第154話 モブ日直の一日(後編)

 僕たち三人が道具倉庫についた時は、大宮司先輩も扉をどうするか苦戦していた。


「リーン、そっちからは開きそうにないの?」

『うーん。びくともしない』

「鍵はかかってるみたいね」

「でも鍵穴は開いてないぞ」


 道具倉庫の扉は正しく鍵をかけると鍵穴が出る仕組みである。しかし、今は鍵がかかっているにも関わらず鍵穴は隠れたままだ。


「大宮司君。壊して」

「いいのか?」

「緊急事態だから!」


 どうやら扉を破壊する方で話がまとまったらしい。


「リーン! 扉壊すから下がってて!」


 そして、大宮司先輩の前蹴りが炸裂する。扉は、くの字に折り曲がると中へ浮き飛んだ。凄い。野球部の硬球にさえ耐え続けたが扉を一発で……


「ゴホッゴホッ!」


 舞い上がった倉庫内の埃りに鮫島さんがむせながら出てくる。


「リン!」

「無事か?」

「無事ね」


 何もしていないが僕は、ほっと胸を撫で下ろす。北村と山野は、俺ら来た意味あったか? と事の成り行きを傍観していると――


「みんなありがと」

「! リン! 後ろを向いて!」

「え? 何が?」

「いいから!」


 谷高さんの焦る意味は背を向けた鮫島さんの汗で透けて見える下着が答えだろう。


「大宮司君」

「ギリギリ見てない!」


 大宮司先輩は顔を反らした様だが、谷高さんの眼は厳しく刺す。


「そこの男子も! 散れっ!」


 空気の僕たちも的確に捉える谷高さん。とにかく鮫島さんが無事で何よりなのでそそくさと退散した。


 保健室に行くよ! 着替えて持っていくから! とその鮫島さんは谷高さんが連れていく。

 昼休みは半分くらい過ぎてしまっていた。






 午後の授業は4限目の体育と昼飯で猛烈に眠くなる。

 5限目英語。

 何とか意識を保とうとするも、英語の授業はまるで子守唄だ。既に何人かは夢の中に旅立ち、鮫島さんも、こくり、こくりと船を漕ぎだしている。


「それで――この動詞は――」


 僕も少しずつ夢の中へ。普通に耐えるのは無理だ。

 夢の中ではクラス全員が異世界へ転移して、なんて事のない能力を貰った僕は、ハブられつつも能力で活躍し、いろんな異世界人と交流を持って鮫島さんが――

 と、そこでチャイムが鳴って現実に引き戻された。


「それでは、本日はここまで。きちんと予習と復習をしておくように」


 起立と礼の号令をかける。






 6限目は数学――の授業が始まる前に僕は窮地に陥っていた。

 教科書を忘れた。担任の箕輪先生の授業でもあるので、かなり致命的なミスである。先生は忘れ物に厳しく、怒るよりも当てる頻度を上げると言う罰を下す。

 それは空気の陰キャにとっては死刑宣告だ。どうしよう……他のクラスの組織メンバーに借りに――


「石井君。教科書、忘れちゃったの?」

「え……うん」


 鮫島さんが僕が困っている様子に気がついた。すると、はい、と数学の教科書を差し出す。


「使っていいよ」

「え……でも……鮫島さんは?」

「あたしはヒカリに見せてもらうから」

「でも……悪い――」

「あたし、数学得意だから。当ててもらう方が楽しく授業を受けられるし。最後まで頑張ろ」


 ふんす、と腕を締める鮫島さん。

 そう言うとチャイムが鳴り、鮫島さんは席へ戻る。そして谷高さんに、お人好し過ぎ、と言われて、あはは、と愛想笑いしていた。

 鮫島さんは文字通り、箕輪先生に当てられても難なく全て答え、楽しそうだった。






「10月は宿泊研修がある。渡したプリントはきちんとご両親に渡すように。ちなみに、不参加も選べるが、ソイツらは学校で授業だからな。参加した方がお得だぞー」


 帰りのHRにて、1ヶ月先の宿泊研修の参加要項のプリントを一週間以内に出すように箕輪先生はクラス全員に釘を刺す。


「ちなみにプリントを提出し忘れたヤツは不参加確定だ。気を付けろー」


 宿泊研修は2泊3日でキャンプ場にて行われる。普段とは違うアウトドアな3日を皆で過ごすのは特別感があって少しワクワクしていたりする。

 無論、僕は参加する。何故なら組織としては美少女達の私服を見ることが出来る貴重な機会だからだ!


「それじゃ今日はここまで。日直は掃除を頼むぞ。他の奴らは邪魔だからとっとと帰れよー」


 HRが終わり起立と礼を行って本日の授業は終わった。クラスメイトは各々で帰り支度をする者と部活へ向かう者で分かれる。


 谷高さんへノートを返すのはクラスのカーストでもトップ陽キャの男子――入江君。

 返すついでに谷高さんをグループカラオケなんかに誘っているが、やんわり断られていた。


「石井」


 僕は北村と山野に軽く肩を叩かれ、終わったら……な。と、アイコンタクトを受けとる。


「さっさと済ませちゃおうか」


 僕と鮫島さんは帰り支度だけ整えると、静かになった放課後のクラスで簡単な掃き掃除から始める。

 そして、鮫島さんは机とクラス掲示板の整理。僕は黒板回りを綺麗にする。


「……」


 そして、日直の所にある僕と鮫島さんの名前を消した。窓から腕を出すと黒板消しを叩いて粉を落とし掃除は完了。


「これで終わりだね。ご苦労様、石井君」

「あ……うん……」


 最後まで面と向かって喋れなかった。陽キャの入江君ならこんな時、気の効いた事を言うんだろうなぁ。


「今日はありがとね。色々あったけど、石井君に助けられてばっかりだったなぁ」

「え? いや……鮫島さんの方がしっかりしてたよ……」

「そんなこと無いよー。正直言うとね、道具倉庫に閉じ込められた時は少し不安だったんだ」

「本当にごめん……」

「でも、石井君が抜け出して助けを呼びに行ってくれた時、本当に安心できたから、それでチャラで」


 石井君が抜け出してからすぐヒカリが来たけどねー、と、はにかむ鮫島さんは夕焼けに表情が当てられ凄く可愛く見えた。

 いや……普段も可愛いんだけど、フィールド効果も相まって割り増しした感じ。


「あたし今日は用事があるからもう帰るね」


 箕輪先生に報告だけお願いね。と言って去っていく鮫島さんに、僕は咄嗟に声を出す。


「さ、鮫島さん! また……明日」

「――うん。また明日ね。石井君」


 こうして僕の一日は終わった。






「それでは聞こうか」


 けれど、今日の事を組織のボスと幹部へ報告しなければならないのであった。

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