第226話 引き寄せの法則

「どーっうゎ」


 ドォン……と静かに揺れる。

 山の様な体躯と丸太の様な腕を持つシルコフの一撃は河川敷の旅館側の壁にヒビを入れていた。


「今のは20点って所だな」

「え? 判定からくない? 肩から先しか動かしてないのに」


 コルシカの判定にシルコフは意義を唱える。


「いやいやアニキ。やっぱり掛け声は大事だよ。声はパワー。無駄に力を抑える必要はどこにも無いんだ」

「なるほどな。どーっうゎ!」


 ドォン……ビキッ! と壁にヒビが入る。


「今のは80点だ」

「お、いいね。目指せ! 120点! どーっうゎ!!」


 ドォン……






「え? 何あれ。何やってるの?」

「いや……俺に聞かれても……」


 シルコフとコルシカの理解を越えた行動に呆然としていた姫野と加賀は、やっぱり通報かなぁ、と結論を共有させる。


「アレは、シルコフ・ライトじゃないか」

「国尾主任?」

「……って皆もついて来てたんですね」


 姫野と加賀は説明するように現れた樹に注目すると、その取り巻き達にも気がつく。


「国尾主任……アレ、知り合いですか?」


 アレ。と壁をビキらせているライト兄弟に姫野は視線を向ける。


「シルコフ・ライトとコルシカ・ライトの二人だ。筋肉業界ではそれなりに有名な人物でね。岩戸君」

「はいっス」

「さっき、マサから貰ったチラシある?」

「これっスか?」


 買ったおしるこを飲みながら岩戸は『アルティメット・マッスル』をチラシを樹に手渡す。


「ほら、コレ。アレ」


 と、樹はチラシと目の前のマッチョの両方に順に眼をやる。そこには同一人物が写り、“アレ”は何故か壁を殴っている。


「海外で有名な人ってのはわかりましたけど……何で壁を殴ってるんですか?」

「加賀君。残念ながら私にもわからない事は存在する。実に人間とは奇怪な生物だよね! もしかしたら有り余るパワーを発散しているかもしれないな!」

「そんなバカな……」

「とりあえず、通報が良いかなぁ」

「どーっうゎわ!!!」


 ドドォン……ビキッ! ビキッ!


「85点! 88点!」


 今度は二連打。まるで義務のように壁を殴る事を続けるライト兄弟。

 旅館が崩れる様な事はないだろうが、この状況を見過ごす事は出来ない。


「そうだね。岩戸君、旅館に行って通報を頼む」

「了解っス」

「俺らはどうします?」

「離れて見守るしかないかなぁ」

「どーっうゎ!!!!」

「んんんんっ、100点!」


 と、三桁の大台を叩き出した所で、上から何か塊が降ってきた。

 ドォォォ! と背後に落ちたソレにライト兄弟も手を止めて意思を向けざる得ない。


「おや?」


 理解を越えた事の連続に困惑する場の面子の中で樹だけが状況を理解していた。


「引き寄せの法則と言うヤツかな? マサ」


 それはヒーロー着地の様な体勢で降り立った彼女の弟でもある国尾正義だった。


「……」


 着地の姿勢のまま眼を閉じていた国尾はガン○ムの様にのそりと起動すると、その眼は敵を捉えるように、ギュピン! と開いた。






 シルコフの体躯を力強くで止めるには一桁の人数では足りないだろう。

 もし、それが可能であるとすれば目の前の国尾正義おとこ以外には不可能なのかもしれない。


「貴様……一体、何をしている?」

「パワーを発散しているのだが。何か?」


 あ、もぉー。ややこしい事になりそうだなぁ……


 姫野と加賀は警察に通報をした以上、余計な事をされるよりは大人しくしていて欲しいと言う考えが真っ先に浮かんだ。


「ここは皆の旅館だ。お引き取り願おう」

「ほぅ。ただのパワーの分際でミーに意見するつもりかね?」


 いらねぇぞ……余計な化学反応は!

 ホントに、ホントに大人しくしててよ、国尾君!


 警察が来るまで時間を稼いでくれれば良い。加賀と姫野はこれ以上の状況悪化は怪獣バトルになる事と懸念していた。


「体格だけ見れば同等か。おそらくパワーは互角だろう。なら優劣を分けるのはその“本質”だな」


 樹は分析眼アナライズアイにて弟とシルコフの両方を同時に分析する。すると面白いことがわかった。






 なんだ……この男……


 コルシカは兄と向かい合う国尾を見て直感である確信を感じていた。


 コイツ……ただの筋肉じゃねぇ! アニキと同じ……ステータスの偏りを感じる! その一点を高め続けている殉教者か!?


 スゥ……とコルシカは分析眼アナライズアイを起動し国尾のステータスを垣間見る。


「こ、これは!?」

「……ただの筋肉かどうか……試してみるか!? ほっほう!!」


 国尾がマッスルポーズを極めると、上半身の浴衣がバリィ! と弾け飛ぶ。


「俺はいつでもどこでも誰とでもヤれるぜ!!」

「アニキ! この男……“愛”に全振りしてやがる!」

「なんと……まさかこの様な小さな島国に貴様の様な存在が居るとはっ!」


 ポーズを極めた状態で石像の様に停止ポーズする国尾はいつでもヤれる状態だった。


「……どうやら世界はミーが思っているよりも広いらしい。君は“愛”に力を注ぎ、そのパワーを手に入れたと言う事か。つまり、君の身体には“愛”と“パワー”の二つが同居している。まるで恋人の様にね。フッ……どうやら今のミーには破壊の神を自称するにはまだ早かったらしい。“パワー”しか持たないミーには君の“パワー”と相殺出来ても“愛”に打ち負けてしまう。つまり、ミーも“パワー”の他に“パワー”が必要だと言うことか。よかろう! ここは一旦引き下がるとしよう! しかし忘れるな! ミーは必ず戻って来るぞ! その時は更なる力をつけ、真なる破壊の神に――」

「早く乗りなさい」


 ファンファンファン。と駆けつけた警察にライト兄弟は抵抗する事なく連れて行かれた。


 国尾の愛で旅館がパワーから守られた。

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