第152話 モブ日直の一日(前編)

 僕の名前は石井廉太郎いしいれんたろう。目立たないモブ高校生の一人さ。

 無論、クラスでの『美少女を見守る会』のメンバーの一人でもある。メンバーは他二人いるが、それは追々紹介していこう。


「それじゃ、今日の日直は――」


 日直。それは簡単な雑務をこなすクラスの代表の様なモノ。日によって仕事内容や人も変わり、余計なイベントのある日に当たると仕事量も増える。


「石井と……鮫島だな」


 そして、たまにこう言うことが起こったりするのだ。


「石井君。今日はよろしくね」

「あ、う……」


 陰キャ特有スキル『咄嗟に声が出ない』が発動! 鮫島さんの挨拶に失礼のない様に返すべきなのだが……いざ、彼女を目の前にすると声が……


「鮫島ぁー、石井ぃー、少し資料を運ぶから手伝ってくれ」


 箕輪先生の指示に鮫島さんは、はい、と返事をして立ち上がる。


「石井君も呼ばれてるよ?」

「あ、い、いくよ」


 今日は一際疲れそうだ。






 1限目。寺生まれのT先生の国語の授業は物語を読み解くのが得意な身としては好きな授業だ。


「それでは、この時の主人公の心情を――」


 僕は当たっても完璧に答えられる気で待った。


「鮫島。答えなさい」

「え? あ、はい!」


 と、少し呆けていた鮫島さんに当たった。T先生は生徒の動きに鋭い。油断した所を的確に見抜かれたのだ。


「えーっと……」


 鮫島さんは途中までは聞いてた様子だが、T先生の質問に関してだけ聞き逃していた。


「さ……さめ……」

「リン、主人公の心情」


 僕が助ける間もなく、鮫島さんの前の席に座る谷高さんがコソっと(T先生を含むクラス全員にはバレバレだが)教える。


「あ。主人公はその場に駆けつけるべきだと思い――」


 鮫島さんの解答は僕のモノとほぼ同じ。T先生も正しい答えに少し聞き逃していた事はなかった事にしたようだ。


「そうです。その時、彼女はどのような気持ちで――」


 授業が続き鮫島さんは谷高さんに、ありがとー、と手を合わせていた。

 ふー、これで良い。






 2限目、3限目と今日の日直のやる仕事は黒板消しくらいだ。皆が写し終わるタイミング――休み時間終了時ギリギリを狙って作業をする。


 これがまた絶妙で、遅すぎれば次の授業の先生に注目され、早過ぎれば書き終わってないクラスメイトに注意される。

 何かしらマイナスなイメージをつけられるのは避けたいし、注目されるのもイヤである。そして、休み時間もそろそろ終わる。しかし、まだノートをに写しているクラスメイトがいる。


 僕がどうしようか悩んでいると鮫島さんが消しに前に出た。彼女は次の授業の事を考えているらしい。


「リーン、こっち消そっか?」

「あ、お願い」


 僕も立とうとしたが代わりに谷高さんが出た事で写していたクラスメイトは、時間切れか……と何も言わずにノートを閉じた。


「あ、写しきれなかった人はわたしのノート貸してあげるから、放課後までに返してね」


 リカバリーも完璧な谷高さん。その言葉に何人か、写した板書を消した人もいたなぁ。恐るべし学年アイドル(『美少女を見守る会』による認定)。誰が返すかでひと悶着ありそう。ちなみに僕には縁の無い話なので、特に関係ない。






 4限目は体育だった。

 正直な所、体育のある日の日直はハズレと言わざるえない。


「えっと……ラケットはこっちかな」


 授業が終わった後、着替える間も無く皆が使った道具を片付けなければならないからだ。購買を利用する身としては致命的であるが……鮫島さん一人に任せる事は天地がひっくり返っても出来ない。


「ボールは……」

「あ、それこっちだよ」


 決められた場所へ戻して置かなければ次に使うクラスが苦労する。

 しかし、倉庫内はもののみごとにグチャグチャだ。1限目から3限目のクラスが適当に片付けたのだろう。そう言うのを最後に整えるのは4限目に体育があるクラスなのである。ツイてない……


「さ、鮫島さん。自分がやっておくから昼休み行っていいよ」

「二人でやった方が早いよ。それに石井君に任せてるって思うとお昼ごはんも美味しくないし」


 天使……いや女神か。


「で、でも着替えとかあるでしょ?」


 男子は教室だが、女子は運動部の更衣室がある武道館で着替えるため、行き来をするのに時間を使う。


「保健室とかでも着替えられるから大丈夫だよ。石井君もそうしなよ」


 鮫島さんの提案は、この後教室に戻って着替えに注目されるのが嫌だと思っていた僕の心配事を一気に解決してくれた。

 そんな鮫島さんに対して僕が出来る事は、一秒でも早く片付けを終わらせる事だ。


「ボールと羽根が一緒に……もう」


 野球用のボールとバトミントンの羽根とテニスのボールが一緒の加護に入っているのを鮫島さんは分け始める。

 そこまでしなくても……と思ったけど、他の女子と違って彼女と一緒にいるのは苦ではない。


 僕はバトミントンとテニスのラケットを綺麗に並べる。その時、コロ……、と上の棚に置かれたバスケットボールが整理している鮫島さんの頭上へ転がって行く。


 頭に直撃コースだ! マズイ!


 僕は声を出すよりも受け止める為に移動する。絶対に止めなければならない――


「おっと」


 しかし、鮫島さんは気配を察したのかバスケットボールをキャッチした。危ないなぁ、と指定の場所に直さなかった人を恨めしく思っている様子。


「……」


 空振りに終わった僕は悟られない様に自分の作業に戻る。


「石井君。ありがとね。助けようとしてくれて」

「え……あ、うん……どういたしまして……」


 なんと、僕の行動の意図を鮫島さんは察していた。思わず、どういたしまして、なんて返してしまった。


「石井君、国語の時も助けてくれようとしたでしょ? お礼言うタイミングが今になってごめんね」

「え……あ……うん……」


 ふわっとした笑顔を向けられてキョドってしまう。同じ言葉を繰り返すのは陰キャのサダメなのだ。と言うよりも……ちゃんと見ててくれた事に驚きである。


 なんだか嬉しくなって少し張り切って大きめの道具を整理しようと引っ張り出した。それがマズかった。


「ん?」

「あれ?」


 倉庫の扉は古く鍵が誤作動で閉まる事がある。その為、中で作業をする時は常に開けっぱなしにするのだが、僕が大きめの道具を動かしたせいで扉が閉まり、鍵がかかってしまった。


「……開かない」


 鮫島さんが扉を調べるが少し揺れるだけで完全に閉まった様子だった。

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