第153話 モブ日直の一日(中編)
「ダメだ……」
道具倉庫の扉が閉まってから、色々と試して見たけど完全に固まってしまっている。
やってしまった……これはミスなんてレベルでは済まされない。
「うーん。よし、じっとしてようか」
と、鮫島さんは折り畳んであるパイプ椅子を開くと軽く払ってから座る。
「鮫島さん……ごめん……」
「仕方ないよー。誰にだってミスはあるからさ。それにこれは予想できない事だったし」
あたしもつっかえ棒でも置いとけばよかったよ、と僕のミスをなんて事のない様に笑う。
「……」
薄暗い庫内。さほど広くなく埃っぽい。扉が閉まった事で更に窮屈に感じる。幸いなのは距離を取って座る事が出来る程には空間があると言う事だ。
「……ふー」
いや、もう一つ重要な問題が発生した。密閉空間によって外からの熱を処理する方法が無くなってしまった事だ。
季節は9月の半ば。まだまだ暑い時期。日差しの下は立っているだけでも汗が流れると言うのに、庫内の上がり続ける温度は――
「暑いねー」
「あ……うん」
汗が額に滲む。鮫島さんはたまらずに服をパタパタし出して、僕は思わず視線を反らす。良い匂いが……バカ! 何も考えるな! 誰のせいでこんなことになってると思ってるんだ!
「あ、ごめんね。汗臭かったでしょ?」
「あ……いや……全然……」
良い匂いに頭がくらくらする。密閉空間に鮫島さんと二人きり。しかし、僕としてはR18の展開なんて絶対に望んではならないし、やろうとも思える度胸は欠片もない。
「多分、ヒカリが捜してると思うからいずれ出られるよ」
「谷高さんが?」
鮫島さんと谷高さんは幼馴染みであるらしく、中学以前からの縁であるらしい。(日直で谷高さんと一緒になった他の組織メンバーの話では)
「お昼食べる約束してるから。来ないってわかればここにも捜しに来ると思うし」
僕は最後まで鮫島さんに頼ることになるのか……情けない……
「石井君は暑くない?」
「あ、うん。僕は……大丈夫です」
「ふふ。敬語はいいよー」
鮫島さんを見ると汗で体操服が透けていた。ただでさえ目を引く胸は当然のように――即座に目を反らす。暗がりなのではっきりは見えなかったが……バカ! こんな時になに考えてんだ!
自己嫌悪と何とかしなければと言う思いから少し行動してみる事にする。
いずれ助かるのであれば、それまで何か出来る事がないか……せめてこの暑さを何とかしたい。
「……そう言えば」
僕は何故、
「石井君?」
まぁ、当然の如く光を追うと足下の低い位置に窓を見つけた。換気用の小さな窓だが――
「出れるかも……」
陰キャをなめてもらっては困る。
「わ、凄い」
その窓は普通なら抜けられる様な仕様では無いのかも知れないが、残念だったな! ガリ陰キャの通行は想定してなかったようだ。
それでも少し苦戦したものの、何とか外へ。解放感と涼しさから一気に汗が引く気がする。
「鮫島さんも」
「あー、あたしは無理」
鮫島さんは考える間も無くそう答える。
「多分行けるよ」
「いや……ほら……つっかえるから。胸」
僕は順当にマイナスポイントを稼いでしまった様だ。穴があったら飛び込みたい。
「助けを呼んできて」
「わ、わかった。何とかするから!」
穴に飛び込んでいる場合ではない!
それだけを言い残して僕は走る。女の子を助けるために走るなんて……まるで主人公じゃないか!
妄想以外でこんな事に遭遇する事が僕の人生であるなんて!
「お、石井。どこに居たんだよ。もう皆着替えて昼休みだぞ」
「はぁはぁ……北村、山野」
僕は『美少女を見守る会』のクラスメンバーの二人を購買から戻った所を見つけた。と言うか、先生以外に助けを求められるのは彼ら以外にはいない。
「じ、じつは――」
その時、ぬうっ、と威圧する影が曲がり角から現れる。
それは、学校……いや、この街最強の男――大宮司先輩だった。陰キャである我々など先輩の歩く風圧だけで霧散するレベルのひ弱さしかない。
「あ……あぁ」
僕たち三人は固まってしまった。ライオンを前にした草食獣の気持ちに痛いほど共感できる。
ん? と大宮司先輩が僕たちに視線を向けてくる。眼が合ったら――
「大宮司君。貴方は端を歩いた方が良いわ」
殺されると錯覚する前に、更にその後ろから現れたのは『図書室の姫』にして三学年アイドル(組織調べ)の鬼灯先輩だ!
「学校の廊下はいつから交通整理が必要になったんだ?」
「貴方は体格と威圧が大きいから」
「……そうか」
初めて眼球に正面から鬼灯先輩を捉えたが……大人びた雰囲気と美しさは正に姫。ボスと幹部陣の調査に間違いは無かった様だ。
「幅を占領してすまんな」
「ひゅ、ひゅえ」
そんな言葉しか出ない。
最強の人に目線と声を向けられて三人仲良く消し飛ぶかと思ったが、姫の存在が何とか僕たちの形を護ってくれた。
なんで着いて来るんだ? 貴方がいると皆が道を開けるから、パンを買いやすいの。
などと会話をしながら去っていく二つの存在感に僕たちはようやく心の形を取り戻す。
「思った以上に……強烈だったな」
「ああ。次は死ぬかもしれない」
「……はっ!」
驚異の去った安堵感に浸っている場合では無かった。
「二人とも助けてくれ!」
「どうした?」
「その前に着替えた方が良いんじゃ……」
「いや、それよりも鮫島さんが――」
「大宮司先輩ー!」
と、今度は谷高さんの声。振り向くと、なんと彼女は大宮司先輩に声をかけていた。
「よかった! そのパワー貸してください!」
「なんだ? 何かあったのか?」
「リンが閉じ込められてて――」
その話を聞いた大宮司先輩は谷高さんと共にダッシュで倉庫へ向かった。鬼灯先輩も、すたすたと二人の後を追うように歩く。
「それで石井の要件は?」
「……鮫島さんが閉じ込められてて」
少しゴネた二人だが、一人であの三人の中へは入れないので、何とか説得し共に鮫島さんの閉じ込められている倉庫へ向かった。
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