第147話 魔女との契約

「本当に……ごめんなさい!」


 あたしは誠心誠意を込めて頭を下げていた。

 落ちてバラバラになったガラス細工は、見た目からしても高価な物には違いない。お婆さんは億と言っていたので――


「イッヒヒ。仕方ないさねぇ。物は壊れる為にあるからねぇ」


 と、お婆さんはバラバラのガラス細工を拾い上げると丁寧に箱に仕舞った。


「あの……弁償なんかは……」

「イッヒヒ。そうさねぇ。壊したと言う事実をお嬢ちゃんが受け入れないと逃げられたら、アタシは泣き寝入りだねぇ」

「そ、そんな事はしません! でも……億は無理です……」

「イッヒヒ。なら、少し手伝ってもらうことで手を打とうかねぇ」


 その提案にあたしは一筋の光を得た。お婆さんは高齢なので何かと手が欲しい事があるのだろう。


「それでお願いします!」

「イッヒヒ。それなら、コイツにサインを頼むよぉ」

「え?」


 お婆さんは、ガサッと一枚の『契約書』と書かれた紙をカウンターの下から取り出すとあたしの前に差し出す。


「……」

「イッヒヒ。こんなババァじゃ、若者に逃げられたらどうしようも――」

「書きます、書きます!」


 ロクな事にはならないだろうけど……悪いのはあたしだ。毒を食らわば皿まで行くしかない。


「イッヒヒ。これで契約は完了だねぇ」


 お婆さんは書いた契約書をくるくる丸めて輪ゴムで止めると箱の中にしまう。


「えっと……まずは何を?」

「イッヒヒ」


 そう言ってお婆さんは一枚のカタログを取り出した。


「そろそろ写真を新調しようと思っててねぇ。イッヒヒ。被写体になっておくれよ」


 少し予想外。外に薬草とか動物の目玉とか取りに行けとか言われそうだったのに、意外と俗世に適応しているらしい。ちょっとあたしも混乱してる。


「そう言うことなら別に――」


 被写体の経験は何度かある。

 カタログを確認すると、あたしは固まった。それは商品のカタログであるが、その商品はコスプレ衣装だ! なんで!?


「なんで!?」

「イッヒヒ」

「いっひひ。じゃないですよ! このカタログの衣装、この店に無いじゃないですか!」

「イッヒヒ。ネット注文式なのさぁ」


 と、ノートPCをカチカチするお婆さんは画面に店の注文サイトを表示する。

 『スイレンの雑貨店』。

 タイトルだけでは爽やかなインテリア店にしか見えないが、中を覗くと高価なインテリアの中にコスプレ衣装の欄がある。しかも質が良いと高評価……


「イッヒヒ。写真は16年前のモノでねぇ。モデルの子は悪くないんだけど、背景なんかも褪せてきたから新調したくてねぇ」

「……衣装全部ですか?」

「全部だよぉ」

「…………」

「ゴホゴホ。こんなババァじゃ若者に逃げられたら追い付け――」

「わ、わかりました! わかりましたよ!」

「イッヒヒ。ありがとねぇ」


 腹をくくろう。






「うぅ……」


 あたしは一番難易度の高い衣装――バニースーツから着ていた。流石に水着などはなかったが……布面積からしてもこれも水着みたいなモノだ。

 ウサギ耳。開いた胸元に蝶ネクタイ。網タイツ。専用の下着なんて持ってないのでノーブラ状態である。ヒールは産まれて初めて履いたけど、相当バランスが難しい。


「イッヒヒ。似合うじゃないか」


 こんなのを着て仕事をしている人の羞恥心はどうなっているのか。


「サイズが合うんですけど……どうなってるんですか?」


 あたしの胸は同年代の標準よりも大きいと良く言われる(主にヒカリ)。にも関わらずバニースーツはぴったりなのだ。着れなければ断れたのに……


「イッヒヒ。撮影用には胸元は大きめのサイズを使うのさぁ。被写体が小さくてもパットで盛れるからねぇ。しかし、ピッタリとは。イッヒヒ」

「うぅ……」


 この姿が一生サイトには残るのか……三十分前のあたし……なぜ、なぜに! ガラスのインテリアを落としたぁ!

 ダァン! とバニースーツ状態で四つん這いになり、床を叩くあたし。するとお婆さんが、


「イッヒヒ。ウィッグがあるけど着けるかい?」

「! 着けます!」


 お婆さんから金髪のウイッグを受け取って被る。少しでも変装しておこう。こんな姿を知り合いに見られたら恥ずかしさのあまり、顔から火が出る。


「イッヒヒ。それじゃ、お盆とグラスも持ってね」

「はい……」


 お盆に固定されたグラスの小道具を渡される。

 そして、望遠鏡みたいなユニットが先端に着いたカメラを持つお婆さん。カメラでか。

 お婆さんの要望に答えるポーズ(前のめりとか、やたら胸やお尻を強調する姿勢)を一通り極める。


「イッヒヒ。OKだよ。撮られ馴れてるみたいで表情は自然だねぇ」


 そう言って出来たデジタル写真を見せてくれる。

 すると、意外にも写真からはいやらしさを感じない出来上がりだった。衣装に軸を置いたカメラアングルは、相当な玄人であるとわかる。


「お婆さんってカメラマンだったりするんですか?」

「イッヒヒ。趣味でカメラをいじる年金暮しの嗜みさねぇ。まだ、その衣装で撮らせてくれるのかい? あっちにポールがあるけどねぇ」

「……着替えます」


 まだ衣装は色々とあるが、ちょっとインターバルを挟もう。あたしは次の衣装に浴衣を選択した。

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