しで見る。


「負けないぞ」

「…………」


 何を言ってるんだろう? と姫野が宣言の意味を考えていると国尾が続ける。


「いいか? 愛は必ずしも男と女で成立するモノじゃない。時には男と男でも成立する。そう言う世界が存在する事はお前も知っているだろう?」


 発言の意味をいち早く察知した加賀は、ヒェッ! と姫野の陰に隠れる。MVPは鳳じゃ無かったのかよ! と。


「ましてやお前は直接的に、二人で行こう、なんて言えない奥手だ。七海の姉御の提案が無ければ、おしるこさえも二人で買いに行けない程にな」

「…………」

「はっはっは! マサの奴、さては酔ってるな!」

「主任の一族って酒に強いんじゃなかったんですか?」

「酒には強いぞ。マサは自分の“愛”に酔う時があるんだ。それに、久しぶりに同格の存在に出会って高まったのだろう。相乗効果と言うヤツだな」

「ニトロよりも危険な爆弾じゃないですか」


 佐藤と田中は、予測のつかない国尾一族の行動に樹が一番マシなのだと改めさせられた。


「まだまだ愛が足りないぞ、姫野。そんな矮小な愛じゃ……俺の恋は止められないぜ?」

「…………」

「主任、アレまずくないですか?」

「うむ。まずいな。マサの愛に正面から当てられると心がどこかへ行ってしまうんだ」

「人間じゃねぇ」


 国尾に正面から、わっ! と愛を説かれている姫野は混乱状態となっていた。

 加賀は、姫さんしっかりして! と最後の防壁にすがり付く。


「姫野! お前の貧弱な愛で加賀を護れるのか!? ここで俺の愛を越えて行くが良い! それが出来ないなら後ろに隠れている加賀を置いて行けい! お前では加賀のケツは護れない! お前に守護まもれるのか? お前の愛で加賀のケツを護れるのか!?」


 詰め寄る国尾。放心の姫野。アッー! が秒読みの加賀。もはや地獄絵図。仕方ないなぁ、と樹が弟を諌めようと前に出ると、


「ちょっといいかしら?」


 今まで、ふわふわと笑っていただけの鬼灯が前に出た。ふわふわ笑いながら。






 鬼灯が前に出た事に国尾、姫野、加賀は注目する。


「ふふふ。国尾君、あんまり皆を困らせたらダメよ?」

「鬼灯の姉御……悪いですが、これは俺と姫野と加賀の問題です」

「そう言う事を行っているんじゃないわ。国尾君、ちゃんと服を着なさい」


 鬼灯は自分の浴衣の上着を国尾に被せると紐で前を結ぶ。サイズが合わなすぎて小さなマントの様になっているが。

 服を被せられて国尾は、んっ!? と反応する。


「おお。マサにとって上部開放パージはアスリートで言うところのトップギアと同義だ。私がマサに乗っていたのはソレを抑えての事だったが……まさか、鬼灯君は服を着せれば抑え込めると見極めたのか!?」

「いや……普通に服着せただけだと思うっス」


 驚く樹に岩戸は追加で買ったおしるこを飲みながら冷静にツッコミを入れる。


「これでよし」

「……姉御……俺の話を――」

「ん?」


 屈託のない笑顔で、服を着なさい、と諌められ国尾は黙り込んだ。


「素晴らしいな、鬼灯君は」

「一言で黙らせたっス……」


 大人しくなった国尾に満足した鬼灯に、姫野が抱きつく。


「鬼灯さん! ありがとうございますー」

「ホントにっ! ホントに助かりました! 鬼灯先輩!」


 加賀も結果として貞操を護られた事に感謝し、鬼灯に心からのお礼を告げる。

 二人からお礼を言われている当人は、何もしてないわよー? とふわふわ笑いながら今一つ状況を理解していなかった。


「……甘いな! 鬼灯の姉御! この程度で大火の様に燃える俺の愛は止められないぜ!」

「国尾」


 再び、弾け飛んだマント上着であったが、真鍋からパサッ、と上着を被せられて再び、んんっ!? と大人しくなる。


「ほどほどに、と言っただろう」

「あら。ちゃんと前も結ばないと――」

「んんんっ!?」

「もう今日は休め」

「んん……」


 二人の上役によって国尾の今宵の暴走は封印された。






 人も減るしそろそろ宴会もお開きだなー。

 と、旅館へ戻る一同の中、佐藤はふと視線を感じて上を見上げた。


「どうした? 佐藤」

「田中。鳳だ」

「ん?」


 少し、メガネの位置を調整して佐藤と同じ様に見上げる田中。すると、上からケンゴが下を覗き込んでいた。


「なんだアイツ、露天風呂に入ってたのか」

「全く……俺らが苦労してる所に呑気だねぇ」


 HAHAHA。と佐藤と田中はケンゴに軽く手を上げると、その横からヒョコっとリンカが顔を出した。


 その時、ビシッ! と電流が走る。

 佐藤と田中へ友好的に向けている笑みのまま固まると、次にはその場で準備運動を始める。


「どうしたね? 二人とも。もう戻るよ?」

「いやー、ちょっと運動をしようと思いまして」

「ええ。とびっきり寝付きの良くなるヤツを」

「? ほどほどにね。激しい運動はかえって脳が覚醒し寝付きが悪くなる」

「わかっていますよ」

「これはやらなきゃ行けない事なので」


 HAHAHA。と笑う二人の様子に樹は、皆には君たちが抜ける事は言っておくよ、と言って他の面子と戻って行った。


「佐藤」

「田中」

「「奴を逃がすなよ!!」」






 やべぇ! 不用意に顔を出すべきじゃなかった!


 オレは準備運動を終えた佐藤と田中がダッシュで旅館に戻る様子を見て、急いで露天風呂から離脱をする。


「どうした? おい」

「ごめん、リンカちゃん! オレはもう戻るよ! 命が危ない!」

「は?」

「今度説明するから! 今日はお休みなさい!」


 あ、待て! おい! と言うリンカの言葉を尻目にオレは男湯に戻ると身体を拭いて、浴衣を着て、脱衣所から出る。

 そして宴会会場に座っていれば、まだ見間違いで済むだろう。


「どこに行くのかな? 鳳クン」

「佐藤……」


 しかし、脱衣所を出た途端、壁に背を預けた佐藤が居た。クソッ! 来るのが速すぎだ!


「俳句を読むか? 鳳クン」


 挟むように反対側から田中が現れる。既にダークフォースを纏ってやがらぁ!


「待て! まだ会話が出来るならオレの話を聞いて欲しい!」

「「嘘をついたら」」


 佐藤と田中がハモる。


「「貴方は死にますよ?」」

「……はい」

「「露天風呂に居ましたね?」」

「はい」

「「一人でしたか?」」

「……いいえ」


 フリー○みたいな丁寧な尋問にオレが汗を浮かべながら答えていると、


「おい、勝手に行くなって――」


 そこへ、リンカが女湯から出てくる。急いで浴衣を着たのか、所々が着崩れして事後みたいになっちゃってる……


「「あの娘と一緒でしたか?」」

「…………」

「「答えなさい」」

「……そうです」


 その瞬間、オレはカッと顎を揺らされて意思を飛ばされる。気がついたら男部屋の柱に逆さ吊りにされていた。

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