第146話 億の世界

 雑貨店の中にある商品は見たことの無いモノばかりだった。


 ガラス細工で出来たインテリアの小物。

 洒落た収納ボックス。

 変な形の本立て。

 液体の入った水晶の中にある城のミニチュア。


 壁には、


 海外部族の仮面。

 妙な藁で編み込まれた人形。

 クロスする斧。

 焦げた海賊旗。


 天井にはプロペラの飛行機やヘリ、サメやクジラの模型が吊るされている。謎の世界観。結構好き。


 ふと、洋服コーナーがあったのでそっちを覗くと、変な模様のTシャツや胸元に文字入の入ったTシャツが置いてあった。誰が買うんだろう。


「イッヒヒ。お目が高いねぇ。最近大量に売れたのがソイツさ。全種類一枚ずつさねぇ」

「はぁ……」


 値段は1着5000円(税込)!? 一般的には見ない代物だし、特注品なんだろうなぁ。

 表からは見えない奥へ進む。意外と広いなぁ、と思っていると一つの扉が現れた。

 ドォン……と凄みのある古めかしい扉。錆びた南京錠は壊れており、L字の取っ手も錆び付いている。


「イッヒヒ。見つけちまったかい?」

「まぁ……普通にあったので……」


 奥に行けば誰でも目に着くだろう。それにしてもお婆さんの声は良く通るなぁ。


「お嬢ちゃん、今までのお客さんとだいぶ雰囲気が違うねぇ」

「え?」

「イッヒヒ。大半の客は殆どが興味本位でアタシの店を覗くのさ。けど、お嬢ちゃんは何かを探している。いや、求めてると言った方がいいかねぇ。イッヒヒ」


 お婆さんの言葉はあたしの心を見抜く様に当たっていた。年の功だろう。黒魔術などではないハズ。


「その先は、一般にはお目にかかれない代物が山ほどあるよ。見るだけならタダさ」


 それは純粋に興味がある。でも何でそんなものがここに?


「覚悟があるならコイツを使いな」


 と、あたしの首に、ふわっと鍵のペンダントが落ちてきた。びっくりして、お婆さんをみるとカウンターに座ったままだ。


「え……どうやって……」

「イッヒヒ。興味はアタシじゃなくてそいつに向けるべきさねぇ」


 なんか寒気がしてきた。本当に魔女の腹の中に迷い込んでしまったような……


「あ……やっぱり止めときます」

「そうかい。イッヒヒ。お嬢ちゃんは答えを見逃す方に分岐するのかい」

「……ちなみに中には何が?」

「億の世界だよ。イッヒヒ」


 億? 何の億だろうなー。すると、目の前で南京錠がゴトッと落ちた。


「え?」


 鍵意味ないじゃん……


「イッヒヒ。こんなのは初めてだぁ。扉がお嬢ちゃんを呼んでるねぇ」

「すいません。もう帰ります」


 無機物に呼ばれる様な事は何もしてない。恐怖ゲージが上がってきたので、何も買わずに失礼だが、帰らせて貰おう。とん、ガシャンッ。


「ガシャン?」


 あたしは、何か当たった感触と変な音がした方を見ると、ガラス細工の一つが落ちて割れていた。ものの見事にバラバラに。


「イッヒヒ。そいつも億の世界だよ」

「……」


 人生で一番青ざめたかもしれない。






「彼ですか」

「姿とか噂とか、些細な事でも良いからさ。知ってれば教えてちょうだい」


“鳳健吾君って言うのよ。とても慕ってくれて、弟みたいな子”


「シオリの直接的な後輩です」

「マジ? じゃあ鬼ちゃんも呼んだ方が良かったか」

「俺も顔を会わせましたが……どこにでもいる普通の社会人です。人当たりが良く、どんな場面でも適応力があります」

「なるほどな。良い感じの好青年か。他には?」

「数ヵ月前までは海外へ転勤していました。今は本社に戻っていますが」

「海外か……ちなみに彼の年齢わかる?」

「恐らくは……24~26」


 恐らく、成人するまでは『神島』が覆って居たのだろう。しかし、何かしら起きてその庇護から抜け出した。

 そして、こちらも火防による当時の総理糾弾が入りドタバタしてその動きを見落とした。新政権の安定まで四年間の奔走があり、その間に彼は海外へ。


「……全部想定内なら人間じゃねぇな」


 『神島』の頭である彼。その実力も権力もさることながら運まで引き寄せてるとなると、本当に寿命を待つ以外に対抗策は無いのかもしれない。


「……例の件ですか?」

「まぁね。なんか悪いな鍋。聞くだけ聞いといてこっちの事情を何も話せなくてよぉ」

「別に良いですよ。先輩はそう言う人ですし」


 真鍋はナガレに昔から助けてもらった恩があった。

 ナガレは返す必要はないと言っているが、真鍋としては恩師の一人でもある彼に頼りにしてもらってる現状は嬉しいのだ。


「先輩には返しきれない程の恩があります」

「何度も言うけどよぉ。あんまり貸し借りとか意識すんなって」


 ナガレにとっても見返りを求めて助けた訳じゃない。


「他はシオリの方が詳しいと思いますよ」

「OK 鬼ちゃんにも聞いて見るわ」


 真鍋は、連絡を入れておきます、とスマホを触る。


「そう言えばよ、鍋。お前はスイレンさんの所にも顔は出してんの?」


 ピタッと真鍋の手が止まった。


「別に良いでしょう」

「んな事ねえよ。よし、オレもちょっと用事があるから一緒に行くぞ」

「……本気ですか?」

「本気だよ。前言撤回して先輩権限使うわ。強制参加な」


 やれやれ、相変わらずお節介な人だ。と真鍋は昔から変わらないナガレに嘆息を吐きつつ、微笑すると逃げるのは諦めた。

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