第135話 ぴえん……殺られるっ。

「あら、ケンゴ君。こんばんわ~」


 ダイヤはまだシスターズと話をしているので、外でジャックと暇潰しに戯れていると帰宅したセナさんと顔を合わせた。


「こんばんわ。お仕事、お疲れ様です」

「追い出されたの~?」

「それ、リンカちゃんからも言われましたよ」


 そう見えるのだろうか。それともからかっているだけなのか。


「ふふ。ダイヤさんはお風呂か着替え中かしら~?」

「いえ、家族の時間です」


 オレは自分の部屋の扉を見る。ダイヤにとって一番邪魔されたくない時間だろう。


「ケンゴ君」


 すると、セナさんはオレの頭を撫でて来た。身長はオレよりも少し高いセナさん。

 ん? え? と咄嗟の様に次の行動と言葉が麻痺する。


「貴方は一人じゃないわ」

「――それもリンカちゃんに言われた事ありますよ」

「あら~」


 夏風邪を引いたときにリンカの言った言葉は似たようなニュアンスだったので、そう言う事にしておこう。


「……」

「ふふ」

「あの……セナさん」

「な~に~?」

「撫でるのもういいです」

「あら~」


 すっ、とセナさんはオレの頭から手を離す。良かった……このままだと何かに目覚めそうだった。赤ちゃん的な何かに。


「ケンゴ君は私達にとって大切な家族よ」


“お父さんに怒られたの? おいで、ケンゴ。お母さんが一緒に文句言ってあげるよ”


 その安心感は母さんと手を繋いだ時の事を思い出す。母親ってのは凄いな。


「――ありがとうございます。感動のあまり、泣きそうになりました」

「あら~。まだ距離があるわ~」

「そうですか?」

「敬語。後、お母さん、って呼んでみて~」

「う……すみません。それは……本当に戻れなくなりそうなので……」

「あらあら、うふふ」


 からかわれてるよな……からかってるんですよね?


「そ、そう言えば。リンカちゃんのお父さん。まだ、単身赴任は終わらないんですか?」


 オレは咄嗟に話題を変えるべく、その事を口にする。リンカの父親にして、セナさんの夫は単身赴任で長い出張に出ていると聞いていた。

 本来、オレのポジションに居るべき人間はリンカの父親だろう。


「そうね。あの人はまだ忙しいと思う」


 少し寂しそうな表情のセナさん。オレはNGな話題をつついたかと焦った。


「会いに行ったりとかは……」

「今、あの人がやってる事は私じゃ手伝えないから。リンちゃんをしっかり護って、帰ってきたその時に、ビンタをかましまーす」

「うへ?」


 笑顔でそんな事を言うもんだから変な声が出た。オレの発言にセナさんは、くすくすと笑う。


「また、からかわれましたか……」

「本気の本気よ~。あの人はケンゴ君と同じくらい鈍いから。それくらいはね~」

「ははは……なんか、すみません……」

「自覚してるならよろしい」


 なんだか母さんに注意されてるみたいだ。


「一回、お母さん、って呼んでみて?」

「へほ?」


 ネクストコールにオレはまた変な声が出る。


「からかってますよね?」

「ふふ。うんと、からかってます~。でも、委ねてもいいのよ~?」


 セナさんは両手を開いてハグの構え。ダイヤに劣らないバストへ飛び込むのも許容していると言うのか!?

 母性+おっ○い。

 不思議な事にエロスは何も感じない。それどころかふわふわした暖かさがオレを包むように、セナさんから放たれる。

 これは麻薬だ! 委ねてはならない! 委ねては――


「おか――」

「お母さん? 何やってんの? 早く入りなよ――」


 ガチャ、と外でセナさんの声が聞こえていた事に痺れを切らしたリンカが扉を開いた。

 彼女の目の前にはセナさんが両手を開いて、オレが飛び込む寸前の構図が――


「あら~」

「……あ?」


 セナさんはリンカを見て微笑み、リンカはオレを見て怪訝そうな顔をした。


「ポ、ポゥッ!!」


 オレは軽くステップを踏むと、某ホップミュージシャンの様に首をかしげて頭に手を当て、ムーンウォークでスー、と後ろに下がる(逃げる)。

 よし、逃げきっ――


「待てよ」


 れなかった……

 リンカは、ひゅっ、と風を切って追い付いてきた。その手には料理途中だったのか包丁が握られている。


「マイケルじゃ駄目か!」

「何ワケわかんねぇ事言ってんだ」


 逃がさぬ様にオレの胸ぐらを掴み、包丁をくるんくるんと回す。


「何もないなら、誤魔化して逃げようとはしないよな?」

「そ、そうですね!」


 適当な口笛さえも焦りから、ひゅーひゅーと空気を出すだけとなってしまう。

 ギラリと光る包丁。敵意を向けてくるリンカの眼。ぴえん……殺られるっ。


「リンちゃ~ん。ご飯、作らないなら~お母さん、お酒開けちゃうわよ~」


 いつの間にか部屋の扉から半身でこちらを見るセナさんはそんな事を言って来た。


「あ、ちょっと! お母さん! 勝手にお酒開けるのは駄目だからね! おい、後で理由を聞くからな」

「フリータイム~」

「フリータイムじゃなーい! 先に着替えて!」


 セナさんは片目でオレにウィンクをすると、部屋に入って行った。まぁ状況の説明はセナさんがしてくれるだろう。


「ニックス。今、マイケル居たネ?」


 ガチャ、とオレの部屋からダイヤが顔を出した。


「……何とか生き延びたぜ」

「?」


 ダイヤもシスターズとの話を終えた様なので、オレも部屋に戻った。

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