第148話 パワーキャラ

 浴衣に着替えて小道具のお面で顔は少し隠れ、黒髪ロングのウィッグで出来るだけ変装。帯なんかは簡単に結べる様になっていて、母の買ってきた浴衣に比べて着るのは簡単だった。

 パシャパシャと数枚撮られる。


「あの……店の中ですけど、背景とかどうするんですか?」

「イッヒヒ。編集でイジるのさぁ。このデジカメで読み取ってねぇ」


 偏見かもしれないが……このお婆さん、かなり現代に適応しているなぁ。PCとか普通に使いこなしているし。


「次はセーラー服だねぇ。イッヒヒ」


 バニースーツ以外は布面積の多い物ばかりで助かった。

 セーラー服は良く、漫画やアニメで見るデフォルトな感じのモノ。最近の制服に比べれば地味だが、需要があるんだろう。


「イッヒヒ。ウィッグはこっちだよ。眼鏡もかけなぁ」


 あたしは、おさげのウィッグと眼鏡をかけさせられて、パシャパシャリ。


「えっと……次は――」

「女教師だねぇ。イッヒヒ」

「えぇ?」


 女教師って言っても、Yシャツと短いスカートだけだ。母は運転業の仕事に就いているので、基本はスラックスで通勤している事から、短いスカートはあまり見ない。


「これって、ただのYシャツとスーツじゃ……」

「イッヒヒ」


 この手の愛好家の思考は良くわかんない。とにかく、Yシャツを着て、黒タイツを履いてから、スカートを履く。少し袖が余ったので捲った。

 小道具に眼鏡と教師が黒板の文字を指す時に使う金属の棒を持つ。


「イッヒヒ。黒板を指すモーションを頼むよぉ」


 こんな感じかな? と、後で合成するであろう背景を想定してポーズを取る。


「イッヒヒ。少し確認するから待っててねぇ」

「はい」


 ふと、近くの鏡に自分の姿が映る。

 コスプレでサイズも良いとは言えないがスーツ姿で頭を過るのは、ダイヤさんに見せて貰った彼の仕事をしているシーン。


「……すぐ隣に彼はいる?」


 鏡に移ったあたしを、まるで未来を見ている様に錯覚してしまい思わず尋ねた。


「イッヒヒ。OKだよ」

「そ、そうですか!」


 ぱっ、と鏡から離れる。次の衣装は――


「――あの、これって……」

「メイド服だねぇ。イッヒヒ」






「お、ユニコ君じゃん」


 ナガレと真鍋は喫茶店を出ると『スイレンの雑貨店』へ向かって商店街を歩いていた。

 その際に風船を子供に配るユニコ君に目が行く。


「なーんで、ユニコーン何だろうな?」

「さぁ……」


 商店街におけるミステリーの一つだ。諸説あるが、実際のところは最初にあの着ぐるみを被った人だけが真実を知っているのだろう。


「唯一変わらないモノです」

「それを言うならスイレンさんのトコもだろ? あの人、オレらが高校の時から婆さんだけど実年齢いくつなんだ?」


 昔から年金暮しの彼女は今でも現役の経営者だ。


「百には近いハズです。聞くたびに乙女の秘密と言ってましたが」

「それが元気の秘訣かねぇ。何にせよ、いつポックリ逝くかわかんない年齢だから、少しは気にかけてやんなよ」

「どうせ、後50年は生きますよ。あの老婆は」


“イッヒヒ。聖や、シオリちゃんのカタログ出来たよぉ。欲しかったら弁護士にでも成りなぁ。イッヒヒ”


「断じて違う」

「急にどうしたよ、おい」


 何かを思い出した様にそんなことを言う真鍋にナガレは目を向ける。何でもありません、と真鍋は告げた。


「実際に黒魔術で寿命を伸ばしてたりしてな」

「正直、それもあり得るかと思っています」


 なんか海外の怪しい事にも手を出して居ると言う噂で、ヤクザ者も彼女には近づかない。ユニコ君と並ぶ程の商店街を守護するパワーキャラである。


「鬼ちゃんも好きだったよな。スイレンさんの事」

「アイツは昔から変な物ばかりに興味を持ってましたよ」


 過去の思い出に浸りながら歩き、『スイレンの雑貨店』と言う看板が掲げられた小さな店の前にたどり着く。


「なーんか、いつもこの扉を開ける時は心臓を握られた感覚があるんだよなぁ」

「気のせいだと思います」


 その時、バサバサと一羽のカラスが店の一部に止まる。かなり大きな個体であり、この辺り一帯の制空権を支配しているボスだ。


「お、ローレライだ。よっ、久しぶり」


 カラスは答えるわけもなく、じっ、とナガレと真鍋を見る。警察犬も仕留める程の実力を持ち、ドローンにも恐れずに攻撃を仕掛けるカラスである。この店の店主に飼われているとか。


「……ローレライも俺達が高校の頃から生きてますよね?」

「姿が似てるだけで、別のカラスだろ?」


 気にしない、気にしない、とナガレは扉を開けて中に入る。少し薄暗く、ひんやりした空気があるが、それも相変わらずだ。


「スイさーん? 死んでないか見に来たよー」


 失礼な物言いだが、これくらいで丁度良いのだ。

 しかし……いつも、イッヒヒ、と言ってカウンターに座る彼女の姿がない。荷物出しでもしているのだろうか?

 その時、フラッシュ。


「ん? おーい、スイレンさ――」

「え?」

「イッヒヒ。くろーず、の看板を引っかけ忘れちまったみたいだぁねぇ」


 ミニスカートのメイド服で撮影しているリンカに遭遇した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る