第150話 アンサーボックス
「んー」
無論、たわわもたわわする訳で、思わず注目していた男社員は女事務員の視線を浴びて眼を反らす。
「鮫島主任」
「沖合君。どうしたの?」
沖合は男社員の中でもトップの成績を持つ運転手。その端整な顔立ちとトーク力で、誰とでもフレンドリーになれる事からも指定のリピーターも多い。
「今度、ディナーでもどうでしょう? 出来れば一週間後に」
美人で気配りの出来るセナは職場では太陽のように社員一同を満遍なく照らす。高校生の娘を持つとは思えない程の若々しさには、多くの異性が言い寄っていた。
「ふふ。魅力的なお誘いだけど遠慮するわ」
「やはり、娘さんに気を使っているのですか?」
「そうね……今は見逃すと色々と後悔しそうなのよ~」
ケンゴとリンカの恋模様。少し離れた位置から特等席で見届けねばなるまい。
セナの楽しそうに笑う様子に沖合の心は再度撃ち抜かれる。二人の年齢はふた回りも離れているが、恋する男はそんなものは気にしなかった。
「一週間後はお誕生日ですよね?」
「……あらそうね。すっかり忘れてたわ」
最近は沢山イベントがあったので自分の事などすっかり忘れていた。祝ってくれる人も今は離れているわけだし。
「その日に俺とディナー」
「沖合さーん。指定の電話ですよー」
「主任、どうです――」
「沖合さーん」
「ふふ。沖合君」
「はい! 行ってくれ――」
「電話に出なさい」
「…………はい」
怒られた子供のようにしょんぼりする沖合は電話を取った。
電話を初期対応をした女事務員は、大変ですね、と目配せする。
「……多分覚えてないわね」
彼からの誕生日祝いは毎回の如く数日はずれる。もはや当日に祝ってもらうことは諦めていた。
「全く……帰ってきたらお尻叩かないと」
自分は良いとして娘の誕生日にも同じ事をした時は容赦はしない。
「こいつ……相変わらず迫力あるねぇ」
あたしは、例の扉の前に立っていた。隣に立つナガレさんの手には南京錠の鍵。
「あれ? 南京錠無いじゃない」
「壊れて落ちたんです」
「鍵いらないじゃーん」
あたしと同じリアクション……。まぁ、良くあるリアクションか。
「どれ」
ナガレさんは錆びた取っ手を動かして扉を開ける。内開きのタイプで中に入ると――
「埃っぽい……」
「光が当たらないからねぇ」
その場所には壁に張り付くような棚に色々な名札がついた箱が並べられている。
表のように展示しているのではなく、保管しているようなイメージだ。
「何これ……」
見た事の無い文字や、英語やフランス語だとわかるモノも。
「……ケネディ……キル?」
筆箱程の大きさの箱にはその様な札が貼られていた。
「イッヒヒ。そいつは、あの事件の真相が入ってるのさ」
部屋の入り口からお婆さんが解説する。
「……嘘だぁ」
「イッヒヒ。米国に頼まれてねぇ。ここにあるのなんて夢にも思わないだろう?」
「保全費で幾ら貰ってるの?」
「一年で500万ドルくらいかねぇ」
「マジ? ちょっと頂戴よ」
どうせまた冗談なんだろうと、あたしは二人の会話を聞き流して他の物を見る。
「……え?」
と、見覚えのあるコインを見つけた。
それだけがガラス張りの箱に入り、中が見える様になっている。
「あの……これって?」
「ん? ああ。イッヒヒ。そいつに目を付けるたぁ、お嬢ちゃん。目利きだねぇ」
「なになに? 何このコイン」
ナガレさんも覗き込むとお婆さんが説明を始める。
「そいつは、古代アステカで悪魔を召喚した際に取引するための使われた通貨さ。イッヒヒ」
「ほー。ヤバそうな雰囲気するねぇ。サメちゃん、このコインからモヤみたいなの出てるけど、見えてる?」
「……見えてる」
「イッヒヒ。世界に三枚しか確認されてない代物さぁ。ここに一枚、アステカの古神殿に一枚、後一枚は不明だねぇ」
「……」
あれって……赤羽さんのお土産だったような……
「ちなみにコレいくらすんの?」
「イッヒヒ。100億は行くだろうねぇ。歴史的価値を考えると、欲しがるマニアは沢山いるよぉ」
「ひゃくおく!?」
思わずそんな声が出た。
「え? なにサメちゃん。持ってるの?」
「あ……いや。別に」
「イッヒヒ。金と命のどっちを選ぶかは明白だけどねぇ」
お婆さんの言葉にあたしは、あの時の寒気を思い出す。確かにアレは手元に無い方が良いだろう。でも……彼は素手で触ってたよなぁ……
「命って……呪われてんの? コレ」
「そうさぁ。今も悪魔に支払われたままだからねぇ。この箱で場所をわからなくしてるけど。イッヒヒ。解き放つとどうなるのかわからないよ」
「おっそろしい」
全然恐ろしくない様子のナガレさん。実体験しないとわからないだろう。
「イッヒヒ。まぁ、ゆっくり見てってくれよ。欲しかったら値段の交渉は乗るよ」
「別に要らないよ」
他を見回すと箱ばかりで味気ないなぁ……と、天井に貼り付けられたウサギのお面に気がついた。
「……」
「ん? あ、スイさん。ハントレスのお面じゃん。遂に手に入れたの?」
「イッヒヒ。浄化を頼まれてるのさぁ」
「着けるとどうなる?」
「人殺しになるよ」
「こっわ」
冗談めいた会話だがお面からは嘘ではない迫力がある。あれ…… 目が離せな――
「サメちゃん。あっちに毛皮あるよ」
と、ナガレさんが背中を押してくれたおかげで金縛りが解けた。あっぶな……。やっぱりヤバい部屋だ……
スゲー毛皮。イッヒヒ、そいつはワーウルフの――
話をしている二人を余所にあたしは小さな箱に目が止まった。
それは他の特級呪物とは場違いに普通な気配をただ漂わせる代物。手の平に乗るレベルの小ささである。
「これ……」
「あ! サメちゃん、触るの危ないよ!」
と、横から少し焦った様にガレさんが話しかけてくる。
「ちょっと……スイさん。なんでこんなところに置いてるのさ」
「イッヒヒ。ここなら全然に失くならないし、バレないだろう?」
「呪物になったらどうすんの?」
「イッヒヒ。あんたらの愛はある意味一番の呪いさ」
「愛?」
ナガレさんの反応からこの箱は彼のものであるらしい。
「中身って見せて貰えたりします?」
「え? う……うむ……うぬぬぬ」
え? 何で悩むんだろう? 駄目なら駄目と言えば良いのに。
「うーん……サメちゃんだけ特別だよ?」
「はぁ」
ナガレさんの心情が全く理解できないが、彼は箱を開けて中を見せてくれた。
「あ……」
「……」
「イッヒヒ」
「お婆さん」
「イッヒヒ。なんだい?」
「10万円で――って作れますか?」
「イッヒヒ。お嬢ちゃんには楽しませて貰ったからねぇ、特別価格にそれで仕立てるよ」
箱の中身を見て、あたしは母に何を贈るべきなのか解った気がした。
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