第149話 罠か!
メイド服。それは、日本人にとっては馴染み薄い代物。
しかし一部の界隈ではとてつもない需要が存在し、メイド服を
ある種の時代を築いているメイド服。それを着ることは何ら恥ではない。
「でも! コレは違いますよね!!?」
リンカの着ているメイド服はミニスカタイプ。白のニーソックスに可愛らしい装飾のある靴とカチューシャ。強調の激しい胸は少しだけボタンが悲鳴をあげている。
「イッヒヒ。あんたも着てから言うなんてねぇ」
老婆の的確なツッコミにリンカは己のチャレンジ精神が仇になったと悟る。
「は、早く撮って下さい!」
「イッヒヒ。胸を隠すポーズはNGだねぇ」
「押さえてないとボタンが弾けそうで……」
「そう簡単には取れないさねぇ」
老婆に言われてリンカは恐る恐る胸から手を離す。
ギチギチ、とボタンは正と死の狭間で何とか持ちこたえている様だ。
パシャリ。
「イッヒヒ。じゃあ、次はこのはたきを持って――」
「おーい、スイレンさ――」
その時、角から
「……え?」
「イッヒヒ。くろーず、の看板を引っかけ忘れちまったみたいだぁねぇ」
「えーっと、何やってんの?」
その時、パンッ! とメイド服の胸ボタンが死亡。リンカは咄嗟に胸元を隠すと、その場に縮こまった。
「もーやだー!」
「イッヒヒ。ベストショットを取り逃したねぇ」
うぅ……としゃがみこんで涙目のリンカにナガレは自分の上着をかけてあげた。
そこへ真鍋も現れ、状況を見る。
「……
「イッヒヒ。こりゃ最強の
老婆は真鍋を見てイッヒヒ。
屋根の上でローレライが、カー、と鳴いた。
「……この契約書に強制力はない」
「……え? 本当ですか?」
真鍋は老婆がリンカに書かせた契約書を見ると、弁護士目線でただの紙きれであることを裏付ける。
「鍋は弁護士だからな~。信用してもいいぜ」
「お婆さん~」
リンカの睨みに老婆はイッヒヒと笑う。
「イッヒヒ。良い社会勉強になっただろう?」
「タチが悪すぎます!」
「君が望むなら一応は訴えられるが?」
「イッヒヒ。
「仕事をしてるだけだ」
訴える……と言うのは少しやり過ぎな気もする。
「別に訴えるとかは……あたしも物を壊してしまいましたし……」
「どれの事?」
あれ、とリンカはナガレにカウンターの上に乗った箱を指差す。ナガレは箱を開けるとバラバラになったガラス細工が入っていた。
「ふむ、確かに壊れてる。けど、本体じゃなくて関節部分だよ。替えが効く所」
「…………お婆さん~」
「イッヒヒ。バレちまったかい」
「もー!」
「まぁ、それでも10万ほどはするけどね」
「え!? そんなに……」
「まぁ、本体はアイルランドの職人さんの特注みたいだし、億は嘘じゃないね。クリスタルオブジェって奴」
「はわわ」
そんなものを落としたのかと、リンカは改めて目がぐるぐる回る。ていうか、なんでそんなものを罠みたいに置いてあるのか。
「イッヒヒ。良い娘が罠にかかったんだけどねぇ」
「罠か!」
思わず、つっこむリンカ。老婆は相変わらずイッヒヒ、と笑っていた。
「それじゃ、修理費の10万はこの撮った写真で妥協するよ。イッヒヒ」
「…………はい」
納得行かないが、物を壊した事には変わりない。一応、バイト代がまだ残ってるので10万は払えるが、これは母へのプレゼンに使いたいのだ。
「ふむ……鍋。このカタログお前見た?」
「初見です……」
「鬼ちゃんのコスプレだよこれ。高校の時のヤツ」
「……いつの間に」
「イッヒヒ。シオリはノリノリだったねぇ」
確かに既存のカタログに写った人は嫌々と言う感じではなかった。同じ高校生でも物腰柔らかく、大人びた美人さんである。きっと今頃はもっと美人なんだろうなぁ。
「一部はお嬢ちゃんに差し替えるよ。イッヒヒ」
「……はぁ」
「いいの?」
「あたしの不注意には変わりないので……」
リンカはそう言うとメイド服を着替えに表からは死角になる店の奥へ向かった。
「ありがとうございました」
元の制服に着替えたあたしは、店内を見ていたナガレさんに上着を返した。
「どういたしまして。ほほー、制服。似合うじゃない」
「? どうも」
どういう返しだ? と眉をひそめるが、向けられる視線はいやらしいものではない。それどころか……微笑ましく、嬉しそうな――
「霊園以来だねぇ。こんなところで会うなんて、正直予想外だよぉ」
「多分、天地がひっくり返る確率だと思いますよ」
接点の無い彼との再会は正直、予想もしていなかった。お母さんからは駆けつけるまで足止めを、と言われているが流石に今は駆けつけられないだろう。
「何か探してる? 彼氏にプレゼントとか?」
「……彼氏居ません」
「あらら。君可愛いし、胸もデカイからさ。言い寄る同年代も多いんじゃない?」
「別に……」
ナチュラルにセクハラ発言してきたなぁ……。やっぱりあまり関わらない方が良さそうだ。
「色々あるのが人生だよぉ。フッたりフラれたり。色々な経験を積みな。その分だけ良い女になれるからさ」
「――どうも」
会うのが二度目だからか、最初ほどに不信感は感じない。この店の雰囲気とコスプレ騒動で、トラブルに対する許容範囲の上限が上がってるのかも知れない。
「ところで、やっぱり何か探してるの?」
ナガレさんは話を引き戻す。あたしは、自然な会話に答えを返した。
「もうすぐ、母の誕生日なのでプレゼントを」
と、言った所で品物を見るナガレさんの動きが止まった。
「……誕生日? 君のお母さんの?」
「え? はい」
なんだ? 何か重大な事を思い出した様な感じだ。
「やっべ。忘れてた」
「?」
焦るナガレさん。なんか意外な一面だ。
「イッヒヒ。ナガレや、コイツを使うかい?」
チャリ。一つの鍵をお婆さんが持ってくる。あの、億の世界へ続く扉の鍵だ。
「実物を見て考えるかねぇ。サメちゃんも一緒に覗く?」
「サメちゃん……」
なんか距離が近いんだよなぁ。この人。
「大丈夫だよ~。何かあっても鍋が何とかしてくれるって。な!」
「出来る範囲で、ですが」
と、連れの人は座ってコスプレのカタログを見ていた。
「じゃあ……せっかくなので」
「イッヒヒ」
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