第225話 どーっうゎ!

 ケンゴは取りあえず安堵した。

 少しだけ悶着はあったものの、下半身の局部晒しの件はリンカの内々で納めてくれる様子だからだ。

 その代わりに年末に帰省が確定した。こちらはいつかは帰らなければと思っていたので良いキッカケだと前向きに考える事とする。

 そして、問題はまだ終わっていなかった。


 露天風呂。

 二人とも裸。

 ケンゴに座る様に寄りかかるリンカ。

 そして、二人きり。


~ケンゴ脳内~

 改めてみると……リンカって小さいな。けど抱えられないレベルじゃない。胸とか本当に成長したよねぇ。結構下着とか服とか気を使ってそう……じゃ! なくて!

 どどどどどうするよ! この状況って本当にヤバい! 煩悩が理性の国境を本気で越えにかかってやがる! 自分でも意味わかんねぇって! 何で性欲はガンガンにあるんだよ! 愛がわからない心のついでにソレも持っていってくれれば良かったのにさ!


~リンカ脳内~

 そう言えばこういう姿勢で彼に寄りかかる事はなかったなぁ。いつもゲームするときは横だったし、夏祭りの帰りにキスした時くらいか……じゃ! なくて!

 どどどどどうしよう! 揚げ足を取られた悔しさで座るように背中を預けたけど、ここからどうすれば良いのかわからない! 自分から座った手前、離れるのは違う気がする!


 二人は内心は荒れ狂っていたが、互いに外面は見えない。

 ケンゴは生理現象を必死に抑え、リンカは離れるキッカケを待っていた。


 反応したらオワリ……反応したらオワリ……


 早く……早く……何か言って! ちょっと離れよう? とかで良いから!


“どーっうゎ!”


「――ん?」


 少しだけ揺れた気がした。ケンゴは地震かと思い、


「リンカちゃん」

「! はい! 離れる! 離れるぞ!」


 リンカに声をかけると肩から下を湯に隠したまま忍者のようにすいーと移動する。


「今、揺れたよね?」

「…………触っといて今度はどこ見てんだ?」


 リンカとしては、自分から見せた以外で見られる事は嫌悪なのである。乙女心の難しい所。


「あ、いや! 違うって! 今、旅館が揺れた――」


“どーっうゎ!”


 また揺れる。しかし、地震と言うには少しだけ規則的だ。


「……揺れたな」

「でしょ?」


 ケンゴは今度は失敗しないようにタオルを取って腰に巻き、立ち上がる。そして端に寄ってそこから下を覗き込んだ。

 リンカもバスタオルで胸から身体を覆い、ケンゴの横から覗き込む。


「なんだ? 皆集まってる」

「……何が起こってんだ?」

「わかんない」


“どーっうゎ!”





 数分前。宴会会場で七海が加賀へ指示を出していた。


「加賀ぁ。おしるこ買って来てくれぇ……」

「え? おしるこ? そんなモノメニューに有りましたっけ?」

「外にあった! 旅館の入り口の自販機にだ! 金は払うから……よろしくな」

「自販機なんてありました?」

「あ、私見たよ」

「おおお。じゃあ姫野と行ってこい! 二本くらい頼むわ」


 七海課長も酔うとタガが外れるなぁ。と加賀は考えていると姫野が立ち上がる。


「行こ、加賀君」


 と、二人は一礼して会場から出ていく。


「よぉし。詩織! アイツらを追跡しろ!」

「ケイ。悪い考えよ~」


 酔った鬼灯もふわふわと笑いながら日本酒を飲む。


「まどろっこしいんだよアイツら! 黒船と甘奈も帰って来ねぇし! 鳳とリンカもどこで何やってんだ! 色々面倒だから……今夜でやることヤらせるぞ!」

「酔ってるわねぇ」

「お前もな!」


 あははは。ふふふふ。と普段はまともな組み合わせは酔うとポンコツになるのであった。


「じゃあ、行ってきます! ケイ隊長!」

「おー、頼んだぞ! 詩織軍曹!」


 立ち上がって七海に敬礼する鬼灯。その様子を、ふむ、と樹は興味深そうに呟く。


「酔いとは人をここまで変貌させるのか。普段はしっかりとしている分、心のブーレキが外れると現れるギャップも面白いモノだな! はっはっは! これは面白いモノが見れそうだぞ! 行こうか! 田中君!」

「え? 国尾主任も行くんですか?」


 佐藤と田中は鬼灯について行こうとしていたが、そこへ樹も割り込む。


「こんな楽しそうな人間観察を私が見逃すと思っているのかね?」

「あ、ウチも行くっス。丁度おしるこ飲みたかったんで」

「なんか……結局いつものメンバーな気がしてきた……」


 会社の面子に鬼灯が加わっただけの様子に佐藤は呆れた。


「俺も行きましょう」

「おおー、真鍋。お前も行け行け! 俺らは飲んでるからよ」


 なんやかんやで大所帯で加賀と姫野を追跡する事になった。






「ほら、あれ」

「うわ。良く見てましたね。しかもホントにおしるこ売ってるし」


 加賀は姫野の誘導であっさりと自販機を見つけた。自販機に硬貨を入れようと目を離した隙に姫野は隅にある階段を見つけていた。


「あ、加賀君。こっち、河川敷に降りれるみたいだよ?」

「いや、危ないっすよ? 下は薄暗いし」

「大丈夫、大丈夫。お姉さんに任せなさい。ほら、行こ」

「姫さん酔ってますね?」

「酔ってナイヨー」


 酔いで脳に花が咲いている姫野は河川敷への階段を降りて行ってしまった。無視は出来ないので加賀も後を追う。


「ちょっと姫さん。戻りましょうよ」

「大丈夫大丈夫」

「それ言えば大丈夫になる訳じゃないですよ?」


 加賀にとって、2課では直属の先輩でもある姫野は課内では優しくしっかりした印象が浸透している。たまに脳がメルヘンに行くが、もっと濃い面子が闊歩する社内においては可愛いモノだ。


 普段はカズ先輩を諌める役回りだからなぁ。


 加賀は反面教師でもある茨木の居ない姫野は野に放たれた猫と同じように扱うのが正しいと考える。


「加賀君はさ。女の人怖いんだっけ?」

「怖いっつうか……ちょっとトラウマですね」


 河川敷を歩きながら話す姫野の言葉にストーカーの件を思い出す。

 綺麗な薔薇には刺がある。そんなレベルではなかった。綺麗な薔薇だと思ったら、食虫化け物だったのである。


「でも、私とか会社の女の人とは普通に話してるじゃない?」

「そりぁ……会社は4課の人居ますし。姫さんは課の先輩ですし、ある程度は信頼してますよ」

「ある程度なんだ。ふーん」

「何で機嫌悪くなるんです?」

「何ででしょー? 当てられるかなぁ?」

「楽しそうですね」


 端から見れば良い雰囲気の二人。加賀も仕事で一喜一憂する姫野を間近で見て来ただけあって他よりも彼女に対する敬意の心は強かった。


「どーっうゎ!」


 その時、そんな声が近くから聞こえて、そちらに視線を向ける。


「……何あれ?」

「……何ですかね? あれ」


 何故かロシア人のマッチョが壁を殴っていた。

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